表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷探偵の迷宮  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/16

3話

事件から数日が経った。校舎の廊下にはいつものざわめきが戻りつつあったが、氷川沙織の胸の奥にはまだ重い影が残っていた。生徒たちは「校外学習で人が倒れていた」という噂を断片的に語り合い、教師たちは「どう説明すべきか」を小声で相談している。校長室の窓から見える校庭は、子どもたちの笑い声で満ちているのに、どこか薄い膜が張られているように感じられた。


午前の理科の授業中、ちょっとした騒ぎが起きた。生徒が実験机の下から、白い紙の切れ端を拾い上げたのだ。紙は湿気を含み、インクが滲んで記号のような線が描かれている。――あの日、現場で見つかったものと同じ質感。


「先生、これ落ちてました」

生徒は何気なく理科教師に渡した。教師は首をかしげながら「校長先生に届けておきましょう」と言っただけで、事件性を口にすることはなかった。教育者として当然の反応だった。だが、紙を受け取った沙織の指先は、わずかに震えた。


午後には体育館で避難訓練が行われた。生徒たちが整列し、教師が指示を出す。だが、途中で照明が一斉に点滅し、ざわめきが広がった。昼間の光が差し込んでいるため暗闇にはならなかったが、天井から落ちる影が不気味に揺れた。訓練終了後、床の隅にまた白い紙の切れ端が落ちているのが見つかった。


「偶然とは思えない……」

沙織は心の中で呟いた。だが、刑事に報告することは拒んだ。校長として、教育の場を守ることが最優先だからだ。


生徒たちは「誰かが学校に忍び込んでいるのでは」と噂を始めた。推理ごっこは瞬く間に広がり、事件は子どもたちの遊びの中にまで入り込んでいく。休み時間の教室では「紙の記号は暗号だ」「犯人は先生かもしれない」といった憶測が飛び交い、ノートの片隅に模写された記号が増えていった。


沙織は窓の外を見つめた。校庭には笑い声が響いているのに、その背後で迷宮の影が確かに広がっていた。

「……学校そのものが、迷宮に変わり始めている」


放課後、校長室に戻った沙織は机の上に二枚の紙片を並べた。理科室で見つかったものと、体育館で拾われたもの。どちらも同じ質感、同じ滲み方。偶然にしては出来すぎている。


「これは、誰かが意図的に置いている……」

そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。だが、声に出すことはしない。教師として、校長として、事件を口にすれば子どもたちの不安を煽るだけだ。


夜、校舎の灯りが落ちた後も、沙織は机に向かっていた。窓の外には街灯の光がぼんやりと差し込み、紙片の記号が浮かび上がる。意味はわからない。だが、確かに「誰かの意志」がそこに刻まれている。


「私は校長。教育者。もうヒロインじゃない」

そう繰り返しながらも、耳の奥では刑事の声が残響していた。――“あなたは過去に幾度も事件の解決に関わっていた方ですよね”。


その言葉は、呪いのように彼女の肩に重くのしかかる。


翌朝、職員室では「また紙が見つかった」という報告が上がった。今度は図書室の書架の間。生徒が本を探しているときに、床に落ちていたという。教師は「ただのゴミだろう」と笑い飛ばしたが、沙織は笑えなかった。


「……迷宮は、子どもたちの証言の中にまで広がっている」

彼女は静かに呟き、机の上の紙片を見つめた。白い切れ端は、ただのゴミではない。事件の影が、教育の日常を侵食している証だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ