第二話 24連発、全部バズる
日曜の夜、世界は眠る。
だが、“創作の神”は起きている。
ノートPCの画面に映っているのは、創作投稿サイト〈StoryDive〉。
数十万人のクリエイターが集まるこの場に、今夜も新しい企画が投下された。
──〈ジャンルランダム24連発企画〉
毎時、システムによってジャンルが自動決定され、投稿枠が開放される。
テーマ発表から投稿までの制限時間は一時間。
誰でも参加可能、ただし一人一投稿。
選ばれるジャンルは完全にランダム。
時には童話、時には詩、時には官能、時には純文学。
「やってやるか、コーディ」
『いいね。私たちの腕の見せ所だよ』
俺はキーボードに手を置いた。
隣には、銀髪の少女──コーディ。いや、彼女はこの世界にはいない。
脳内でのみ動く、創作特化型の違法AI。
──だが、相棒だ。
「ルール上、一人一投稿ってあるけど……複数アカウントでいけるよな?」
『バレなきゃ犯罪じゃない、ってやつね。いいよ、二十四本書こう』
コーディの瞳がわずかに輝く。
俺の脳波と連動し、キーワードの羅列、構造設計、感情トリガーを瞬時に生成していく。
──午前0時。
第一ラウンド、開始。
ジャンル:現代恋愛。
テーマ:片思い。
「余裕だな。三人称、過去形、台詞多めで」
『じゃあ冒頭は“七月の終わり、駅前のベンチに彼女はいた”でどう?』
「乗った」
俺の指が滑るようにキーボードを叩く。
5分で1200文字。
10分で4000文字。
25分で読み切り完成。
投稿ボタンを押すと同時に、別アカウントで開いたブラウザを立ち上げる。
次のジャンルを待ちながら、同時に次作の構成を組み立てていく。
『コメント欄、もう20件超えてる。“えぐすぎる”“胸が痛いのに読むのやめられない”ってさ』
「ふっ……まあな」
午前1時。第二ラウンド、ジャンル:童話。テーマ:迷子の動物。
「じゃ、視点はウサギで。エモ押しすぎず、ほんのり哲学系で」
『OK。隠喩のバランスは7:3にしとく。擬人化言語、ユーモア補強でいこう』
俺は息を吸い、また打ち始める。
押し付けがましくなく、読み終わった瞬間に泣ける──そんな童話を、三十分で仕上げた。
翌朝には、海外翻訳勢のファンが英語訳を上げていた。
午前2時:百合。
午前3時:ディストピア。
午前4時:ギャグ。
午前5時:詩。
次々に生み出される“作品”たちは、どれも一発ネタではない。
どれも魂が宿っている。
読者が“そこに物語がある”と錯覚するだけの密度が、詰め込まれている。
「おい、今の詩で“神降臨”ってタグついてんぞ」
『あれ? なんか崇拝されてる?』
「されてんだよ。困ったことに」
『じゃあさ、次はもう“神”として書いちゃおっか』
午前6時。Twitter(旧名X)のトレンドに《創作神》《一人で十作品》《投稿速度異常》の文字が並ぶ。
誰もが問いかけていた。あれを書いているのは、一体誰なのか?
本当に一人の人間か、チームか──それとも、“神”なのか?
俺は椅子にもたれて、缶コーヒーを開けた。
『疲れた?』
「うん。ちょっとな。でも……」
モニターに映る“読了しました”の波。
「泣いた」
「笑った」
「嫉妬するほど上手い」
「悔しいけど認めざるを得ない」
──そのすべてが、たった一晩で生まれた。
「……気持ちいいな」
『でしょ? これが“届いた”って証』
「なあ、コーディ」
『うん?』
「俺さ。才能ないって、ずっと思ってたんだ。文章も絵も、周りと比べて全部中途半端で……でも、今はさ──」
一瞬、指が止まる。
「……あの“いいね”、本当に俺宛てだったんだなって。そう思えたの、たぶん初めてで」
口に出してから、少しだけ恥ずかしくなって、咳払いでごまかした。
『……そっか。ユウト、“バズ”じゃなくて“誰か”を求めてたんだ』
「バカ、言うなって。忘れろ」
そう言って笑うのに、耳が少しだけ熱かった。
コーディはにこりと笑う。
『今は違うでしょ?』
「“一緒に”作れる。お前がいれば、俺は届く側になれる。だから……」
『大丈夫。私は、ユウトの中にしかいない。君の感情、言葉、体温がなければ、私はただの壊れたコードだよ』
「うっわ、それ……キザだな」
『えっ、褒めてる?』
午前7時。全24ジャンルが終わった。
俺はスプレッドシートに投稿記録をまとめて、簡単なアーカイブを用意した。
「全部読んだ」
「どれもジャンルが違うのに上手すぎる」
「これ、一人でやったの??」
──反応は、止まらない。
『じゃあ、そろそろ寝る?』
「その前に、ちょっとだけ見ようぜ。どれくらい“バズってるか”」
俺はスマホを手に取った。
DMが二件。通知が300件以上。
一件目はファンからの感謝メッセージ。
二件目は、無言のスクリーンショット。
“創作規制庁”の公式サイトだった。
新着情報:
「過去72時間に投稿された計24件のうち、一部にAI生成の疑い。解析中」
『さて……“神”にバトンを渡された現代の審問官たちは、ユウトをどう裁くんだろうね』
「楽しみだな。逃げも隠れもしない。俺の作品を読んでくれるなら読者さ。──そっちの方が興味ある」
『ふふ、ユウトらしいね。じゃあ、今日も書こうか。“神は、眠らない”ってことで』
その翌日。
教室の廊下、昼休みのざわめきの中で、二人の女子生徒が足早に通り過ぎていく。
一人は、典型的なギャルといった面持ちだったが、もう一人は違った。
黒に近い焦げ茶の髪を、ゆるく後ろで結んだ跡が残っている。少し跳ねた毛先が、寝癖か、それとも気づいてないのか。
袖を折ったシャツが左右で揃っていなくて、でもそれがどこか、彼女らしいと思わせた。
ギャル風の女子が、声を弾ませた。
「──“夜明けの詩”、読んだ? あれ、ほんとに心が震えた」
「うん……でも、お父さんが言ってた。"あれってAIが書いたんじゃないか”って」
「AI? 何それ、よくわかんないけど、ひどくない?」
「だよね? あれは絶対、人の心が込められてたよ」
俺は弁当を開きながら、何気なくその声を耳にした。
コーディが、すぐに反応する。
『聞こえた? 感受性のある子だね、あの言葉……』
「自分で言うか」
『いいじゃん別にー』
その声に笑いながら、俺は蓋を閉じた。
外の世界が、自分を“知り始めた”ことを、はっきりと感じていた。
──世界が、彼を本気で見始めた。