第三話 初訪問2
「優斗さんはオセロ、強いんですか?」
「いやうーん、わからんけどたぶん人並ぐらいかな、下手でもないけど、うまくもない感じだと思う」
そんなことを言っているが、俺はうちの中では一番弱い。いや、正確に言えばそれは嘘になる。父親はオセロをほとんどやらないからだ。よって最弱ではない。しかし、オセロをやっている人の中では最弱なのは変わらない事実なのだ。
「同じぐらいですね!」
「いやそれはやってみないとわからないんじゃないか」
「まあそれはそうですけど」
「まあとりあえず指していくか」
「はい!」
そういい俺たちはオセロを一手ずつさしていく。オセロの駒の色は俺が黒で莉奈が白だ。俺は莉奈の実力など一切知らないが、オセロをしようと自分から言ってきたほどである。おそらくある程度は強いのだろう。
俺は緊張しながら一手ずつ指していく。オセロというものは、いつ均衡が崩れるものかわからない。いつの間にか自分の置けるところがなくなっていたなんてことになるかわからないのだ。慎重に、慎重にだ。
「なんか私の駒の斜めばっかり駒おいてませんか?」
「まあな、こうするほうがいいってオセロ漫画で見たからな」
「どんな漫画なんですか?」
「んーシンプルにオセロ強い子がオセロの大会に挑むみたいな感じだな、最初ぐらいしか読んではないけど、確か名前はオセロ大戦だったはず」
正確に言えば二巻ぐらい小学生の時に学校にあったから読んだだけである。しかし、漫画にしてはオセロのやり方を詳しく教えてくれたなと思う。本当に漫画にしては賢い参考書だ。
「へー今度その漫画を貸してください」
「いや小学校にあっただけだから持ってるわけではないよ」
「そうですか。ところで、私の置くところ少なくなってきてません? ここにおいても取り返されるだけだし。これ、私不利になってません」
駒の数では白の駒ほうが多いが白の駒の置ける場所は六つぐらいしかない。
「そりゃあ、そうなるようにおいているし」
当たり前である、俺はそうなるほうにさしているのだからな。オセロの必勝法とはいかに自分がうまい手を指すかではなく、いかに相手にダメな手を指させるかが大事だと思っている。
相手にダメな手を指させるにはどうすればいいのかと考えると相手にダメな手しかさせない状況にすればいい。俺はこれを由衣や母さんにオセロが嫌いになりかけるほど、やられたからよく身に染みているのだ。
「大人げないですよ」
「大人げないだと」
「ええ、全然強いじゃないですか」
「弱いとは言ってないし、それにうち家族のほうが強いぞ」
「え? さらに強い人が?」
「ああ」
うちの家族のほうが大人げないのだ。このぐらいで文句を言われるほうが困る。
「あ、角が取れる!」
「悪いけど計算のうちだ」
「え?」
「今の場面になったらもう角とってもでかいメリットはないからな」
俺は莉奈の喜ぶ顔を見てにやりとする。今の状況で角をとっても黒を三つしかひっくり返せないし、終盤の今、メリットが薄れてしまっている状態だ。だから角を捨てたのだ。今の価値のなくなった角を無理に守るよりは角を捨ててでもさらにいい手を打つほうがいいはずなのだ。
「いやそれはわかりませんよ」
「それはどうかな」
「え?」
気が付けば盤面は黒でいっぱいになった。俺が置いた一手がとどめの手となり、一手で白が十二枚もひっくり返ったのだ。
「負けました」
まださせる手はあったのだが莉奈は降参した、おそらくもう勝つことはできないと思ったからだろう。実際もう効果的な手は白の側に無いしな。
「強すぎますよ。優斗さんは」
「まあな、うちで三番目の実力だし」
「そういわれるとすごくはなく見えますけど」
「まあでもうちの家族が異常なだけで俺も強いのかもな」
莉奈が思っていた以上に弱かったというのはあるけど、俺も思ったより強いのかもしれない。
まあ俺もあの化け物みたいにオセロの強いやつらにもまれているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。ちなみに言うとだが、寛人はオセロをほとんどやらないので実力はわからない。前にやろうと言われたが拒否された。
「うん、私もそこそこ強いと思っていたのに、ぼろ負けは自信なくなっちゃいますよ」
「まあでも楽しかったよ」
「私は一方的にやられただけなんですが」
「それはすまん」
「まあいいですよ」
そういい莉奈は笑う。その顔を見て俺もまた笑う。
「もう一戦するか?」
「いえ、やりたくないです。一方的にやられてしまうだけなんで」
「そうか?」
「優斗さんが強すぎるんですよ」
流石にやりすぎたのだろうか。せめて手加減してやるべきだったのかと少し反省をしかけてしまうが、手加減をするのは勝負事では良くない気がするし、これでよかったのかと思った。そもそもの話、俺は莉奈の実力を知らなかったわけだから手加減のしようもないしな。
「ところで次なにしますか?」
俺は提案する。ある程度実力差があっても楽しめて、二人でできて、なおかつ盛り上がるものを見つけるのは少し難しいだろう。とりあえずは莉奈が得意なやつを見つけ出したいところだ。
「どうしましょうか」
莉奈が質問に質問で返す。
「まあ私が楽しめるやつだったらなんでもいいですよ」
「俺の楽しみはどうでもいいのか?」
「もちろん優斗さんの楽しみもですよ」
「それは良かった。でだ、何がしたい?」
話を最初に戻す。
「どうしましょうか、私ここに何があるのかわからないので優斗さんが決めてくださいよ」
「俺だって莉奈が何が出来るのか分からないし」
莉奈が得意なものが分からなかったらさっきの二の舞になる可能性があるのだ。まあもちろん逆に俺がぼろ負けする可能性もあるのだが。
「簡単なやつだったら大体出来ますよ」
「俺にボロ負けしてたのに?」
俺は少し馬鹿にした口調でそう言う。
「それは優斗さんが強かっただけじゃないですか」
「俺はそこまで強いわけじゃあないぞ」
「じゃあわたしはどうなるんですか?」
「俺よりはるかに弱い?」
「はるかには余計じゃないですか?」
「でも莉奈ぼろ負けしていたしな」
「もう言わないでください」
「わりい、でどうする?」
俺は話を再び元に戻す。
「とりあえず私としては優斗さんが選んでくれたらいいんですけど」
「じゃあオセロしようか」
「それ以外で」
「なんでもじゃないじゃねえか」
俺はまた小馬鹿にしたような言い方をする。
「うるさいです」
「まあとりあえずポーカーでもしようか、ルール知っているか?」
「えー、ポーカーですか?」
「いやなのか?」
「嫌じゃないですけど、まさかの発言だったので」
「なんでだ?」
「ボードゲームをするみたいな空気だったし、ポーカーってなんか地味なイメージがあるじゃないですか」
「そうか?」
地味ではないと思うが。
「運ゲーじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど、運ゲーは嫌か?」
「ええ」
「じゃあ別のやつに変えるか」
「いえ、ポーカーをしましょう。せっかく優斗さんが勧めてれましたし」
「別に俺は勧めたわけじゃないんだがな」
「でも優斗さんの選択がだめになることはないですし」
「だめになるわけがないって、莉奈はどれだけ俺のことを買いかぶっているんだ」
「神みたいな感じだと思ってますから」
「お前の場合それが冗談かどうかわからないから怖いんだけど」
「さあどっちでしょうか」
「クイズにするな、というかやるぞ」
「はい!」
本当に莉奈は困った人である。まさか莉奈の俺への信仰をネタにしてくるとは。
ポーカーはこの世に知らない人がいないと思うぐらいシンプルなゲームである。最初にカードを五枚引いて、そのカードのそろい方によって勝ち負けが決まるが、一度だけ好きなカードを子何枚でも交換できる。
要するに運要素が強いゲームだ。俺がこのゲームを選んだのにも理由がある。そう、実力に差が出にくいゲームであるという理由が。
「やったスリーカード!」
「さっきから莉奈運良すぎないか?」
実力差がないと思ったばっかりなのに、莉奈が五連勝している。ここまで運の違いがあるとは思わなかった。俺は別に運がないわけではない。実際この前スマホゲームのフェスで、0,五パーセントの確率で出る環境トップキャラを十連で二枚抜きしたほどである。しかし、それ以上に莉奈の運が良すぎるのだ。
「優斗さんが運がないだけじゃないですか?」
莉奈は白々しくそう言う、なんか腹が立ってきた。
「いや、五回中三回のスリーカードはおかしすぎるだろ」
「そうですかね」
「うん、帰りにトラックに跳ねられないようにな」
俺はありがちな冗談を言う。
「なんでですか?」
「運の跳ね返りだよ」
「大丈夫ですよ、こんな運いいことはよくありますし」
「そうなのか?」
「うん」
いやそれはおかしいと突っ込みたくなる。
「じゃあ今度俺のゲームのガチャを引いてもらおうかな」
「今でも良いですよ」
「いや、今は石が無い」
この前のガチャでジュエルを使いすぎてしまったからな。
「そうですか」
「まあとりあえず次のカード引きますか」
「ああ、そうだな」
そして俺たちはカードを引く。
「じゃあせーの、スリーカード」
俺は勝ちを確信した、流石にまたスリーカード以上が出ることはないだろうと。
「はい、ファイナルフラッシュ」
「は?」
流石にそろそろ不正を疑いたくなる、もはや運がいいというレベルでは無い。もしこれが寛人だったら一発こぶしをぶちかましていただろう。そろそろ勝たせてくれてもいいと思う。しかし、莉奈が不正をするわけないのだ、つまり恨む相手がいない。
「優斗さん、どんまいです」
「ドンマイってなんだよ、慰めんなよ」
「いや、本当に私の運が良すぎてごめんなさい」
「本当だよ、オセロの仕返しかよ」
「私はそんなつもりないんですけどね」
「お前、運に関する特殊能力持ってんじゃねえか?」
この世界は実は漫画の世界で、今から謎の種族の襲来が来て、莉奈が特殊能力で倒すみたいなことが起こるかもしれない。
「そんな力持ってませんよ、私一般的な女子高生ですよ」
「もしかしたら隠された力を持っていて、世界を救う英雄になるかもしれないぞ」
「おちょくるのはやめて下さい」
「悪かった、悪かったって」
俺は本当だと思うんだがな。
「まったくもう、次行きますよ」
「いや、ちょっと待ってくれ、そろそろ帰らなくていいのか?」
「え?」
「もう五時半だし、夜ご飯とか大丈夫なのか?」
今の時間は五時半だ。平均的な夜ご飯の時間が六時だと考えると、もうそろそろ帰ったほうがいいだろう。
「確かに! 夢中になってて気がつかなかった、じゃあまた明日ね」
そういい莉奈は家のドアを開けようとする。
「おい、急すぎるだろ、玄関まで送らせてくれよ」
「ありがとう」
「いや見送るのは同然だろ」
家に来てくれた人を玄関まで送るのは当たり前のことだ。ありがとうなんていわなくてもいいのに。
「それにしてもありがとう、今日告白する前ちょっとだけ怖かったの、もし告白を拒否されたらどうしようとか考えちゃって」
「いやそんなことするわけないだろ、俺は莉奈がどんな気持ちで告白してきたかわかっているつもりだ、俺はその気持ちを受け取っただけだよ」
実際莉奈が緊張していたのも、怖かったというのも、どういう気持ちで告白したかというのもすべてわかっている。だからこそ告白を受け入れたのだ。それだけだ。
「それは知っていますけども」
「俺は告白したことはないし、告白されるのも今回で初めてた。でも告白するのに勇気がいることはわかっているつもりだ。それに今結構莉奈のこと好きだしな」
そう、恋愛としてではないかもしれないが、少なくとも友達としては結構好きであるのだ。
「ありがとうございます、お世辞でもうれしいです」
「一時間以上も一緒に遊んだんだぞ、お世辞なわけあるか」
「ありがとう、本当にありがとう」
莉奈は半分泣きそうな顔をしながらそう言った。
「俺は彼氏とか彼女とかよくわからないから、よくわからないことを言ってしまうかもしれないけど。今日一時間遊んで、今までほぼ話たことはなかったけど、楽しかった。こんな恋愛未経験者な俺だけど、これからも好きでいてくれていたらうれしい」
「うん、絶対好きでいるよ、ありがとう優斗さん」
「ありがとうなんてもう言う必要はないだろ、だってもう付き合ってるんだから。もう俺が告白OKしたから俺が上とかいう話じゃないと思うし、莉奈とは同等の立場でいたいし」
俺はあくまでも告白されただけなのだ、別にありがとうと言われる所以はないのだ。
「ありがとう優斗さん」
「それに呼び捨てでいいよ、俺が勝手に一方的に呼び捨てにしてるし、まあ君付けのほうがいいならそれでいいけど」
「うん、優斗」
彼女はそう恥ずかしそうに言う。
「ごめんやっぱなれないし、まだ優斗さんでいい?」
そういい莉奈は照れぐさそうに笑う。
「てかもう帰らないとママに怒られちゃう」
「あー、確かに話し込んでしまってたな」
そういって莉奈がドアを開けてその後を優斗がついていった。
「え? 莉奈ちゃんもう帰っちゃうの? 私も話したかったのに」
由依が話しかけてきた。
「由衣、松崎さんには松崎さんなりの事情があるの、そんなこと言っても仕方ないわよ」
「それはわかっているけどさー」
由衣は少し不満そうな顔をする。
「ごめんね由衣ちゃん私、家で夜ご飯食べるから」
「じゃあここで食べていったらいいじゃん」
「え?」
「由衣、うちにはそんな予定ないし、ご飯四人分しか用意してないし、急に言ったから松崎さんに悪いでしょ」
「そっか、じゃあ明日も来て」
「うん、妹さんもこう言ってるし明日も来ていい?」
「まあかまわないよ」
「ありがとう、じゃあそろそろ」
「おう、じゃあな」
「また」
そう言い、莉奈は扉を閉める。
「ふー」
そういいながら俺はソファーに寝転がる。
「どうしたのお兄ちゃん」
「いやまあ、今日はいろいろあったからな、疲れたわ」
そう俺はごろごろしながら言う。まさか学校に行く前にはこんな濃密な一日になるとは思ってもいなかった。
今まで女友達などいなかったのだ、それが今は何だ! まさかの彼女ができ、さらに家にまで来ているのだ。一日前の俺にこのことを言ったら笑われるだろう。それぐらいの出来事が起こったのである。
「今日は楽しくなかったの?」
由衣は聞く。
「いや楽しかった、莉奈とも最初は気が合うか怖かったけど、まあ今のところ気が合うわ」
「恋愛としては?」
「それはまだわかんねえよ、今日付き合ったばっかだしな、でもいつかはな」
「そっか、ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「遠くに行ったりとかしないでね」
「気が早すぎるだろ! まだそういう段階じゃねえよ」
「いや、物理的にじゃなくて、なんて言ったらいいかわかんないけど、なんかこう精神的にっていうのもおかしいけど、なんか遠くにいっっちゃう気がして」
俺は何も考えてはいなかったが、由衣にとっては怖いようだ。よく考えたらそうである、なにせ自分の兄弟を他人に取られてしまうかもしれないのだ。しかし、由衣をほったらかしにするなどというのはしないだろう。
兄弟というものは親よりも、妻よりも、子供よりも一番長い付き合いになるものなのだから。
「いやいや、そんなことはないよ、彼女ができたからって心配するな」
「でも」
「いつまでだってお前の兄ちゃんだ、そこは死ぬまで変わらないからな」
そういい俺は由衣を抱きしめる。
「うん!」




