【第16話】眠れる天才研究員
花咲化粧品 本社。
営業部のフロア。
黒田との会話のあと、社員たちはまだざわついていた。
「東京を一人でやる?」
「無理だろ」
「鈴木、頭おかしくなったんじゃないか」
柚留は席に戻り、スマホを見ていた。
相沢店長から送られてきた記事。
そこにはこう書かれていた。
帝都ビューティー
年商三千億。
美容業界最大企業。
その名前の下に、もう一つの名前があった。
神崎玲司
美容業界のカリスママーケター。
ナポレオンが言う。
『強そうだな』
柚留は小さく笑った。
「強い敵の方が面白いです」
『余もそう思う』
そのときだった。
背後から声がする。
「鈴木くん」
柚留が振り返る。
そこにいたのは、商品開発部の部長だった。
「少し来てくれるか」
柚留は首を傾げた。
「商品開発部ですか?」
「そうだ」
柚留は立ち上がった。
ナポレオンが言う。
『新しい戦場か』
二人はエレベーターに乗る。
扉が閉まる。
「鈴木くん」
「はい」
部長は言った。
「君、吉祥寺で結果を出したそうだね」
「運が良かっただけです」
部長は笑った。
「営業はみんなそう言う」
エレベーターが止まる。
商品開発部。
ドアが開いた瞬間。
柚留は驚いた。
営業部とは空気が違う。
静かだった。
研究室のような空間。
白衣を着た社員たち。
試験管。
化粧品サンプル。
部長が言う。
「ここが商品開発部だ」
ナポレオンが言う。
『兵器工場だな』
柚留は小さく笑った。
「確かに」
部長は奥へ歩く。
そして一つの席の前で止まった。
「白石」
女性が振り向く。
長い黒髪。
少し疲れた目。
しかし。
どこか知的な雰囲気があった。
「はい」
部長が言う。
「紹介する」
「営業部の鈴木くんだ」
白石は軽く頭を下げた。
「白石美咲です」
柚留も頭を下げる。
「鈴木柚留です」
部長は言った。
「白石はうちの研究員だ」
「商品開発をやっている」
柚留は机の上を見る。
そこには大量の試作品があった。
しかし。
ほとんどが未発売。
柚留は聞いた。
「これ、全部試作品ですか」
白石は少し困ったように笑う。
「そうです」
「でも」
「ほとんどボツです」
柚留は驚いた。
ナポレオンが言う。
『妙だな』
柚留は試作品の一つを手に取った。
テスター。
少し手に出してみる。
驚いた。
「これ」
白石が言う。
「保湿クリームです」
柚留は言った。
「かなりいいですよ」
白石は少し驚いた顔をした。
「本当ですか?」
柚留は頷いた。
「かなりいい」
ナポレオンが言う。
『優秀だ』
柚留は聞いた。
「なぜ発売しないんですか」
白石は少し黙った。
そして言った。
「売れないって言われました」
「営業部に」
柚留は少し笑った。
「誰です?」
白石は言う。
「黒田さんです」
ナポレオンが笑う。
『面白くなってきた』
柚留は試作品をもう一度見た。
そして言った。
「白石さん」
白石は顔を上げる。
「はい」
柚留は言った。
「僕と一緒に」
少し間が空く。
そして言った。
「東京を落としませんか」
白石は目を丸くした。
「東京?」
柚留は笑った。
「この商品」
「絶対売れます」
ナポレオンが言う。
『戦争が始まるぞ』
柚留はまだ知らない。
この研究員との出会いが。
やがて―
花咲化粧品を―
業界の帝国へ変えることを。




