第八十四話 西園寺綾とのカラオケ
俺は、今二人で出かけている。場所はカラオケ。相手は西園寺綾だ。
あの後、彼女から、「兄弟同士が友達だという関係を深めるために、一緒に遊びに行きませんか?」と来ていたのだ。当初は断ろうと思っていた。だが、莉奈の過去についてもう少し知りたい、莉奈の友達だった人で、莉奈をあの性格にした女。気にならないわけがない。
しかし、場所がカラオケとは思わなかった。もしかしたらこれはデートに入ってしまうのではないか……もちろん、普通こういうシチュエーションで喜ばない男子はいない。だが、俺は彼女持ちなのだ。もしこのことがばれたら、ひどいことになりそうだ。
とはいえ、もちろん彼女を乗り換えようと思って今日来ているわけではないがな。
そして「せっかくなので歌いませんか? 交流を兼ねて」
と、彼女が手渡したマイクを受け取る。
正直言って緊張している。念のため莉奈の彼氏であることは伝えてはいないのだが、色々な施策が飛び交う子のお出かけ、緊張しない方がおかしい。
俺は緊張しながらも、流行りの曲である、「stop the time」と言う曲を選んだ。この曲は、恋愛映画の曲で、今人気をかっさらっている曲だ。
とりあえず、「泊まってほしっかったんだー。君がいなくなるならもう、もう俺たちはこのまま、このまま、このまま、永遠の時の中に閉じ込めてほしい……」
と、歌い終わった。まあ、手ごたえとしては上々だ。
「なるほど、そう言う感じですか……」
と、一言言ったのち、
「次は私の番だ」
と言って。歌い始めた。
「そこに浮かぶ虚構、その刹那の間に……」
と、歌い始める。
正直言って莉奈よりはうまくない。まあ、莉奈よりうまかったら驚くが……
正直に言うと、意外と楽しかった。俺にとってカラオケが三週間ぶりと言うこともあるのだが……だが、あくまでもここには楽しむために来たわけではない、莉奈の過去を知るために来たのだ。
俺的に言えば、莉奈の過去、それ自体を疑うわけではない、ただ、もう一人の、莉奈の旧友の話も聞きたいというだけだ。
あれから数曲歌いあった。とは言ったものの、莉奈に関することに関しては怖くて何も聞けてはいない。ただ楽しんでいるだけだ。
「……楽しいね」
と、西園寺綾が言った。それに対して「ああ」と一言言った。これでは、ただの浮気になってしまう。何とか勇気を振り絞って例のことを聞かなくては……
そのまま、俺たちは、数曲歌っていた。訊くこともできずに。
そして、カラオケから出てしまった。
「……楽しかったねー。今度は弟を連れてきたいね」
「……だな。俺も由依を連れてきたいぜ」
とは言ったものの、俺にはまだ仕事が残っている。莉奈の過去を訊くという任務が。
「次、レストランにでも行きますか?」
「ああ」
そして言われるがままにレストランに向かう。
「由依ちゃんって普段どんな感じなんですか?」
と、そう訊かれた。
「我儘なやつだよ。本当いつも困るわ」
「それはうちの竜輝も同じですよー。子どもってなんであんなに我儘なんでしょう」
「そうですね。ところで、一ついいですか?」
勢いで行ってしまった。いうのは怖い。だが、言うしかない。
「綾さんは昔はどんな感じだったんですか?」
直接はだめだとしても、周りから攻めていく。
「うーん。普通の子どもかな、あまり面白くはないと思うよ」
「でも、ぜひ聞かせてください」
「うーん。じゃあ、小学生時代の話をしよっか」
うーん。そっちではないんだよな。とはいえ、気になる話ではあるので聞いときたいところだ。
「私はね、小説が好きな女の子だったの。だから人とは関わらずに一人でいてたの。だから友達がいなかったわ」
なるほど、莉奈の一年生の時の感じと似てるな。もしかして、莉奈の小説好きも西園寺綾の影響かもしれないな。
「今も小説読んでるんですか?」
「いや、全然。今はもう月に一冊も読まないわ」
「なるほど。なんでですか?」
少し責めすぎかなと思ったが、まあ、常識の範囲内だろう。
「私のトラウマがあるから」
「……」
トラウマ、恐らく莉奈とのことだろう。だから、莉奈の好きなものを拒むに至った訳か……。
「あ、暗い話にして悪かったね。大丈夫。小説以外の生きがいもあるわけだし」
「あ、いえ、それは……」
もう少し探っておきたいのだが……
「それで、君はどんな感じだったの?」
「ああ……俺は……」
そして俺も俺の過去を話した。俊との一件や、小学校の時の話をした。まあ、当たり障りのない莉奈の出てこない話だ。
そして、そのまま解散する流れになった。これでいいのか……? このまま解散しても。確かに少しずつ聞いていくのもいい。でも、俺は……知りたい。莉奈のことをもっと。ここは、多少のリスクを負ってもいいかもしれない。
よし! と、決心してそして俺は彼女のところに近づき、
「松崎莉奈っていう人を知っていますか?」
と、訊いた。




