12話
夜の静けさの中、沙織は机に並べた紙片を見つめていた。理科室、体育館、図書室、職員室、校庭――事件の痕跡を示すそれらは、ただの悪戯ではなく、意志を持った連続性を帯びていた。彼女の心の奥で、封じていた推理力が再び動き出していた。
「最初に予告されたのは、あの教師だった……」
沙織は新聞記事を読み返した。職員室の机に置かれた紙片には、その教師の名前が記されていた。だが、その後の事件では彼自身は一切被害を受けていない。むしろ「標的」とされたことで、学校全体が混乱し、警察も彼を守るために動いた。結果として、彼は事件の中心にいながら安全圏にいた。
「不自然すぎる……」
沙織は記憶を辿った。彼は生徒からしばしば笑われ、からかわれていた。授業中に声を真似され、黒板に落書きをされ、陰であだ名をつけられていた。教師としての威厳を失い、孤立していた。
その孤立が、復讐心を育てていたのではないか。
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翌日、沙織は外出を決意した。コートの襟を立て、街の雑踏に紛れながら学校周辺を歩いた。事件現場となった廊下、公園、教室。彼女は一つひとつの痕跡を確かめた。
廊下の突き飛ばし事件。生徒が倒れた場所の近くには、教師用の靴跡が残っていた。サイズは大人の男性。偶然かもしれないが、彼の靴と一致する可能性が高い。
女子生徒の机に置かれた脅迫文。筆跡を見比べると、職員室で彼が書いたノートの文字と似ていた。癖のある「無駄」の字形が一致していた。
公園で擦り傷を負った生徒のスクールバッグに差し込まれた紙片。インクの種類が、職員室の備品と同じだった。
「……やはり、彼だ」
証拠は断片的だが、積み重ねれば一つの線になる。最初の予告は自作自演。彼は生徒からの侮辱に耐えかね、復讐を模索していた。だが、沙織が赴任してきたことで、事件を「物語」として仕立てる好機を得た。校長が過去に事件に関わった人物であることを利用し、彼女を巻き込みながら復讐を実行したのだ。
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夜、沙織は自宅でノートを開いた。証拠を整理し、仮説を組み立てる。
1. 最初の予告は自作自演。
2. 犯人は生徒から侮辱を受け続けた教師。
3. 事件は「校長を巻き込む物語」として演出された。
4. 紙片は場所ではなく順序を示し、犯人の行動の軌跡を描いている。
「……彼を追い詰めるしかない」
沙織は深く息を吐いた。警察に伝えることもできた。だが、社会は警察を批判し、捜査は停滞している。今、彼女が動かなければ、事件はさらに続くだろう。
「私が確かめる。誰にも知られずに」
彼女は決意した。校長ではない。社会から批判され、孤立した存在。だからこそ、余計な巻き込みを避けるために、彼女は単独で動くことを選んだ。
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翌朝、学校の周辺を歩く彼の姿を遠くから見つけた。生徒たちが登校する時間帯、彼は一人で校舎を見上げていた。その目には、憎しみとも諦めともつかない影が宿っていた。
沙織は心の奥で確信した。
「彼が犯人だ。自作自演の影は、もう隠せない」
彼女の単独捜査は、次の段階へ進もうとしていた。




