14話
夕暮れの河川敷は、冷たい風に吹かれていた。川面は鈍い光を反射し、土手の斜面は崖のように影を落としていた。人影はなく、ただ風の音と水の流れだけが響いていた。
沙織の前に立つ男――最初に予告された教師は、肩を震わせながら笑った。乾いた、壊れた笑いだった。
「やはり気づいたか。……最初の紙片は、私が置いたんだ」
その声は低く、しかし確かな自白だった。
「どうして……」
沙織は問いかけた。
男は目を細め、川面を見つめた。
「生徒たちは私を笑った。授業中に声を真似し、黒板に落書きをし、陰であだ名をつけた。私は教師であるはずなのに、彼らにとってはただの笑い者だった。誰も私を尊敬しなかった。誰も私を必要としなかった」
彼の声は震えていた。怒りと悲しみが混じり合い、長年の屈辱が言葉となって溢れ出していた。
「私は耐えた。何年も耐えた。だが、心の奥で復讐を望んでいた。彼らに恐怖を与え、私を笑ったことを後悔させたかった。だが、ただの教師にそんな力はない。だから、事件を演出した。最初に自分を標的に見せかければ、警察も学校も混乱する。そうすれば、私の存在は中心になる。誰もが私を見ざるを得なくなる」
沙織は静かに聞いていた。彼の言葉は、紙片の意味をすべて説明していた。
「あなたが赴任してきたとき、私は思った。これは好機だ、と。過去に事件を経験した校長。あなたを巻き込めば、物語は完成する。私は紙片を置き、生徒を突き飛ばし、脅迫文を仕込み、恐怖を広げた。すべては復讐のためだ」
男の目は狂気に染まっていた。だが、その奥には孤独があった。
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「……もうやめましょう」
沙織は一歩踏み出し、彼を見つめた。
「あなたの苦しみは理解します。生徒からの侮辱、孤立、絶望。それは耐え難いものだったでしょう。でも、だからといって生徒を傷つけることで救われるものは何もない。あなたが望んだのは、ただ『見てもらうこと』だったはずです」
男は唇を噛んだ。
「見てもらう? 笑われるだけだ。私は教師であるはずなのに、彼らにとっては道化だった。あなたも結局は私を追い詰める側だ」
「違う。私は教育者。あなたを救いたいと思っている。自首してください。あなたの真実を語れば、まだやり直せる」
男は首を振った。
「やり直せる? もう遅い。私はすでに罪を犯した。生徒を傷つけ、恐怖を広げた。誰も許さない。だから、最後までやるしかない」
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その瞬間、男の目が鋭く光った。逆上の気配が漂う。彼は土手を踏み鳴らし、沙織に近づいた。
「あなたが真実を暴いた。だから、あなたを消す!」
沙織は後ずさり、足元の斜面に迫られた。川面が揺れ、風が強く吹いた。彼女はポケットの携帯を握りしめ、警察への連絡ボタンに指をかけた。
「……やめて。これ以上は」
だが、男は止まらなかった。怒りと絶望が彼を突き動かしていた。
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遠くでサイレンの音が響いた。警察が駆けつけてくる。だが、男は逆上し、沙織に襲い掛かろうとしていた。
「やめて!」
沙織は叫び、後ずさった。土手の斜面が足元に迫る。
その刹那、警察の刑事たちが駆け寄り、男を取り押さえた。もみ合いの末、彼は地面に押さえつけられ、手錠をかけられた。
「……終わった」
沙織は深く息を吐いた。




