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青い夜に竜を殺す  作者: 星河雷雨
青い夜に竜を殺す
2/8

第二話 



 会ったことはないし確認してもいない。でも私の記憶が確かなら絶対にいるはず――なんだけど。


 ……いやでも無理かなあ? やっぱ一人じゃ無理だよね……? 


 ――うん無理だね……わかってた。だって彼が一緒に邪竜を倒す仲間たちに出会うのは邪竜を倒す数年前だったはず。

 それに騎士だった当時の彼は邪竜を倒す役目を担う程の剣豪だったけれど、確か今は……。


 ただの新兵。しかも一人。


「くっそう……!」


 私は半泣きになりながらも再び走り出した。


 そうだよ。小説ではマティアスは国が滅びた当時は新兵だって書いてあった。それから死に物狂いで修行して、国の仇を取るために邪竜を倒す役目を勝ち取ったんだって。


 ――大丈夫。


 多分だけど、ベルタが二股野郎をビンタするのさえ止められればそれで済む。止められるならば代わりに私の頬だって差し出す所存だ。


 本当は嫌だけどね!


 彼らの逢引の場所は多分、王城に近い森の中。小説にもそう書いてあった気がする。気がするだけだけど、多分あってる。


 多分多分でちょっと泣きそうだけど、だってどれだけ遅くなっても朝までには帰ってこなければならないから、それほど遠くには行かないはずなのだ。でもそれにはまず城の門を抜けなければならないんだけど――。


 私は溜息を吐きたい気持ちをぐっと堪えた。


 城門を抜けるためには、実はお金がかかるのだ。大した金額ではないが、夜に城門から抜け出すには門番に通行料を渡す規定となっている。そもそも夜に城門を出ようなんて人間は怪しさ満点、普通だったら仕事以外は通さない。けれど通行料を渡すことにより、同時に門を護る騎士様によって検分されることになるのだ。


 そのお金だって別に騎士様たちの懐に入るわけじゃない。ちゃんとお城へ上納している。ま、なんにしろこの国が平和であることには変わりないな。


 それにしてもまったく……。


 何であの二人は城門内で逢引をしないんだ。城内でも身を隠す草むらや人気のない逢引にぴったりの場所なんていくらでもあるのに。門番に渡すお金は確かに大した金額じゃないけど私にとっては大金なんだよ。


 ……いや、本当はわかってるさ。大人の事情って奴だろ? 


 あの二股野郎はきっと今日こそベルタをものにしようと城外を待ち合わせ場所に指定したんだよ! いくらなんでも城内で事に及ぶことなんで出来ないからな! そんでささいな口論から二股がバレてバシンと平手打ちを喰らうって寸法さ!


 ざまーみろ!


 私が心の中で二股野郎に毒づいていると、城門が見えてきた。そして城門を護る二人の騎士様の姿も。背が高く体格の良い騎士様と、背は高いがもう一人の騎士様と比べると少し細身に見える騎士様。鉄色の甲冑が月の光に照らされて鈍く輝いている。いわゆるプレートアーマースタイルだ。


 彼らは自分たちに向かって走って来る私を見て驚いているようだった。兜をかぶっているから表情はわからないけれど何となく態度でわかるもんなんだな、こういうのって。


 まあ、こんな時間に女性が一人門に向かって必死の形相で走ってくるなんて普通はあり得ないから驚いても仕方ないよね。


「止まれ! 何があった!」


 体格の良い騎士様から、野太い声が飛んで来た。その声を聞いた私の身体が私の意思とは関係なくびくりと震える。声大きいよ。


 でも別に騎士様たちは怒っているわけではなさそう。突然の事態に驚いてはいるだろうけれど、多分に私の身を案じる気持ちの方が勝っているようで、心配そうにこちらを覗き込んでくる、んだけど……。


 ……うん。夜に甲冑に覗き込まれるってちょっと怖い。声も心なしか震えてしまう。


「あ、あの……ちょっと外に用があって……門を開けて貰えませんか」

「こんな時間に外に何の用?」


 少し細身の騎士様が聞いてきた。


 何の用? それを聞かれるとツラいな。これから私のしようとしていることって、他人から見ればただの出歯亀だしな……。


 とっさに良い嘘が考えつかなかった私は、つい夜城門を通る者たちの常套句を口にしてしまった。


「あの……良い人が外で待ってるんです」


 しかしそう言った途端、先ほどまで心配そうな表情をしていた二人の騎士様たちの顔色が変わった。怒りと、そして不快感を顕わにしたそれへ。


「……誰が君のような子どもを誘い出した」

「……へ?」


 ……おっと、そうだった。今の私って十二歳の子どもだった。


 さすがにこの歳で夜に城外での逢引はないわ。うっかり前世の記憶に引っ張られて大人だった時の感覚に戻ってしまっていた。きっとこの騎士様たちは私が悪い大人に騙されて夜中呼び出されたと思っている。そりゃ怒るよね。


「君を外へ出すわけにはいかない。その男の名を教えなさい」


 絶対、そいつのことロリコンだと思ってる顔ですね。架空の相手ですけどね。

 

「いえ、あの……相手は私と同じ歳で……」


 悪い大人に騙されていると思っているから怒っているのならこれでどうだと、私はまた安易に約束の相手は同じ子どもなのだと言ってしまった。しかしそんなことでは騎士様たちの怒りは治まらなかった。あれ、これでも駄目ですか?


「相手が大人だろうが子どもだろうが、同じだ。夜の城外は君が思っているよりも危険なんだぞ」


 まあね。夜だしね。元の世界と違ってそこらに外灯があるわけでもなし。


 でもね。そりゃわかるんだけど、そんなことを言っていたらこの国が滅んでしまうかもしれないんだよ。だからランプを持って来たんだよ。


 でも今ここで私が邪竜の封印が壊されるなんて言っても、きっと信じては貰えないだろうな。


 ――こうなったらもう、泣き落としだ。


「お願い……お願いします! 逢引なんて嘘です! どうしても外に行かなくちゃいけないの! 今! すぐに!」


 私は出来るだけ哀愁を誘うように表情を歪めた。具体的なことを言うと余計怪しまれるだろうから、理由は適当に濁す。ここで涙の一筋でも流せれば効果は抜群なのだろうが、さすがにそれは無理だった。

 けれどこの国の存亡とこの国で暮らす民たちの命が掛かっているのだ。そう思えば零れ落ちないまでも、私の目には自然と涙が浮かんで来た。


「あ~、もう仕方ないな。ブラッド、俺の代わりの門番誰か呼んでくれ」


 私の迫真の演技が功を奏したのか、細身の騎士様が溜息を吐きながらそう言うと、体格の良い騎士様――ブラッドさんだっけ? が、ぎょっとしたような顔をした。


「おい、マティアス!」


 マティアス? 


 今マティアスって言った? もしかして、この人がマティアス・レドフォード?


 私はじっと、細身の騎士様の兜からちらっと覗く顔を見た。澄んだ青い瞳にかかる前髪はダークブロンド。あの小説の挿絵に似ている……ような気がする。


 そもそもいくら挿絵があっても小説は小説だ。ベルタだって本当にあの挿絵の通りの顔をしているかなんて、本当のところはわからない。けれど容姿の特徴は一致する。

 ベルタの特徴は朱色の髪とちょっと垂れ目気味の琥珀の瞳。可愛い系美人。マティアスの特徴はダークブロンドと鮮やかな青い瞳。そして絶世の色男―――なんだけど今は兜かぶってるから顔まではわからないな。残念。


「……仕方ない奴だな。遅くなったら迎えに行くからな」


 迎えに来るのか。過保護だな。


 ブラッドさんが指笛を吹くと、少し遠い位置にいた数人の騎士様の一人がこちらへやってきた。指笛ひとつで呼び寄せるとか、ブラッドさんやるな。結構位の高い騎士様なのだろうか。


「すまんが、マティアスの代わりの奴を一人呼んできてくれ」


 ブラッドさんにそう言われた騎士様がさっと敬礼をしてからすぐに騎士様の宿舎のある方へと走って行ってしまった。


「じゃ、行こうか」

「え? あの……」


 本当に一緒に行くの? いや、こっちは助かるけど……もし間違いだったらどうしよう……。いや、いっか。その時は二股野郎を成敗してもらおう。


「マティアス。この子の約束の相手、ぶん殴って来い」

「了解」


 いや、私子どもって言ったじゃん? 二人とも信じてないな。確かに嘘だけどさ。


 ……って、こんなことしている場合じゃなかった。


「あ、あのお金……」

「今日はいいよ。でも次はない」


 次はないって……言い方が物騒だな。でもご厚意には甘えておこう。通行料儲けた。


「じゃ、あの……早く、走ってください!」

「は? 走るの?」


 マティアスの返事を待たずに、私はまた走り出した。マティアスもそんな私をちゃんと追ってきている。後ろでガチャガチャと鎧の出す音が鳴っている……んだけど。


 うん……これは走ってるんじゃなくて歩いてるな。コンパスが違うから仕方ないんだけれど、何か悔しい。


「ねえ、抱えていい?」

「はい?」


 私の疑問形の「はい」を肯定の「はい」と勘違いしたらしいマティアスが、私の手からひょいとランプを取り上げ、私を小脇に抱えて走り出した。


 うん。私がのろいからだよね? とても走っているようには見えなかったんだよね? でもこれ、身体がぐらんぐらん揺れて超気持ち悪い。


「う……ぐえ……えぼ……!」


 吐くがな! このままでは吐くがな! 船酔いなんか目じゃないぞ、これ⁉ 


 けれどマティアスは私のそんな様子にはまったく気づいていない。ガチャガチャと音を立てて走り続けている。


 ……少女を小脇に抱えて夜走る甲冑ってホラーだな。あれ? もしかしてあの小説ってダークファンタジーじゃなくてホラーだったっけ? 別の小説と勘違いしてたらどうしよう……。


「馬乗ってくれば良かったかな……。ねえ、こっちでいいの? ていうか、君どこ行こうとしてるの?」


 それは抱える前に聞いて欲しかった。私はマティアスの質問に、吐き気を堪えながらやっとのことで答えた。


「あ……、あい、逢引……場所」


 揺れるせいで声がとぎれとぎれになってしまう。気をつけないと舌噛むなこれ。


 正直どこを探せばいいのかなんて、まったく見当は付いていない。けれど夜にそこまで森の奥深くには行かないはずだ。いくらいかがわしいこと目的で連れ出したとしても、女性も一緒だしね。


 それにもしかしたらマティアスが知ってるんじゃないかって、ちょっとだけ期待してもいた。主人公の一人なわけだし。そういうのと引き合うかなーって。


「……もしかして本当に逢引なの?」


 マティアスの声がちょっと低くなった。え、怒ってる?


「わ、私……じゃ、ない……」


 誤解だ、誤解。私に怒らないでくれ。


「誰? 友達?」


 ちょっと……前見て走ってくれません? こっち向かないで。


 マティアスの質問に、私はこくこくと首を縦にふった。


 あ……さらに気持ち悪い。気、失いそう……。けれどこれだけは伝えなければ――。


「二股……野郎……」


 ――……間違った。伝えたかったのは祠のある場所という情報だ。


 けれどこれだけですべてを(?)察したらしいマティアスは「任せろ」と言ってさらにスピードを上げてきた。

 上下左右に揺さぶられた私の胃と脳が、悲鳴を上げた。夕飯ちょっと食べ過ぎたから余計に苦しい。


 ……もう死ぬかもしれない。


 国が滅びなくても私が死ぬかもしれない。でも今度こそちゃんと伝えなければ。


「ほ……祠、の……ある、場所」

「祠? ……知らない」


 マティアスの答えに、私はがくんと頭を垂れた。何てことだ。期待してたのに。いくら遠くには行かないにしても、森はだいぶ広さがある。闇雲に探してもどうしようもないではないか。

 けれどマティアスは何故か「大丈夫だ」と自信満々に請け負った。


 そしてマティアスに抱えられ、体感で二、三分森の中を走り続けるとほどなく言い合いをしている男女の声が聞こえてきた。本当に大丈夫だった。びっくりだ。マティアスは犬か? 犬なのか? 匂いでわかったのか? あ、声か。耳良いな。


「あの二人?」


 ベルタの彼氏の声は二、三度聞いただけだから覚えていなかったけれど、女性の声は確かにベルタだ。


「そ、う……」


 私の答えを聞いたマティアスがその場で止まり、私を地面に降ろした。


 けど、私は自分の脚で立つことは出来ずにその場にへたり込んでしまった。これでは二股野郎の代わりにビンタを受けることが出来ない。でも幸いなことにまだ邪竜が復活しそうな兆しはない。


 ――良かった、間に合った。


 きょろきょろと二人の周囲を見渡すと、二股野郎のすぐ後ろに祠があるのが見えた。


「マティアス」


 ――あ、しまった。


「うん?」


 年上でもありおそらく身分も上である(騎士様だから)マティアスをつい呼び捨てにしてしまったというのに、マティアス自身はまるで気にしてはいないらしい。


 おかしいな。最初からちょっと思っていたことだけれど、小説の中のマティアスは触れる者すべてを切り裂くナイフ(笑)のような奴だったのに、やっぱり今のマティアスは小説とは性格が違うような気がする。


 でもまあ、十年も経てば性格も変わるか。


 納得した私はここへ来た目的をマティアスへと告げた。信じてくれるかどうかは五分五分だろうか。


「あの祠の下……《古の災厄》が封印されてる」

「は?」


 私の言葉を聞いたマティアスは、ぽかんとした表情で口を開いている。やっぱ信じられないか。



 古の災厄。



 それは世界の半分を壊滅させた邪竜につけられた二つ名だ。


 昔話として各国で語られているためこの世界の誰もが知っているその存在は、けれどすでに千年以上も昔の、神話に出てくる神々と同一視されている存在でもある。


 要するに、そんな奴本当にいたの? 的な。


 マティアスもやっぱりどうにも信じられないようだ。きっと今のマティアスの頭の中には、大量のはてなマークが浮かんでいるんだろうな。


「えー、と? あの小さい祠の下に? 竜がいるの?」


 いるんだな、これが。


 この世界においての竜とは、超自然的な魔素という力の集合体だ。それが竜と呼ばれるものの正体。ま、一応肉体はあるんだけどね。

 でもこの祠の下に、馬鹿でかい竜の身体が封印されているわけではない。普通の封印とはちょっと違うんだけれど、その情報は一般的なものではないのだ。そもそも竜という存在自体今の世にはいないのだから、マティアスが知らなくても何ら不思議ではない。


 だから、


「そ……」


 ――そうだよ。そう言おうと思っていたのに。


 私は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。口を開いた私の脳裏に、突如目を見開き、唇を歪ませたベルタの顔が浮かんできたからだ。


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