第九十四話 球場2
そして莉奈の説明もそこそこに、試合が始まった。
一回の表、笹村球太が一球目を投じる。162キロストレート。球場は一気に歓声をあげる。それは優斗も同様だった。遠めながら、この速さの球、野球をあまり知らない優斗でもこのスピード感はわかる。人間の手によって投げられるものとは思えなかった。
そんな優斗を見て、莉奈は「これが日本一の豪速球ピッチャーです」と、ニヤニヤしながら言った。
そして優斗が驚いてる間に、笹村は149キロスプリットで先頭打者をあっさりと三振に打ち取った。
「流石ですね」
「ああ」
素人目にも、打たれそうには見えなかった。そしてあっさりと三者凡退で1回の表は幕を閉じた。
「次はこっちの攻撃か」
「そうですね。うちのチームはどちらかといえば貧打のチームなので、早く笹村選手に援護点をあげたい所です」
「なるほどな」
そして一番、二番、三番とあっさりと三者凡退に終わってしまった。それに対して優斗は「早すぎだろ」とこぼした。そんな優斗に、「大丈夫です。まだまだこれからですから」そう、語り掛ける。
まだ両チーム三者凡退に終わっただけだ。まだまだこれからだ。
そして笹村は二回四番の吉村との勝負に入る。昨年ホームランをうちに打ちまくった男との対決だ。
莉奈にとってはこれを見せたくてこの日にしたということもある。
吉村に対して初級ストレートを投げる。161キロストレートだ。その球を吉村はライト方向に運ぶ。しかしわずかにファールだ。それに対し、優斗と莉奈は汗をかく。そして二球目、フォークボールに空振りで二ストライクで追い込んだ。
「後ワンストライクで空振り三振ですよ」
「……ああ、そうだな」
そして、三球目は四球目とファウルで粘られる。そして、二級ボール球を投げてカウントツーツー。
そして最後の球を投げたが、その球はあっさりと撃たれ、レフトの頭を超えて、ツーベースヒットとなる。つまり抑えられなかったのだ。
「やられてしまいましたね」
「そうだな」
(野球のルールだけならわかる俺でもわかる。これはピンチだ。今頃あの父親は何いとか言ってるんだろうな)
そして実際次のバッターがバントして、その後犠牲フライを打たれてあっさりと先制を許してしまった。
「莉奈、点取られたぞ」
「ですね、実質ホームランですか」
そう、一安打で一点取られたという事だ。あの二塁打はそれほどにまで大きかった。
「でも大丈夫ですよ! すぐ取り返しますから」
「そうだといいが……」
そして、次のイニングが始まる。四番の西條からだ。その中優斗は莉奈に言われるがままに、応援歌を歌った。
(これが応援歌か……結構歌詞無いものなんだな。とはいえ、球場全体で歌われていると、なんという迫力なんだろうか。凄まじい威圧感を感じる)
「優斗くん、これが球場ですよ」
圧倒されている優斗に、莉奈がそう言った。
(なるほど、これなら俺でも楽しめるのかもしれないな)
そう優斗は思った。だが、優斗たちが歌う応援歌はあまり助けにならなかったのか、西條は四球目でショートゴロに倒れた、続く五番内木も、六番三木谷もあっさりと。
「相手のピッチャーすごいやつなんだな」
「え? 確か二軍で防御率三点台ですよ。そこまですごいピッチャーじゃないです」
「へー」
(じゃあ、いつか打ち出すか)
だが、そんな優斗の想像とは裏腹につぎの三回も三者凡退に抑え込まれた。
「なあ、莉奈」
「言いたいことは分かります。でも、応援しましょう」
「……ああ」
(しかし、全くと言っていいほど点を取れる気がしない。このまあ最後まで面白くならないんじゃないかという不安を感じてしまう。マジで面白くなかったら嫌だからな)
そして四回裏、先頭の萩尾が二ベースヒットを放ち、会場中がわいた。
「莉奈」
「ええ、チャンスです。こちらも点取りましょう!!」
そして次のバッターは岸部。最低でも進塁打は打ってくれるであろう機体の逸材だ。だが、会場中の人はシンプルな進塁打ではなく、技ありのタイムリーを願っているのだ。
「優斗くん見てください。このイニング、一気に点取りますから」
「ああ。楽しみにしとくよ」
「何しろ買ってくれないと、ここに優斗くんを連れてきた意味がなくなるというものですから」
そして、莉奈と優斗は応援歌を歌いながら、試合をじっくりと見る。すると、岸部は莉奈が、会場中が願ってる通り、一二塁間を破るヒットを放ち、ノーアウト一三塁となった。
「優斗くん、優斗くん!!」
「ああ」
「すごいです。点取れそうです!」
「だな」
そして、三番のマルスのゴロの間に一点入った。その瞬間また球場が歓声に包み込まれる。
「これで同点です。そして四番の西條です。さあ、逆転しますよ」
「ああ、楽しみだな」
そして優斗と莉奈はチャンステーマを唄う。
そして西條は三球目を外野へと放つ。そしてその球はぐんぐんと伸びていく、しかし、スタンドの手前で、相手の選手のクラブに納まってしまう。
そしてそれを見て、三塁を踏んでいた岸部は慌てて二塁に戻る。
「だめでしたか」
「みたいだな。でも次もいるじゃないか」
「ですね。まあ、直近打率一割七分九厘みたいですけど」
「なるほど、よくわからないが、不調と言う事か」
なら期待できないのかもしれないと優斗は思った。そして実際その通りで、あっさりと打ち上げてしまい、追加点とはならなかった。
「厳しいですね」
「ああ。……てか野球ってこんなに点が入らないものなのか?」
「みたいですね。乱打戦じゃなくて投手戦になってしまっていますからね」
「そうか」
(ならもう少し追加点は取れなさそうだな)
そしてついに七回まで来た。
実のところあの後、六回までお互いランナーが出てないのだ。そしてそんな状況に少しだけ優斗は飽きてしまっている。そしてそれは莉奈にも共通に言えることである。彼女もそろそろ単調な試合経過に、飽きてきている。
「そろそろ点とらないと、笹村君がかわいそうです」
「そうだなあ……」
(俺的に言ってもせっかく来たのだから勝ってほしいところだ)
そして最初のバッター、岸部がフォアボールで出塁する。
「よし!」
「あ、優斗くんが先に言うってことは、ハマってきましたね」
「いや、そうじゃないけど……」
(そりゃあ、球場に来たのだから応援しなきゃならないだろう)
そして、三番のマルスが三振だ。
「さっきみたいに進塁打を打ってくれたらよかったんですけど」
「まあな。でも点はいると信じようぜ」
「そうですね」
そして、西條の打席、岸部が初球から果敢に盗塁を仕掛ける。
「来たか。得点圏男」
「ええ」
そして優斗は全力で応援歌を歌う。そう、チャンステーマを。
そしてその瞬間、西條選手がバットを振りぬく。
「行けええええええええ!!!!」
優斗は叫ぶ。そして西條の打球は、空高く飛んでいき、観客席の奥深くまで飛んで行った。
「莉奈やったな! って、え?」
優斗が驚いた理由は単純だ。莉奈がボールを持っていたのだ。
「なんで、お前持っているんだ?」
「だって、飛んできたんですもん」
(そうか、忘れていた。莉奈は超幸運女だったな)
そしてボールを見せて莉奈は笑った。そして優斗はその姿を写真に撮った。




