【第17話】 一つの商品が戦争を変える
花咲化粧品 商品開発部。
白石美咲の机の上には、いくつもの試作品が並んでいた。
保湿クリーム。
美容液。
化粧水。
しかし。
どれも発売されていない。
柚留は一つのクリームを手に取った。
白いテスター容器。
シンプルなラベル。
柚留は少し手に出す。
そして驚いた。
「すごい」
白石が少し照れたように言う。
「本当ですか?」
柚留は頷いた。
「かなりいいです」
ナポレオンが言う。
『これは兵器だな』
柚留は小さく笑った。
「兵器ですか」
『そうだ』
『優秀な兵器だ』
柚留は白石に聞いた。
「なぜ発売しないんですか」
白石は少し視線を落とした。
「これも営業部が」
「売れないって」
柚留は聞く。
「誰が?」
白石は答えた。
「黒田さんです」
ナポレオンが笑う。
『面白い』
柚留はクリームをもう一度見る。
質感。
香り。
伸び。
どれもかなりいい。
柚留は言った。
「白石さん」
「はい」
「この商品」
「絶対売れます」
白石は少し驚いた顔をした。
「本当ですか?」
柚留は頷いた。
「売れます」
ナポレオンが言う。
『確信か』
柚留は答える。
「確信です」
白石は少し戸惑ったように言う。
「でも」
「営業部は」
「売れないって」
柚留は静かに言った。
「営業は」
少し間を置く。
そして言う。
「売り方を知らないだけです」
ナポレオンが笑う。
『いいぞ』
柚留は続ける。
「ナポレオンは言いました」
白石が少し首を傾げる。
柚留は言った。
「兵は神速を尊ぶ。」
白石が聞く。
「どういう意味ですか?」
柚留は説明した。
「チャンスは」
「早く動いた者が取る」
ナポレオンが言う。
『正解だ』
柚留はクリームを持ち上げた。
「この商品」
「今の美容トレンドに合っています」
白石が驚く。
「分かるんですか?」
柚留は答えた。
「SNSです」
白石は首を傾げる。
「SNS?」
柚留はスマホを出した。
美容インフルエンサーの投稿。
動画。
レビュー。
そこには共通の言葉があった。
「保湿」
「肌バリア」
「敏感肌」
柚留は言った。
「今の美容トレンドは」
「守るケアです」
白石の目が少し輝く。
「それ」
「まさにこのクリームです」
ナポレオンが言う。
『戦場と同じだ』
柚留は言った。
「だから」
「ここから戦争を始めます」
白石は聞いた。
「戦争?」
柚留はホワイトボードに書いた。
原宿
表参道
下北沢
吉祥寺
白石が驚く。
「東京のトレンドエリア…」
柚留は頷いた。
「ここを落とします」
白石は少し不安そうに言う。
「でも」
「どうやって」
柚留は笑った。
「簡単です」
ナポレオンが言う。
『ほう』
柚留はスマホを見せた。
そこにはSNSの画面。
美容インフルエンサー。
フォロワー十万人。
白石が驚く。
「この人」
「有名な人ですよ」
柚留は言った。
「この人に使ってもらいます」
白石が言う。
「広告ですか?」
柚留は首を振った。
「違います」
ナポレオンが笑う。
『いいぞ』
柚留は言った。
「プレゼントです」
白石が驚く。
「え?」
柚留は説明した。
「美容インフルエンサーは」
「新しい商品が好きです」
「だから」
柚留はクリームを持ち上げた。
「送ります」
「無料で」
白石が言う。
「それだけですか?」
柚留は笑った。
「それだけです」
ナポレオンが言う。
『火種だな』
柚留は頷いた。
「はい」
そして言う。
「一人が投稿します」
「すると」
「二人が真似します」
「三人が真似します」
「そして」
柚留はホワイトボードに書いた。
バズ
白石が小さく呟く。
「SNS…戦争」
柚留は言った。
「はい」
ナポレオンが言う。
『戦争とは』
『火を広げることだ』
そのときだった。
商品開発部のドアが開く。
黒田だった。
「鈴木」
柚留が振り返る。
「はい」
黒田は白石の机を見る。
そして言った。
「それ」
クリームを指さす。
「まだ諦めてなかったのか」
白石が少しうつむく。
黒田は言う。
「言っただろ」
「売れない」
柚留は静かに言った。
「売れます」
黒田が笑う。
「根拠は?」
柚留は答えた。
「戦略です」
黒田の目が少し鋭くなる。
「ほう」
柚留は言った。
「この商品」
「東京でバズらせます」
黒田は腕を組む。
「もし売れなかったら?」
柚留は言った。
「そのときは」
少し間を置く。
「僕の負けです」
黒田は少し笑った。
「面白い」
そして言う。
「やってみろ」
黒田は部屋を出ていく。
ナポレオンが言う。
『いい敵だ』
柚留はクリームを見る。
白石が小さく言った。
「鈴木さん」
柚留は聞いた。
「はい」
白石は言った。
「もし」
「売れたら」
柚留は笑った。
「売れますよ」
ナポレオンが言う。
『当然だ』
柚留はまだ知らない。
この小さなクリームが。
やがて―
東京の美容市場を揺るがすことを。
そして―
帝都ビューティー。
神崎玲司。
その男が。
この商品を見て。
初めて―
花咲化粧品の存在に気づくことを。




