【第15話】皇帝の戦争宣言
花咲化粧品 本社。
営業部のフロアは、いつもより静かだった。
原因は明らかだった。
鈴木柚留。
窓際社員だった男が、吉祥寺で結果を出した。
しかも。
営業エース、黒田との勝負まで決まっている。
社員たちが小声で話していた。
「黒田に挑むらしいぞ」
「無謀だろ」
「吉祥寺は奇跡だ」
「東京では通用しない」
柚留は自分の席で資料を見ていた。
ナポレオンが言う。
『いい空気だ』
柚留は小さく笑った。
「完全に敵地ですね」
『戦争とはそういうものだ』
そのときだった。
足音が止まる。
黒田だった。
営業部の空気が一瞬で変わる。
黒田は柚留の机の前で立ち止まった。
「鈴木」
柚留は顔を上げた。
「はい」
黒田は腕を組む。
「一つだけ忠告しておく」
柚留は黙って聞いた。
黒田は続ける。
「吉祥寺は成功だった」
「だが」
黒田は少し身を乗り出した。
「東京は戦場が違う」
柚留は静かに頷く。
黒田は指を折りながら言った。
「ドラッグストア」
「バラエティショップ」
「百貨店」
「EC」
「代理店」
「卸」
そして言う。
「全部が絡む」
「つまり」
黒田の声が低くなる。
「戦争の規模が違う」
ナポレオンが静かに言った。
『その通りだ』
黒田は続ける。
「吉祥寺の戦術」
「そのままでは通用しない」
柚留は答えた。
「分かっています」
黒田の眉が少し動く。
柚留は続けた。
「だから戦略を変えます」
黒田が言う。
「戦略?」
柚留は立ち上がり、ホワイトボードに向かった。
ペンを取る。
そして書いた。
都市攻略
営業部がざわつく。
「都市攻略?」
黒田が聞く。
「どういう意味だ」
柚留は振り返った。
「ナポレオンの戦略です」
ナポレオンが言う。
『いいぞ』
柚留はゆっくり言った。
「ナポレオンはこう言っています」
柚留はホワイトボードに書いた。
我輩の真の栄光は、40回勝ったことではない。
営業部が静かになる。
柚留は続けて書いた。
一度の敗北が、それらを消し去る。
黒田が小さく笑う。
「つまり?」
柚留は答えた。
「勝ち続ける必要があります」
ナポレオンが言う。
『その通りだ』
柚留はホワイトボードを指した。
「吉祥寺は一つの都市です」
「次は」
柚留は大きく書いた。
東京
営業部がざわつく。
「東京?」
「店いくつあると思ってる」
「無茶だ」
黒田は黙って聞いていた。
そして言う。
「鈴木」
「どうやって?」
柚留は答えた。
「都市は」
「中心から落とします」
黒田が聞く。
「中心?」
柚留は言った。
「情報です」
黒田の目が少し鋭くなる。
柚留は続けた。
「東京の美容トレンド」
「どこから生まれるか」
誰も答えない。
柚留はホワイトボードに書いた。
吉祥寺
下北沢
表参道
原宿
営業部がざわつく。
ナポレオンが言う。
『補給線と同じだ』
柚留は続ける。
「この4都市を落とします」
社員が言った。
「無理だろ」
「営業何人必要だ」
黒田が聞いた。
「鈴木」
「何人でやる」
柚留は答えた。
「一人です」
営業部が凍る。
「一人?」
「馬鹿だろ」
黒田はしばらく黙っていた。
そして聞く。
「理由は?」
柚留は答えた。
「戦力集中です」
ナポレオンが言う。
『完璧だ』
黒田はしばらく柚留を見ていた。
そして小さく笑った。
「いいね」
柚留は言った。
「ありがとうございます」
黒田は続けた。
「久しぶりだ」
柚留は聞いた。
「何がです?」
黒田は言う。
「営業部で面白い戦争が見られそうだ」
そのとき。
柚留のスマホが震えた。
相沢店長からのメッセージだった。
「鈴木さん、またSNSで話題です」
柚留は画面を見る。
そこには記事が表示されていた。
タイトル。
帝都ビューティー
美容業界最大手。
年商
3000億。
ナポレオンが静かに言う。
『来たな』
柚留は小さく呟いた。
「何がです?」
ナポレオンは答える。
『本当の敵だ』
東京。
巨大市場。
そして。
帝都ビューティー。
そこには一人の男がいた。
美容業界のカリスマ。
マーケティングの天才。
神崎玲司。
柚留はまだ知らない。
この男との戦いが。
やがて―
日本の化粧品業界を揺るがす戦争になることを。




