【第21話】皇帝の売り場
表参道。
高級ブランドのコスメショップが並ぶ通り。
柚留はガラス張りの店舗を見上げた。
「……ここですか」
白石美咲が隣で言う。
「すごい場所ですね」
ディオール。シャネル。外資ブランド。
花咲化粧品とは、まるで世界が違う。
柚留は腕を組んだ。
「ここは美容の最前線です」
「つまり」
「一番シビアな市場です」
ナポレオンが言った。
『だから面白い』
柚留は苦笑する。
(簡単に言いますね)
『戦場は強い敵ほど良い』
皇帝は当然のように言う。
柚留は通りを見渡した。
客層。
歩く速度。
買い物袋。
店の入り方。
営業の習慣で、自然に観察してしまう。
そして小さく言った。
「この通り」
美咲が聞く。
「何かわかるんですか?」
柚留は答えた。
「客が慎重です」
美咲は首を傾げる。
「慎重?」
柚留は頷いた。
「ここは“衝動買いの街”じゃない」
「原宿とは違う」
ナポレオンが言う。
『つまり?』
柚留は答えた。
「信頼が必要です」
ナポレオンが少し笑った。
『よく見ている』
そして言う。
『ならば逆だ』
柚留は眉をひそめた。
(逆?)
『信頼を作るのではない』
『信頼がある場所を使う』
柚留は少し考えた。
そして目が動いた。
小さなセレクトコスメショップ。
個人店。
だが、客が途切れない。
柚留は言った。
「なるほど」
ナポレオンが言う。
『あそこだ』
柚留は店へ歩いた。
カラン。
ドアベルが鳴る。
店員が顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
柚留は名刺を差し出した。
「花咲化粧品の鈴木です」
店員が少し驚く。
「営業ですか?」
柚留は頷いた。
「はい」
ナポレオンが言う。
『始めろ』
柚留はスマホを見せた。
SNS動画。
再生数。
120万。
店員の表情が少し変わる。
柚留は静かに言った。
「原宿で」
「売り切れました」
店員が聞く。
「何個?」
ナポレオンが言う。
『少なく言え』
柚留は答えた。
「20個です」
店員は笑う。
「少ないですね」
ナポレオンが言う。
『それでいい』
柚留は続けた。
「今日は」
「表参道で」
少し間。
「初めて売ります」
店員が聞いた。
「何個?」
ナポレオンが言う。
『10』
柚留は言った。
「10個です」
店員はクリームを手に取る。
手に出す。
塗る。
少し驚いた顔になる。
「これ」
美咲が小さく言う。
「私が作りました」
店員は頷いた。
「いいね」
少し考える。
そして言った。
「置いてみよう」
柚留の心臓が少し跳ねた。
「本当ですか」
店員が笑う。
「10個くらいならね」
柚留は頭を下げた。
「ありがとうございます」
店を出た。
美咲が言う。
「すごいですね」
柚留は首を振る。
「まだです」
ナポレオンが言った。
『そうだ』
『戦いはここからだ』
数時間後。
同じ店。
女性客がスマホを見ていた。
「これ」
棚のクリームを手に取る。
友達が言う。
「それSNSのやつ?」
女性は頷く。
手に出す。
塗る。
そして言った。
「やば」
友達が聞く。
「何が?」
女性は言う。
「めっちゃいい」
その瞬間。
別の客が棚を見る。
「え」
「これ例のやつ?」
商品が一つ売れる。
また一つ。
また一つ。
店員が棚を見る。
残り
2個。
店員は小さく笑った。
「これは…」
スマホを取り出す。
柚留に電話した。
「鈴木さん?」
柚留が出る。
「はい」
店員は言った。
「さっきのクリーム」
「もうすぐ売り切れる」
柚留は一瞬黙った。
そして言う。
「追加送ります」
電話を切る。
美咲が聞く。
「どうでした?」
柚留は言った。
「売れてます」
美咲が目を丸くする。
「え!」
ナポレオンが静かに言った。
『最初の勝利だ』
柚留は窓の外を見た。
東京。
巨大な市場。
そして小さく言った。
「これ」
「本当に戦争ですね」
ナポレオンは笑った。
『だから言った』
『余は皇帝だ』
同じ頃。
帝都ビューティー本社。
神崎玲司は資料を見ていた。
花咲化粧品。
SNS。
売上推定。
神崎は呟く。
「面白い」
部下が聞く。
「何がです?」
神崎は資料を指した。
鈴木柚留
神崎は言った。
「この営業」
少し笑う。
「誰だ?」




