天国庁 死神課
私はこれから小さな魂を迎えに行く。
その子は、ボⅠルを追いかけてトラックにはねられた。
たった四歳で、やっと世の中に出始めたばかりなのに。
パパやママ、おじいちゃん、おばあちゃんに囲まれて、幸せな毎日を送っていたのに
業務命令とはいえ、ものすごく気が進まない。
素直に、ついてきてくれるだろうか?
自分が死んで、天国に行くことを分かってくれるだろうか?
天国に行かない魂は、地縛霊となってこの世をさまよう。
天国庁に帰る同僚とすれ違った。
ふわふわの魂を連れている。その魂は楽しそうに、盛んに同僚に話かけている。同僚もにこにこしながら、あいずちを打っている。
幸せな人生を送り、天寿を全うした人なのだ。
私には、こんな楽な任務は、なかなかまわってこない。
私のこの前の任務は、孤独死した老人だった。本庁に連れて帰るまで
ずっと自分の不運を嘆いていた。暗い灰色の固い魂だった
その前は,ゴミだらけの部屋に置き去りにされた二つの子供だった。
部屋中のあらゆる物に、歯型がついていた。
手のひらに入ってしまいそうな,小さな、小さな魂は、濁った黄色をして、本庁に着くまで、ずっと震えていた。
なんで、なんで私ばっかり辛い任務をあてがわれるのよ。
天国庁には、寿命課、天使課、悪魔課、死神課がある
エリ1トは、寿命課。命の火を消したり点もしたり。
いいのは天使課。皆があこがれる。天使課の仕事は,つらい境遇にいる人には、幸運を。悲しい思いをしている人には、希望を与える。あの課の人たちは、毎日とっても楽しそう。
そりゃ、そうでしょうよ。仕事して、喜ばれて、心の底から、感謝されて。ああ、天使課に異動にならないかなあ。
でも、悪魔課よりはマシか。願いを叶えてもらったら、もう二度と生まれ
かわれない。後味が悪い。
一番気楽なのは、私たち死神課らしい。「ただ、魂を連れてくりゃいいだけじゃん」ほかの課の人は言うけど、死を納得させるのには、なかなか労力いるんだよ。失敗すると、現世に留まって悪霊になったりするのもいるし。
病院に着いた。少年の部屋の空気が張りつめている。
ベットの周りには、両親、祖父母、その他親族が取り囲み、部屋の隅では、トラックの運転手が固く手を組み祈っている。
助けて下さい。助けて下さい
お願いです。お願いです。わたしの命を差し上げます。どうか、この子を
連れて行かないで。
皆の祈りが、病室中に渦巻いている
この子は、こんなにも皆から愛されている。私だって連れていきたくない。でも、もう決済が下りているのよ。
少年の魂に呼びかける。
「さぁ、もう行くよ。」
「お姉さん,、誰?」
「君を迎えに来たの」
「僕、死んじゃうの?」
「うん、でも君は、また、新しいパパやママの元に生まれてくるよ。」
「いやだ」
魂が激しく拒絶した
「今のパパとママがいい。今のおうちがいい。おじぃちゃんは、この夏皆で旅行に行こうって言ってくれてるんだ。とっても楽しみにしているんだ。」
助けて、助けて、この子を助けて。
「コロちゃんだって、 散歩に連れていってやらなきゃならないし、ヒマちゃんだって、まだ咲いていない。」
コロちゃんは、飼い犬、ヒマちゃんはひまわりらしい。
祈りの声が、胸に突き刺さる。
なにも要りません、なにも欲しがりません。この子の命さへ助けてくれるなら、これからの幸運は、すべて手放します。
天使課の人、来てくれないかなぁ。この子の死亡書類に、不備あったって言ってくれないかなぁ。
そんな例が、過去にもあったもの。死にかけていた人が生き返ったって。あれは、寿命課のミス。だいたい、あの課長は処理能力に欠けているのよね。この前だって神さまに、こっぴどく叱られていた。それなのにエリⅠト課の課長ってどうなってんの。
死亡決定時刻が、迫っている。
「もう、行かなきゃ」
「いやだ、いやだ、いやだ」
オシログラフが、激しく波打つ。
「この子は今、死と戦っています。」
お医者が、重々しく言った。
助かって、助かって、負けないで、負けないで。
魂が肉体から、抜けかかっている。
そんなときは、肉体と魂を繋ぐ緒を断ち切ればいい。
そして、がんじがらめにして、天国庁に連れて行くのだ。
分かっている。分かっているけど。
連れていかないで。連れて行かないで。戻ってきて。
こんな祈りが、業務妨害なのよ。肉体から魂が、なかなかはがれない。
「バカ バカ お姉さんのバカ どこかへ行っちゃえ」
魂が叫ぶ。肉体にしがみつく。
ああ、死亡時刻が。
失敗した。死亡決定時刻が過ぎてしまった。
少年の命の火が、再び燃えはじめた。
オシログラフが、 規則正しく撃ち始め、少年が薄く目を開け
小さな声で、「ママ」と母親を呼んだ。
「もう、大丈夫でしょう。峠は越しました。」
お医者が、嬉しそうに宣言した。
病室中が、喜びに沸きかえった。
ありがとうございます。ありがとうございます。神さま、この子を助けて下さって、ありがとうございます。
部屋の隅で、トラックの運転手が「よかった。よかった」をくりかえしている。
また、始末書だ。
この前は、心中しようとしていた親子の魂を、思わず離してしまった
交通事故で,、ひん死の魂も連れて帰れなかった。
海や山での遭難者も、躊躇してしまう。
この人には、家族がある。生きがいがある。
同僚たちは、なんの、ためらいもなく、魂を天国に連れて行けるのに。
天国庁に帰ったら、早速上司から呼び出しがあった。
「きみは、何枚始末書を書けば一人前になるのかね。」
知らんわ。そんなら、あんたが現場に行って様子を見てこい。こっちの苦労も知らないで。
いつだって、いつだって、胸が張り裂けそうな思いをしているのよ。
上司が、深いため息をついた。
「どうやら、君はこの職には向いていないようだね」
え?異動?天使課?一瞬、喜んだ。
違った。
「出向だ」
上司が空中に輪を描くと、辞令が浮かび上がった
「本日より、天国庁附属、天国造園課、勤務を命ずる。」
嘘、夢じゃなかろうか。
降格だし、憧れの天使課ではなかったけど、そんな事は、ちっとも構わない。毎日、お花の手入れをしていればいい。
天国は広大で、 造園課は重労働だけど、漂ってくる魂と触れ合うことができる。
私は,、誠心誠意職務に励もう。きれいなお花を咲かそう。
傷ついてやってくる魂には、心をこめて寄り添おう
、次に生まれ変わるまで、私の咲かせたお花を見て、安らいでいてもらおう。
嬉しい、嬉しい、うれしい。自然に頬がゆるんできた。
そんな私を、上司は複雑な表情で見ていたが、早く行けという風に手を振った。
私は、もう開ける事のない「死神課」というプレ1トのついたドアを、勢いよく閉めた。
終わり