第二八話 野球
珍しく莉奈が出てこない話です。
「父さん母さんただいま」
靴を脱ぎながら言った。
「おうおかえり」
「今日帰ってくるの早かったんだな」
父さんはいつも七時過ぎに帰ってくる。それに比べたらだいぶ早い。
「まあな、というかお前も見ろ」
画面には野球の試合がが表示されていた。父さんは野球を見ろと言ってるのだろう。
「興味無いから別にいい」
俺は父さんの誘いを毎度のことく冷たくおしのける。全く興味のわかないものを見る気がしない。
「そうは言っても面白いぞ」
「諦めろよ、この家で野球見てるの父さんだけだぞ」
実際家族のほかの人は俺を含めて誰も野球に興味がない。父さんだけだ、野球を観ているのは。
「そんなこと言うなよ、なあ母さん」
「ごめんなさいね、私は興味無いから」
父さんは母さんに助けを求めるも、母さんにも冷たくおしのけられる。良い気味だ。
「そんなあ」
「由依、お前も野球興味無いよな」
由衣に聞く。由衣が野球のことのあんまり興味がないことは知ってはいるが、父さんを孤独にさせる目的もはらんでいるのだ。
「あ、優斗野球興味無い陣営の強化を図ろうとしてるな」
「当たり前だろ、野球見る気はないと言うことを父さんに知らしめなきゃ」
「私は全く興味無いわけじゃ無いけどなー」
由依がまさかの裏切り? これは目論見が外れたのか。
「おい、お前は興味無いって言ってたらいいんだよ」
由衣に意図を言う。対父さん同盟を組もうじゃないか。
「えー、でも人の趣味を否定するのっていけないでしょ」
くそ、由依め! 意外に大人みたいなことを言いやがる。いつも子どものくせに。
「由依も野球の良さに気づいてくれたか、て真部ヒット打ってるじゃん」
父さんは相変わらず野球の世界に入ってる。
「もーすぐそっちの世界に行くー」
「由依はこっちの味方じゃなかったのか」
「でもお父さんってすぐそっちの世界行くじゃん、それは嫌い」
良かったこれに関しては由衣もこっちの味方らしい。
「言われてるぞ、父さん」
と、さらにたたみかける。
「ぐ、言い返しようが無い」
「ほらな、野球なんて必要ないんだよ」
結論を出す。これで父さんに勝てればいいんだが。
「なんで勧誘しようと思ったら、いつの間に否定されているんだよ」
「これが世の野球評価だ、父さんが野球を見てるとテレビが見れないんだよ」
「そんなのスマホで見たらいいじゃん」
「見づらいんだよ、せめてアイパッド買ってくれ」
どさくさに紛れてねだる。これでアイパッドとか買ってくれたら嬉しいんだが。
「……アイパッドは高いだろ」
「じゃあテレビ見せてくれ」
「だめ」
「くそー」
俺は勝てなかったのか。
「私もお兄ちゃんの考えに賛成なんだけどなー。テレビ見せてほしい」
「なんでこんな立場が悪くなっているんだ」
父さんが文句を言う。
「野球のせい」
「おう、岸部ナイス最低限」
テレビ画面を見ると岸部という選手が犠牲フライを打っていた。会話中だというのにまたそっちの世界に行ってるのか。
「最低限じゃねえよ、こっちの話も聞け」
「父さんには野球があるからいいんだよ」
「それは育児放棄発言か?」
「優斗、それは違うだろ」
「違うくはねえだろ、俺たち子どもよりも野球の方が大事なんだろ」
「まあな」
「肯定すんな」
まさか肯定するとは。父親失格だろ、こいつ。
「お兄ちゃん、こんな父親捨てよう?」
由依が提案する。
「いいな、その意見に賛成だ」
「ひどく無いか? 俺は今日もお前らのために働いてきたんだが」
「でも、野球以外見せてくれないよね」
「あのなあ、野球は六時から九時までの三時間しか見れないんだよ、それに対して他のテレビはいつでも見れるだろ」
「ラクメモントは七時からしか見れないよ」
ラクメモントとは幼児向けアニメだ。
「それは録画予約で見れるだろ」
父さんはふてぶてしくもそう言う。
「それを言ったら野球もだろ」
「野球はリアルタイムじゃ無いと見れないだろ。ネットでネタバレくらうんだから」
「じゃあスマホで見たらいいじゃん」
「スマホだと、ヒット打ったかどうかしか出てこないんだ。お前たちには分からんだろうが、野球はテレビで見るからいいんだ」
どうやら父さんは引き下がらないみたいだ。
「由依、どうする?」
「そうだお兄ちゃん、お母さんをこっち陣営に取り込んだら?」
「たしかにな」
標的は料理を作っている母さんに決まった。母さんは今、中立の立場だが、もし母さんを引き込めれば心強い味方になる。
「……お母さん」
由依が母さんを呼ぶ。
「なに?」
「お父さんの野球の話だけど、お母さんも文句ない?」
「なんで?」
「だってずっとテレビを占領してるから」
「由衣、諦めなさい」
母さんが発した言葉は想像を裏切るものだった。
「なんでよお」
由衣が母さんに聞く。
「父さんは私たちのために必死に毎日働いてくれているのよ。だったら野球ぐらい見せてあげるべきよ」
「私のアニメはいいの?」
「仕方ありません、野球がないときに見なさい」
「ははは、さすが母さんはわかってるな」
父さんのむかつく笑い声がこだまする。
「カキーン! ボールの飛距離が落ちない! 菱枝、ツーアウト一塁からツーランです。逆転ツーランです」
「なにい」
どうやら、逆転されたようだ。ふふ、いいざまだ。
「関山、ノーノーしていたのに」
ノーノーとはヒットを打たれていないということだ。それを聞いて、なおさらいい気分になる。
「おい、優斗何を笑ってるんだ」
笑いが漏れてたらしい。しまったな。
「そりゃあ気味がいいでしょ、父さんの応援してるチームが打たれたんだから」
「優斗……お前には人の心がないのか」
「無いね」
「きーさーまー」
「由衣、一緒にあおってやろうぜ」
「うん、いいよー」
「せーの、ざまあ」
「やめろ、その言葉は俺に効く」
そして次のイニング……
「西條ライトの頭を抜けて、おーとこれはスリーベースです」
「いいぞ、ノーアウト三塁は大きい! さすが四番」
「はあ、お兄ちゃんどうする? もう元気になったよ」
「さあて、頭でも殴ってやろうか」
ムカつくしな。
「やめろ、このDV息子」
「みんな野球楽しんでるところ悪いけどご飯できたから運んで」
「楽しんでねえよ」
ちなみに試合はツーアウトからさよならツーラン打たれて負けたらしいです。




