第三十五話 ハンバーガー屋2
「美味しいですね。優斗くん」
「あ、ああ」
さっきあの話題を振ってしまった俺が悪かったのかなと思うぐらい、俺たち四人の空気が重くなってしまっている。そりゃあそうだ、さっき喧嘩が起きたのだから。俺が止めに入って、俊が土下座をしなかったら本当に殴り合いになっててもおかしくはなかった。
殴り合いと言うよりは莉奈の一方的な暴行になる可能性があるけど。
俺としては、俊のことを許せるのかと言ったらまだわからない。実際、自分のエゴの為に俺を捨てたと言っていたからだ。
それからというもの人と関わるのが怖くなってしまっていたというのもあるが、今許せなくなるのは違う。俊と別れてから二年近くの月日が経っている。そんな状況で許さないというのは器が狭いと言うものだ。
もしかしたら陰で悪口を言ってしまうかもしれない、ただそれでいいんじゃないかと思う。
しかし、誰も喋らなくなってしまった。この状況どうしたらいいのか。明菜にはそんな頭は無さそうだ。一人美味しそうにポテトをむしゃむしゃ食べてる。俺がなんとかするしかない。
「ちょっと莉奈いいか?」
「ええ、なんですか?」
「そちらの二人もいいか」
「なーに?」
明菜が返事をする。
「この空気変えようぜ、こんな変な空気で食べても美味しくねえよ」
「私は美味しいよ」
明菜が何も考えずに答える。空気読めねえのか?
「俺は美味しくない、楽しい会話しようぜ」
俺は本来こういうような、グループの中で自分から話題を作ろうとする立ち回りをする人間じゃない。ただこの空気感は見過ごせないのだ。
「あ、ああ」
俊が返事をする。
「俺が話題を振るよ」
「頼みます」
「とは言え俺も話題を振るタイプじゃないからなあ」
「そうなんですか?」
「まあな」
「じゃあ私が振る」
ポテトを一つ手で口に突っ込んだ明菜が言った。
「すばり、出会いのきっかけはなんだったんですか?」
「明菜悪い、カッコつけながら言っているようで申し訳ないけどその話はさっきしたんだよ」
俊は呆れながらそう言った。
「そうなの!?」
「悪いな、別の話にしてくれ」
「うーん、じゃあ。そうだ! 私たちのいちゃいちゃエピソードにしようよ」
「えー、恥ずかしいわ」
こいつら俺たちに似てるな。なんでだろう、二年前はそんなこと思ってなかったんだけどな。
「そう言えば、二人はどんな出逢い方をしてたっけ」
俺は聞く。そう言えばなんでこの二人付き合ったのか覚えてないのだ。
「私たち?」
「ああ」
「それはね、たしか俊の一目惚れだったよね」
ほう、俺たちの逆か。
「そうだな、別クラスだった明菜に、廊下ですれ違う際に、好きになったんだ、てかこの話優斗にした気がしたんだが」
「そうだったか?」
そんな話をされた記憶が全くない。当時の俺には興味がなかったんだろうな。
「まあそれはいいわ、それで俺がわざわざ明菜のクラスに行って、好きです、付き合ってください、って言ったんだ」
「もうあれは恥ずかしかったよ。急にクラスに来て、みんなの前で告白したんだから。呼び出してくれればよかったのにね」
「なら私は偉いってことですか?」
「ああ、莉奈は偉いぞ」
俺は莉奈の頭を撫でる。
「で言うことは呼び出したってこと」
明菜が聞く。
「はい、手紙で」
「なるほどねえ、メールでよくない?」
「これだから現代っ子は」
莉奈はため息をつく。
「私、優斗くんのメールアドレスを知らなかったんですよ。」
「あーなるほどね、グループチャットは?」
「私、入れてもらってないんですよ」
「莉奈、入れてもらってないの?」
「はい」
衝撃の事実だったが、たしかに今考えてみたら二人ほど入ってない人がいた気がする。そのうちの一人が莉奈だったのか。
「なら今入れよっか?」
「大丈夫です、もう理央さんに入れてもらってますので」
「ああ、そうなのか」
「理央って?」
俊が聞く。
「ああ、莉奈の友達だ」
「ふーん」
「あ、そうだ。私莉奈ちゃんと連絡先交換したい!」
急に明菜がそう言う。
「もちろんいいですよ」
ちなみに俺は二人とも連絡先交換はしている。ただ、明菜の唯一のメッセージは俊に近づかないでと言うものだった。
だが、今更そのことを指摘して、莉奈を怒らせてもいけないし、明菜も今日の喋り方だとおそらくそのことを忘れているみたいなので構わないが。
「あ、優斗くんとも交換してるんですか?」
「ええ」
「どんなメッセージをやりとりしてるんですか?」
「白紙だよ。何もやり取りしてないし」
明菜は「ほら」と言い、見せようとするが、「やっぱりいい」と言って見せるのをやめた。自分が送ったあのメッセージを忘れていたのだろう。
「えー見せてくださいよ。白紙でもいいですから」
やめてくれ。また面倒なことにならないでくれ。そんなことを考えながら明菜の顔を見ると、めっちゃ困ってそうな顔をしていた。まあそりゃあそうなるよな。
「ごめん無理」
「えー」
「莉奈、しつこいと嫌われるぞ」
仕方ないから俺は明菜のフォローに入る。別に俺には味方になる義理はないのだが、それで莉奈の怒りが再発したら、またハンバーガーが美味しく無くなる可能性がある。
「分かりましたよ」
よし! これで危機は免れたな。明菜もホッとした顔をしている。
「というかもう三時半なんですね」
「まあそれはお前が五時間本当に歌ったからだろ」
最後の方はほぼ莉奈が歌っていたのだ。
「え、私のせいですか?」
「ああ、お前のせい。いやまあ、誰が悪いとかいう話じゃないと思うが」
「何歌ったの?」
明菜が乗っかってきた。
「えっと、クリスマスのプレゼントとかですかね」
「え、あの古い曲を!?」
あ、古い曲なんだ。
「なんかチョイスが渋いね」
「そりゃあそうですよ、私を知っていたらそういう発言は出てこないと思うんですけど」
「えっと、私たち今日が初対面だよね」
明菜を困らせてしまった。莉奈の初対面での距離の近さは本当に困ったものだ。
「はいそうですけど」
「なんか近いよね、距離が」
「え? もっと距離が遠い方が良かったんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「私、初対面から距離近いってよく言われるんですよ」
やっぱり言われてたのか。
「だから、私ってボッチだったんですよね」
距離近いからぼっちだったのか。悪いけど納得できてしまう。
「そうだったんだ」
「私最近抑えられてたと思ってたのに、やっぱり駄目ですね」
莉奈は少し申し訳ない顔をする。おそらく落ち込んでいるのだろう。
「でもそれも魅力じゃない? 私も友達と話している時に、馬鹿だなってすぐ笑われるし」
「はい、でもそれがボッチの原因だったら、やめないとなって思ってて」
莉奈はハンバーガーを撫でながら言う。
「今日初めて会ったからわからないけど。莉奈って、それをやめたら莉奈でいられる?」
「それってどういうことですか?」
「まあ要はね、本当の自分を抑えてて話してるってそれは本当の自分じゃなくない?」
なるほど、いい考えだな。
「まあ確かに」
「私も昔はさあ、嫌われないように普通の会話しかしてなかったの、そしたらね逆に面白くないって離れていっちゃって、だからもう自分の素のまま馬鹿やったの。そしたら友達も自動的に増えてね、楽しくなったの」
「うん」
「だから自分を偽らないほうがいいと思うよ」
明菜はそう言ってポテトをまた一つ食べる。
「わかりました」
「というわけで私、優斗くんにも自分を偽らないようにしますね」
俺の方を向いて言ってきた。
「お前は全然偽ってねえだろうが」
「えーこれでも八割ぐらいですよ」
「え、もっとやばくなるの」
「はい、そうですけど」
「マジで勘弁してくれ」
これ以上やばくなったらもう暴走どころじゃあ無くなりそうだ。莉奈の本気が来ないことを祈る。




