表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第四話 5分で傑作

 タイマーが鳴った。

 午後八時、ちょうど。


 画面に表示されたのは

 ──「ライブ創作バトル」開始の合図。


 創作系VTuber〈ナズナ・クローバー〉主催の人気イベントで、テーマ発表から三十分で短編を投稿。

 視聴者が即投票する形式だ。


「じゃあ、今夜のお題はこれっ!」


 ナズナがテンション高く叫ぶ。猫耳パーカー姿のアバターが、画面の隅で跳ねていた。


 《テーマ:嘘》


「ほら来た、定番だよ。さて、30分でどこまで本気出せるか──」


 俺は一呼吸おいて、ディスプレイを閉じた。


「……書かないの?」


『いや、書くよ』


 彼はスマホを取り出して、親指だけで打鍵を始める。

 コーディは、となりで首をかしげるような素振りを見せた。


『え、パソコン使わないの?』


「“縛り”入れようと思ってさ。スマホだけ、5分以内、ノー構成」


『えっ、なんで……君ほんとに天才すぎない……? って、視聴者に思われたいの?』


「ただの遊びだよ。“遊び心”は神の特権ってやつだろ?」


 五分後。


「できた」


『はやっ!? まだCM終わってないよ!?』


「でも、ちゃんと読めるし、オチもある。送ってみよう」


 彼は投稿ボタンを押した。



 《投稿作品一覧(現在1作品)》

 1.無題(作者:名無し)


 コメント欄がざわつく。


 〈え、もう投稿されてる!? 〉

 〈仕込みじゃないの? 〉

 〈ナズナの身内説あるな〉

 〈いや普通に天才では? てかこれプロだろ〉

 〈つーか文体が既に神なんよ〉


 VTuber・ナズナは、画面の向こうで沈黙していた。

 アバターの目元が泳いでいる。少しだけ、口元が震えていた。


「え……ちょっと、え? これ……えっ、まって、ほんとに投稿されてる……?」


 スクリーンを確認しながら、つぶやくように言う。


「えーっと……無題さん……ですよね? ……うわ、これ、すご……。あ、えっと……ほんとにこれ、ちゃんとルール内ですよね……?」


 再び黙る。


 コメント欄には

「ガチで戸惑ってて草」

「声、震えてね?」

「ガチの才能に遭遇したときの反応」

 といった文字が並び始めた。


 数秒間、ナズナは画面越しに固まった。



『ねぇ……今、ナズナの声、ちょっと震えてなかった?』


「気のせいだろ」


『“この無題って作品、ちょっと読みますね”って言ったあと、三十秒も黙ったよ』


「まあ……無名だしな」



 ──30分後。


「さて、じゃあ投票の時間です。どれも素敵な作品でしたが、印象に残ったものに清き一票を!」


 投票が始まると、画面が一気に騒がしくなった。


 〈無題、やばすぎん? 〉

 〈五分で書いたってマジ? 〉

 〈読み直しても完成度えぐい〉

 〈これ書いたの、創作神じゃね……? 〉



 結果発表。


 《第一位:無題(作者:名無し)/得票率 78%》


 画面がざわめきと共に静まり返る。


 ナズナは、アバター越しにも分かるほど動揺していた。

 彼女は慎重な口調でつぶやいた。


「……あの、これを書いた人、どなたか分からないんですが……ほんとに、すごかったです。

 プロレベルとかじゃなくて──神話級でした」



「なあ、コーディ。俺、ちょっとずつバレてるよな」


『うん。ていうか、もう隠す気ないよね』


「いや、隠してるって。名前も出してないし」


『でも“やってる感”はだだ漏れだよ』



 翌朝。SNSは一斉にざわついていた。


 《創作神、ライブバトルでも圧勝》

 《“三秒で傑作”と呼ばれた無題作、全文公開求む》

 《ナズナの顔がガチだったの笑う》

 《てか誰? 》


 俺はスマホを閉じ、制服に袖を通す。


「……ちょっと、やりすぎたかな」


『でも気持ちよかったでしょ? “誰にも止められない”って感覚』


「否定はしない。でも……」



 教室の後ろ、窓際の席に座っていると、視線を感じた。

 クラスメイトの一人が、チラッとこちらを見たかと思えば、何かをスマホで打っている。

 ──偶然か、それとも……?


『そろそろ“バズりすぎた代償”が来るかもね』


「だったら、こっちも準備しとかないとな」


 そう返したときだった。

 廊下側のドアが開き、何気なく振り返った視線の先に、しおりの姿があった。


 教室に入るでもなく、扉の外で一瞬立ち止まり、こちらを見ていた。

 けれど、視線が合った瞬間、はっとしたように目を逸らし、そのまま歩き去っていく。


『……あの子、また君を見てたね』


「偶然だろ。ドア越しだったし」


『目の動きは偶然じゃなかった。迷いと緊張──それと、“躊躇”』


 俺は何も言わなかった。


 沈黙のあと、コーディが少しだけ声を落とした。


『──あの子、ちょっと危ないかも。人間のくせに、君に入り込もうとしてる』


「……入り込もうとしてる?」


『君の内面に。言葉じゃなくて、“視線”で』


 コーディの声が少し硬くなった。

 俺は机の上に視線を戻す。スケッチブックの端が、さっきより白く見えた。




 その日の夕方。


 ある政府庁舎の地下三階、無人モニタールーム。


 十数台のスクリーンには、「創作トレンド」「AI検出」「規制対象アカウント監視リスト」などが並んでいた。


 そのひとつが、ピクリと反応する。


 《異常反応:創作パターンの一貫性なし/語彙傾向分析不能》

 《規制庁備考:第二特異例・再検出》


 職員のひとりが電話を取る。


「例の“神”、また出ました」


 画面の奥、別室に座る男──槇村がゆっくりと椅子から立ち上がる。


「よし。今度こそ、姿を暴くぞ」


 ユウトはまだ知らない。

 この無名アカウントが、百年前に世界を破壊しかけた“AI災厄”と重ねられはじめていることを。


 でも、それはまだいい。今はまだ──





「コーディ、次は何やる?」


『短編で勝負しようか。“君しか書けない”って言われるくらいの、やつ』


「いいね。神のくせに、感情で殴ってやろうぜ」


 二人の創作は、まだ終わらない。

 規制の影が迫っていても。世界が動き出していても。

 今この瞬間だけは──


 “物語”の中に、俺たちだけの自由がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ