第七十六話 山登り
「お兄ちゃんとお出かけだー!」
と、よほど俺とのお出かけが楽しいのか、由依が見るからに元気だ。
調子のいい奴めと思うが、由依もまだ四年生。つまりまだ子どもだ。
お兄ちゃんつまり俺と一緒にいたいと思うのも無理はない。
「お兄ちゃん! 着いてきて!」
「分かったよ」
と、由依が山道をガンガンと進んでいく。早いな、山とは思えないスピードだ。
「お兄ちゃん! 早くー!」
「待てって」
流石にあのスピードには追いつけない。
だが、由依のスピードに追いつこうと、出来るだけ早く走ろうとする。これが俺の出せる全力だ。だが、それでやっとトントンなんだから由依は恐ろしいものだ。しかも、息切れ全くしてないし。
俺は小学生にも負けるのか……
「ハアハアハア、由依まて、少し休憩させてくれ」
息切れした。もう体力がゼロだ。もう走るどころか、歩く事もできる気がしない。
「仕方ないなあ」
と、言われ由依と二人で座る。少し言い方がむかつくが、由衣を俺の体力ゼロのせいで付き合わさせている形だ。文句は言えねえ。
「本当お兄ちゃん体力ないね」
「仕方ないだろ。むしろお前の方が体力あるんだよ」
「えへへーそう?」
「えへへーって言う時点でわかってるだろうが」
「でもさあ。運動できるのっていいよ! みんなから体育の時間注目されるし」
「それ目的でやってるのか? スポーツ」
由依はスイミングスクールとサッカークラブに通ってたりする。最初は我儘な由依のことだから三日坊主で終わるかと思ってたのに、もう既に二年行ってるのだ。
「うん! だって運動できるって楽しいもん」
「勉強は?」
「……言わないでよ。そんな現実的なこと」
「そんなに現実的か?」
「うん」
前の由依のテスト、五十三点と言う高いのか低いのかよく分からない点数だったのを思い出す。
おそらく某アニメだと確実に怒られるだろう。
ちなみに俺は小学生の時八〇点以上キープはしてた。
本当俺と由依は真逆の人間だ。兄弟なのになんでこうも違うんだろうな。
「お兄ちゃん……莉奈ちゃんも勉強できないんでしょ」
「まあ、そうだな。だが、この前勉強したからなあ。そこそこはできるようにはなってたぞ」
「えー、勉強できないの私だけ?」
「そう……みたいだな」
「でも、私勉強しないから!」
「それはしろよ!」
そして体力の戻った俺たちは再び歩き出した、「今度はお兄ちゃんが倒れないようにゆっくり歩いであげる」と、そんな事を言われて、手を繋ぎながら。
「お兄ちゃんの手、安心するね」
「そうかな?」
「だって、しっかりしてるし」
「……」
由依は可愛い妹だ。そういえば小さい頃はいつも俺といたな。
俺と一緒にいる事が多かった由依にとって、俺がここ最近家にいなかったりした事は寂しい事でもあったのだろう。
「私さ、お兄ちゃんの事が好き」
「……そうか」
「だからさ、莉奈ちゃんと同じくらい私と遊んでよ。そしたら二人の交際認めてあげる」
「お前は俺の親か」
「えへへ」
そしてそのまま二人でどんどん山を登っていく。俺もなんとか登れてる。足をひっぱるのは嫌だしな。
「お兄ちゃん、見て? いい景色だよ」
そう由衣が、岩山に登って空に指さしながら言った。
「危ないから、あまり登りすぎるなよー」
「そこじゃなくて、きれいじゃない?」
「まあ、確かにな」
町が一望出来る。ビルが蟻みたいに小さく、人はさらに小さい。
そこまで歩いたつもりはないが、こうしてみると結構高くまだ登ってるもんなんだな。
「お兄ちゃんも岩の上おいでよ」
「……嫌だ」
「なんでー?」
「怖いから」
「意気地なしだねお兄ちゃん」
そういって由依はピースした。その瞬間、
「あ!」
由依は足を滑らせ、落下した。
「おい! 由依!」
すぐに湯之元まで走り出し、由依のお腹を掴んで落下の衝撃を減らした。
「あぶねえだろうが」
「ごめん。でもありがとう」
「あたり前だろ」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「……今度はもっと安全な岩を探すか」
ここは頂上ではないし、もっといいところがあるはずだ。
「じゃあいこ!」
「ああ」
そして、どんどんと山を登っていく。
「ここならどう? 落ちないでしょ!」
「ああ、てかお前岩登り好きすぎだろ」
「だって楽しいんだもん」
「まあ、気持ちはわかるけど」
と、岩に上る。この岩は平であり、坂とかがないから、かなり登りやすい。
「お兄ちゃん大丈夫なの?」
「危なそうなところじゃなかったら大丈夫だ。落ちる要素ないしな」
「そっか、じゃあ、ほら」
「ああ、ありがとう」
と、差し出された手をつかむ。
「さらにいい景色だよね」
「ああ」
「お兄ちゃんとここに来れてよかったー。一人で景色見ても楽しくないもん」
「お父さんとかは?」
「まあ、いいんだけど、やっぱり私はお兄ちゃんが一番好きだから」
「だから俺を選んだってわけか」
「うん! 出来た妹でしょ?」
「まあな、寛人とかに言ったらいいなとかいうんじゃねえか? あいつ一人っ子だから」
「だね!」
そしてしばらく景色を眺める。すると、
「あー、本当に楽しい」
と、由衣がつぶやいた。
「ほんと、お兄ちゃんといたらなんでも楽しいな。……ねえ、明日も遊んでね」
「まあ、莉奈といる時間以外はな」
「そんなこと言わないでよ。あ、そうだ。お兄ちゃんと莉奈ちゃんとのデートに乱入してもいいかな?」
「やめろ」
「えへへ、まあでもチャンスがあったら乱入してみるね」
「その時は莉奈の許可も取れよな」
「分かってるって!!」
この笑顔、本当に分かってるんだろうか……。
「そろそろ帰るか?」
「うん」
と、山を下山する。そんな中、由衣は駆けだしている。
「おい、由衣、こけんなよ」
「分かってるって」
「お前の場合、前科があるからなあ」
「うぅ、言わないでよ」
「まあ、こけなかったら前科取り消してやるか」
「お兄ちゃん、言ったね!」
「ああ、約束だ」
「じゃあ、うまい具合にこけないように走ってみる!」
と、由衣が駆け降りる。こけることに恐怖を感じていないのか、こいつは。
そして気が付けば、由衣が視界から消えていた。
これはやばい、山で迷子になったらどうするんだ。
由衣は携帯を持っていない。つまり、合流するには、山のふもとで会うしかない。
「はあ、心配かけやがって」
とりあえず俺は、由衣が待っている可能性も考え、少しだけ早いスピードで山を下っていく。
くそ、地面が不安定だ。下りの時は別の意味でしんどいな。
「由衣、無事でいろ」
「あ、お兄ちゃん!」
由衣を見た瞬間、安堵した。良かった、由衣も俺を待たずに行くような馬鹿じゃなかったんだな。
「お兄ちゃん……まさか私がお兄ちゃん置いて先に行くと思ってるの?」
「実際置いて行っただろ」
「まあ、そうだけど。でも今無事に会えたからそれでいいじゃん」
「まあな」
「それに私お兄ちゃんなしで山くだるの楽しくなかったし」
「ならなんでおいて行ったんだ?」
「だって、いつの間にかお兄ちゃん着いてきてなかったし」
「当たり前だろ。あんなスピードで下れるか!!」
そして二人で仲良く下っていく。
その頃、
「楽しくない」
莉奈がつぶやいていた。彼女はこの二週間毎日優斗と一緒に過ごしてきたのだ。そんな中、一日でも優斗と一緒に入れない、そのショックはかなり出かかった。
妹と遊ぶからと言うメールをもらった時は仕方ないと思っていたが、一人で部屋でゴロゴロしていくうちに、彼に会いたいという気持ちがどんどんと増えていった。
「電話してもいいかな……」
そう静かに天井に向かって呟く。まだ時間は二時、妹さんと遊んでいる時に電話を掛けたら悪いかもしれない。しかし、優斗の声が聴きたい、その思いがどんどんと増えていく。
もしかして、今押しかけたら二人の輪の中に入れるかな?
今となっては妹と言う立場で一緒に毎日入れる彼女のことがずるいと思ってしまう。家まで遠いのだから、わざわざ顔を見るだけで行くわけにもいかない。
「よーし!」
考えてもきりがない。そう思い、メールを送ることにした。
(優斗くん。今から会えませんか?)
と、そう思ってメールを送った。
返信が来てほしいという思いで、ぎゅっと、枕を抱きしめた。




