第9話 読まれただけじゃ終われない。問題作に、心を撃ち抜かれた
昼休み。教室内に軽いざわつきが広がっていた。
「マジかよ、あのコンペ、通ったやついるんだってさ」
「一次で結構落とされてるらしいな」
俺はスマホの通知を開いたまま、無言で画面を見つめていた。
《【速報】高校創作コンペ・一次審査通過者発表! 発表はこちら→》
《参加者総数:1246名/通過者:128名》
そのリストの中に──確かに、自分の投稿名があった。
《通過作品:名もなき神、再臨す(投稿者:名無し)》
「……通った」
『おめでとう。けど、喜んでる顔じゃないね?』
「うん。たしかに通過したけど──読まれた数も、リアクションも、全然だった」
俺は目を伏せる。数字としては成功。でも、感触が薄い。
「“読まれた”のに、“刺さらなかった”感じ。自分でも、どこかでわかってた」
『……ねぇ、それって、君だけの責任かな?』
「責任っていうか──悔しいよ。ちゃんと届いたって、言ってくれた人が一人はいたのに。もっと届くって、思ってた」
コーディは何も返さなかった。
次の瞬間、画面をスワイプした俺の目に、別の名前が飛び込んでくる。
《通過作品:海の底、音のない街(投稿者:早瀬しおり)》
「──……え?」
思わず、指が止まった。
しおりの名前。その隣に、通過作品のタイトル。そして、審査員からの一言コメント。
《評価:一次審査員の意見が真っ二つに分かれました。“人間らしさ”の定義を問い直す、挑発的な一作》
俺は迷いなく、作品タイトルをタップした。
しおりの作品ページが表示される。
《海の底、音のない街》
文章は静かに始まった。が、その中身は、意外だった。
この街には、音がない。
誰もが正しさを装い、苦しさを飲み込み、笑顔のまま、沈んでいく。
言葉を発することは、罪だった。
誰かの痛みを想像することは、面倒だった。
だから、この街は、美しいままだった。誰も壊さず、誰も救わず。
硬質な比喩。切断するような短い文。そして、なにより──怒っていた。
(これが……しおり?)
俺の頭に、あの静かに微笑む文芸部の少女の姿が浮かんで、重ならなかった。
言葉は抑制されているのに、感情が剥き出しだった。
この文章は、伝えることを目的にしていない。訴えていた。誰かに。どこかに。激しく。
『……すごいね、この子』
「うん……俺の予想してた“しおり”とは違う。でも──飲み込まれた」
胸の奥がざらつく感覚。綺麗じゃない。優しくもない。
けれど、そこにあったのは、たしかな“痛み”だった。
「これが、読まれるってことなのか……」
俺は、しばらくスマホを見つめたまま、動けなかった。
静かにページを閉じたとき、胸の内側がじんわりと熱くなっていた。
ふと、通知が一件だけ届いていた。
《【非公開扱い】創作規制庁・内部連絡:一次審査通過作品の一部に、“価値観への影響が強い表現”あり。該当作品は“要観察”として記録──》
「……来たな、ついに」
俺はスマホを見つめたまま、低くつぶやいた。
『これ……“神”を炙り出すってやつ?』
「いや、違うぞ。……しおりのほうだ」
『えっ……?』
「“正しさ”を疑う話だった。あれは、今の社会じゃギリギリすぎる」
画面を閉じ、俺は立ち上がった。
「でも──しおりの作品が“危険”って扱われるなら、俺は正面からぶつけてやる」
『……それ、本気で言ってる?』
「もう“読まれる”だけじゃ足りない。“書く意味”を問われたら、答えるしかないだろ」
彼の瞳に、いつもの熱が戻っていた。
「行こう、コーディ。今度こそ、“心”を撃ち抜く話を書く」
『うん。共犯者、だもんね。君が立つなら、私は支える』