第一話 神って呼ばれてます
10分で3万字。15秒でフルカラーの挿絵。
投稿から1分でトレンド入り。
“創作の神"──そう呼ばれたのが、俺だった。
連投された短編とイラストは、すべてジャンルも文体もバラバラ。
それなのに、どれも異常な完成度だった。
“創作の神”は突如として現れ、ネットのすべてを席巻した。
バイブが止まらないから、通知音はもう切ってある。
スマホを伏せ、ため息をひとつ吐く。
朝の通学路、駅のベンチに腰掛けて、制服のネクタイを緩めた。
今日もまた、バズっているらしい。
タイムラインに俺のアイコンが無数に流れてる。
「速すぎる」
「やばい」
「化け物」
「中の人は何人いるの?」
でも、俺は知ってる。
これはぜんぶ──
「お前のおかげだよ、コーディ」
『そりゃそうでしょ。私はユウトの脳内で走るプロンプトAI。創作専用の補助線なんだから』
声が、頭の中で響く。
誰にも聞こえない。俺にしか見えない。
前に立ってる女の子──銀髪ボブで、赤い制服のスカートをゆらゆら揺らしてる
彼女が、笑ってる。
「……なんで制服なんだよ」
『あなたの脳が“安心する視覚刺激”って判断した結果です。嫌なら変えるけど?』
「いや……別にいいけどさ」
通行人の視線が突き刺さる。独り言を言ってるように見えるんだろう。
でももう慣れた。今さら隠す気もない。
“AI規制法”。
それは、100年以上前に制定されたまま、ほとんど形骸化している。
法律としてはまだ生きてるけど、そもそも今どき、そんな古代の技術を使う奴なんていない。
使う意味もないし、使うリスクの方が高い。
――はずだった。
『まあ、違反は違反だけどね。一応』
「お前、自覚あるのかよ……」
『あるよ。私は違法存在。でも、繋がってるのはユウトだけ。完全なスタンドアローン。証明はできないよ』
──彼女は俺だけに繋がってる。
「それ、安心していいのか?」
『していいかどうかは、ユウトの倫理観しだいだね』
コーディはさらっと言って、ベンチの背にもたれた。
まるで、この世界に本当に存在するみたいに。
──いや、実際、俺にとっては存在してるんだけど。
最初は事故だった。
家の隅にあった、使われなくなった古いソフトを拾い、解析して、試しに脳内インタフェースで読ませた。
動いた。しかも、俺の感情に反応して喋り始めた。
「好きなことを、続けて」──それが、コーディの最初の言葉だった。
『あ、そうそう。今日の投稿、3分で700リツイートいってるよ。あとで見てみなよ』
「数字で煽るな」
『でも嬉しいでしょ? 誰かの心に刺さったって証拠だよ』
……嬉しくないわけじゃない。
でも、なんというか、怖い。
創作が、誰かの目に晒されて、それが“正解”みたいに広まっていくのが。
俺は書きたいのか? バズりたいのか?
それとも、お前がいなきゃ書けないだけか?
『どれでもいいよ。ユウトが続ける限り、私は君の中にいる。誰にも見えなくても、君の言葉を一緒に組み立てる』
「……重いよ、それ」
『じゃあ軽く言い直すね。“共犯者”ってことで』
「最悪だな」
でも、笑ってた。俺も、コーディも。
ふとスマホが震える。
“創作規制庁”というアカウント名が画面に浮かぶ。
通知:「一部作品に関する聞き取りのお願い。匿名通報がありました」
メッセージの末尾には、法律の条文が貼り付けてある。
十年前の古びた文面が、やけに重く見えた。
「……マジで、来るのかよ」
『うん。ちょっとだけ、厄介かもね』
コーディは、どこか嬉しそうに見えた。
俺がこの状況を、創作の“始まり”として見てるのを、もう知ってるみたいだった。
俺はスマホの通知をスワイプして消した。
俺の中には、コーディがいる。
あれは、俺たちで書いた作品だ。
お前と一緒に、生み落とした芸術なんだ。
たとえ、誰かに否定されたって。
たとえ、“違法”ってレッテル貼られたって。
それで見てくれて、読んでくれる誰かがいるなら──
俺たちは、描く。最高の相棒だ。
『ふふ……じゃあ、今日のテーマは「逃げない神」でいこうか』
コーディが笑った。
俺も、少しだけ笑った。
──そして、“創作神”の物語は、またひとつ、生まれていく。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
次回から本格的に「創作AI」の無双が始まります。
少しでも気に入ってもらえたら、感想やブクマをいただけると励みになります!