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迷探偵の迷宮  作者: 双鶴


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7話

女子生徒が負傷した翌日、病院の廊下には緊張が漂っていた。白い壁に反射する蛍光灯の光が冷たく、消毒液の匂いが鼻を刺す。氷川沙織は花束を抱え、病室の前に立った。ドアを開けると、ベッドに横たわる生徒が顔を上げ、かすかに笑った。


「校長先生……」

声は弱々しいが、確かに生きている。沙織は胸の奥で安堵を覚えた。


「よく頑張ったわね。もう大丈夫。学校のみんなも心配しているわ」

そう言いながら、花束をテーブルに置いた。生徒の母親が涙ぐみながら礼を述べる。


だが、病室の隅には刑事が立っていた。手帳を開き、静かに質問を始める。

「君が倒れたとき、何か見えたものはあるか」

「……誰かが近くにいた気がします。でも、顔は見えませんでした」

「音は」

「……靴の音。走り去るような」


証言は断片的で曖昧だった。だが、確かに「誰かがいた」という感覚だけは残っている。刑事は手帳に走り書きし、沙織に視線を送った。

「先生、やはり学校の内部を熟知した人間の可能性が高い」


沙織は唇を噛んだ。校長として、生徒を守る責任がある。だが、推理や捜査に関わることは拒絶した。

「私は協力しません。ただ、生徒の安全を守るために必要なことはします」


---


学校は翌日から在宅オンライン授業に切り替えられた。教室は空になり、教師たちは自宅や校長室からパソコンを通じて授業を行った。画面の向こうで生徒たちが手を振り、笑い声を響かせる。だが、その背後には不安が漂っていた。


「先生、犯人はまだ捕まってないんですか」

「紙の記号って、やっぱり暗号なんですか」


質問が飛び交い、教師たちは答えに窮した。沙織は画面越しに生徒たちを見つめ、言葉を選んだ。

「大切なのは、みんなが安全であること。学校は必ず守ります」


だが、心の奥では知っていた。事件は確実に進行している。


---


その頃、警察の捜査本部では当初の紙片の解析が進んでいた。インクの滲み方、紙の質、記号の形。専門家が顕微鏡を覗き、コンピュータにデータを入力する。やがて、一つの仮説が浮かび上がった。


「これは地図の断片かもしれない」

記号は単なる落書きではなく、地域の地形を抽象化したもの。線は川の流れ、点は建物の位置。解析が進むにつれ、紙片は「学校周辺の地図」を示している可能性が高まった。


刑事は沙織に報告した。

「犯人は学校を中心に行動している。次の標的も、この周辺にあるはずです」


沙織は深く息を吐いた。拒絶しても、事件は確実に彼女を巻き込んでいる。


---


夕方、テレビのニュース番組では「学校での連続紙片事件」として大きく取り上げられていた。画面には校庭での騒ぎ、救急車の映像、保護者説明会の様子が映し出される。キャスターの声が鋭く響いた。


「警察は事件の進展を示せていません。生徒が負傷し、脅迫文まで届いているのに、犯人は未だ捕まっていない。責任はどこにあるのでしょうか」


スタジオでは評論家が声を荒げた。

「警察は学校に任せすぎた。校長に頼るのではなく、徹底的に捜査すべきだった」

「地域の安全を守る責任を果たしていない」


画面の隅に「氷川校長」の名前が映り、彼女の拒絶が「事件を長引かせているのでは」と暗に示された。沙織は校長室でその映像を見つめ、拳を握った。


「……私は校長。教育者。だが、社会はそれを許さない」


彼女は窓の外を見つめた。夕暮れの校舎は静まり返り、オンライン授業の声だけが遠くから響いていた。だが、その静けさの背後で、事件は確実に進んでいた。


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