5話
保護者説明会から数日後、学校は再びざわめきに包まれていた。生徒たちの間で広がった「記号の模写遊び」は止まらず、今度はそれをクラスごとに競い合うようになっていた。黒板の隅に描かれた線、ノートの余白に刻まれた符号。教師たちは「落書きに過ぎない」と片付けようとしたが、氷川沙織にはそれがただの遊びに見えなかった。
ある朝、校長室に一通の封筒が届いた。差出人不明。中には白い紙片が一枚。だが、これまでのものとは違い、はっきりとした文字が記されていた。
――「次は学校の中で血を見る」
沙織は息を呑んだ。これまで曖昧だった記号が、明確な脅迫へと変わった瞬間だった。
すぐに警察へ連絡したが、刑事の反応は冷静だった。
「やはり、犯人は学校を狙っていますね。これ以上は偶然では済まされません」
刑事は校長室に座り、紙片を手袋越しに持ち上げた。
「先生、協力を拒んでいるのは理解しています。しかし、これは生徒の安全に直結する問題です。学校の内部に詳しい人間が関わっている可能性が高い」
沙織は唇を噛んだ。校長として、生徒を守る責任がある。だが、過去の経験を持ち出されることには耐えられなかった。
「私は校長です。推理や捜査には関わりません。ただ、生徒を守るために必要なことはします」
刑事は頷いた。
「それで十分です。ですが、先生の目は現場で役立つ。犯人は必ず学校に痕跡を残すでしょう」
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その日の午後、体育館で再び騒ぎが起きた。生徒が壁際に貼られた紙を見つけたのだ。そこには「次は体育館」と書かれていた。
教師たちは慌てて生徒を避難させ、警察が駆けつけた。体育館は封鎖され、調査が始まった。だが、犯人の姿はどこにもなかった。残されたのは、ただの紙片。
「犯人は学校の内部を熟知している」
刑事の言葉が重く響いた。
沙織は体育館の入り口に立ち、生徒たちの不安げな顔を見渡した。――事件は確実に進行している。もう「偶然」では済まされない。
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翌朝、さらに衝撃的な出来事が起きた。職員室の机の上に、誰も置いた覚えのない紙片が見つかったのだ。そこには教師の名前が一人だけ記されていた。
「次はあなたの番だ」
名を記された教師は蒼白になり、椅子に崩れ落ちた。職員室は騒然となり、教師たちは恐怖に包まれた。
沙織は深く息を吐いた。事件は学校全体を覆い始めている。生徒だけでなく、教師までもが標的にされている。
「……これは、学校を舞台にした犯人のゲームだ」
彼女は心の中で呟いた。拒絶しても、事件は確実に進展している。校長として、逃げ場はない。




