第十七話 三日目
「さて食べ終わりましたか優斗くん」
「ああ」
「行きましょうか」
「おう」
俺たちは家を出た。今の時刻は八時十二分、軽く遅刻のリスクがある時間である。
俺たちは一歩ずつ歩みを進めていく。するとすぐに莉奈が照れながら手を差し出してくる。
「莉奈、どうかしたか?」
「優斗くんの鈍感」
「は?」
「手を差し出したら、手をつなぎたい以外ないでしょ」
「そうは言われてもな、言ってくれなかったらわからないぞ」
莉奈お前、そういうタイプじゃなかった気がするんだけど。なんかのキャラに影響を受けてないか? ラブコメキャラの特権だぞ、それは。
「そんなこと言われましても困りますよ。まあ、私は手をつなげるのがうれしいので許しますけど」
莉奈はそう言って俺の手を強く握りしめた。
「莉奈少し痛い」
「あ、ごめんなさい」
「ところで優斗くん、学校の授業中に一緒に話せないの悲しいです」
家から約百メートルぐらい歩いたところらへんで莉奈が再び口を開いた。
「まあ、隣の席じゃないしな。というか、なんか莉奈変なこと言ってないか?」
「なんでですか?」
「授業中に喋るのだめだからな」
「そんなこと言っても優斗くん一昨日大貫さんと話してて怒られてたじゃないですか」
「あれは半分お前のせいだろ、浮かれてて宿題忘れてたんだよ」
俺は莉奈に少しだけ大きな声でいう。実際莉奈が手紙を俺の机の中に入れてなかったら、宿題をやり忘れるなんてことはなかったのだ。
「私の告白予告状のせいですか?」
「ああ」
「責任転嫁ですか?」
「まあそうだな」
責任転嫁かと言われたら責任転嫁にはなる。莉奈はそんな狙いで手紙を出したわけではないのだ。
「ところでメールで寛人のやつ愚痴を言ってたぞ、一人で登校しなきゃならないって」
「上原さんは?」
莉奈は彰人の名を出す。
「あいつは別方向だな、というか今更だけど莉奈って今日は俺の家からだけど昨日は時間大丈夫だったのか?」
「何かですか?」
「もともと電車だろ?」
「ええ、でも別に駅から優斗くんの家まで十分しかかかりませんし」
「でも余計に二五分かかるだろ」
ただでさえ莉奈は俺よりも二十五分間登校に長く時間がかかるのに、さらに二五分かかるとなったら、睡眠時間をきちんと確保できるのかという疑問が生じる。
「駅から学校まで五分なので正確には二十分です。それに二十分前に家を出たらいいだけなんですから」
「そういう問題か?」
二十分は流石に、たったの、とかいう形容詞を使えるぐらいの時間じゃねえぞ。
「そういう問題です。ぼっちだった私にとって他の人、特に優斗くんとの登校は十分の早起きよりも断然価値がありますから」
「そうか」
二十分の価値か、そんなに価値があるのか。他人と一緒に登校するのなんて当たり前になってたから考えたことなかった。
たしかに莉奈はぼっちだ、実際何回も一人で登校しているのを見たことがある。その莉奈にとってはこの時間が何よりも楽しいんだろうな。
「ところで今日金曜日ですよね」
「ああ、そうだな」
「明日は休みですよね」
「ああそうだな」
「一緒にお出かけしません?」
「もちろんいいぞ」
えらく回りくどい言い方だな。
「どこかいいところありませんか?」
莉奈は歩くのを止めて俺のほうに顔を向けてどこに行きたいかを聞いた。
「俺頼み?」
「私は優斗くんが行きたいところに行きたいです」
「いや、それ行き先を決めるという責任を俺に渡してないか?」
提案しといて無責任だと思うのは俺だけだろうか。
「いいえ、違います。優斗くんがどこに興味があるのかを知りたいだけです」
「俺は莉奈が行きたいところに行ってみたいな」
俺は再び責任を莉奈に渡す。俺はそういうの決めるの苦手なんだよ。それにさっきの話だと莉奈が決めるべきだという気がする。
「ぐぬぬ、仕方ないですね。話し合いましょうか」
「いや、そんなん言ってももう学校の前だぞ」
俺がそう言うと莉奈が周りを軽く見渡した。もうここは学校前の横断歩道の近くだ。どうやら莉奈は話に夢中で気づいてなかったらしい。
「だったら休み時間に決めましょうか」
「ああ、そうだな」
「おはよう寛人って彰人はまた休みか?」
「ああ」
「またか?」
彰人は出席日数はぎりぎりでいいという思考の持ち主であり、ほぼ三分の一の日を休むという、高校を卒業することしか頭にない人間である。
俺にはどうしてもそれが理解できない。せっかく学費も親に出してもらってるのに、学校を休むという考えが。たしかに毎日行けというのは違う。
しかし、こんなに学校を休んでいて、授業とかについていけるのかはいつも心配になってしまう。
「ああ、さぼりかもな、というか松崎さんもおはよう」
「おはようございます」
莉奈は礼儀だたしくお辞儀をする。
「あ、寛人さん私優斗くんと話したいことがあるので、待ってもらっていっていいですか?」
「いいけど、もう三十四分だぞ」
俺がそう言うと莉奈はちらっと時計を見る。そしてその時間を見て、しまったと言いたげな顔をする。
「じゃあ次の休み時間に話し合いましょうか」
「ああ、後でな」
休み時間。
「それで優斗くん明日のことなんですけど」
一時間目が終わり、先生が退室する前にもう莉奈はこっちに走ってきた。
「ああ、どこに行く?」
「私思ったんですけどこういう場合の定番ってカラオケか映画じゃないですか?」
「何の定番だよ」
「いや、なんか友達と行く場所みたいな感じで」
「そうなのかな?」
俺は友達と放課後や土日に遊んだことなんてあんまりないから、友達と遊びに行くとは言ってもどこに遊びに行けばいいか分からない。別に俺の友達は一緒にどこかに遊びに行くなんてことはしない。せいぜい俺の家に来るぐらいだ。
「わかりませんよ、友達いなかったですし」
「そうか」
「優斗くんはどっちか行くならどっちがいいですか?」
「俺的にはカラオケかな」
映画は途中で退席できないのがつらいからな。もし仮に面白くない映画に会ってしまったら、途中で休憩とか気分転換とかができないのがつらい。
「じゃあカラオケ行きますか!」
「莉奈はそれでいいのか?」
莉奈が提案したとはいえ、俺の判断に完全に委ねられたのだ。莉奈の最終確認が欲しい。
「もちろんです!」
「でもまあ、俺の歌なんて大したことないけどな」
実際俺は自分の声にあまり自信がない。カラオケでもせいぜい八十五点行くかどうかだ。カラオケで九十点以上出る人が普通に羨ましい。
「私の歌も大したことないですよ、それに優斗くんの歌を聴きたいですし」
たしかに、俺の歌だったら莉奈は百%納得するな。
「そうか。で、あとはどこに行くか」
「あとはって?」
「カラオケだけで済ますわけにはいかなくないか?」
二人だしカラオケだと二時間ぐらいだ。せっかく遊びに行くのならもう一つぐらいは行きたいところだ。
「まあせっかくの休日なんですしね。でもそれはその時に考えればいいんじゃないですか」
「まあそうだな、でも予約しなきゃいけないところだとその時もう手遅れになっている可能性があるから」
「でもそんなところってカラオケと映画館以外にありますか?」
「ないかもな」
言われてみて考えたが確かにそういう店はそこまでない。
考えて見ても、脳内で出てきたのはレストランとか、ボウリングくらいだ。しかし、カラオケ行った後にボウリングは体力的にきつすぎるし、レストランはまず学生には金額の問題で手が出しにくい。よって両方とも却下だ。となったら他には俺が思いつく限りはない。
「ところで急なんですけどこんなの読みます?」
莉奈は本を取り出す、どうやらここに来る前にすでに持っていたらしい。
「急だな、それは小説か?」
「はい! 最初は完全なる暇つぶしだったんですけど読んでみたら意外と面白くて、今日はぜひ優斗くんにも読んでもらいたくて」
そういえば莉奈は文系女子だった。
「そうか、でも俺はさあ、そういうの読んだら一瞬で飽きると思うんだけど」
実際読書感想文の宿題が出た時に小説を読んだのだが、すぐに飽きたのだ。後半は今思い返してみると惰性で読んでいた気がする。
大体、本の良さが全く分からん。莉奈の好きなものにケチをつけるのは申し訳ないが、あんなの漫画でいいだろと思う。わざわざ絵を排除して文字ばっかりにして読みにくくする意味が分からん。
「まあ不向きな人には不向きですから」
「でも一応読んでみるわ」
たぶんいや、確実に無理だと思うけど。
「じゃあ読んでみてください」
「ああ」
書き出しは人生とは難儀な物であるという文字から始まっており、いかにも難しいことを言いそうな感じである。
その後はいかに主人公が苦悩に悩まされたこととかが書かれている。
はまらん、俺にはこの小説無理だ。これ絶対初心者向けじゃねえわ。何だよこれ、主人公が自分に起こったことの説明をただつらつらと書いてるだけじゃねえか、なんで莉奈にはこれが面白いんだよ。まったく魅力が分からねえ。
「すまん莉奈、俺にはこの小説はまらんわ」
「え、そうですか…」
「すまんな」
「この小説面白いのに、もう少し、もう少しだけ読んでみてください」
「えー、普通に寝そうなんだが」
実際すでに軽い眠気が来ている。
「寝ないで読んでください」
「わかった、少しずつだけ読んでみる」
「その意気です!」
俺はこのよくわからない小説を読まなければならないようだ。こうは言ったが、読み終えられる気が全くしない。




