第148話 ピンチ
そこからもしばらく試合が動くことなく五回まで来た。
先発はあの後一点だけ取られ、誤解四質点でマウンドを降りた。つまるところ、四点ビハインドだ。
野球は一旦五回が終わると、マウンド整備やら何やらで、いったん休憩が取られる。
五回のイニング間が長いのだ。
「中々点が取れませんね」
そう言って莉奈はため息をつく。
もう少し点が取れるものだと思っていたが現実は厳しいのだろう。
あと四イニングで四点取る。厳しい事だな、と優斗は思う。
前観に行った試合は結局何点取ったのだろうか、と思う。記憶の中では、たいして点は取れていなかったはずだ。
今日もしんどい試合展開になりそうだ。
「焼きそば美味い」
優斗はそう言って焼きそばをすする。中々美味しい。
「もし負けたらごめんなさい」
莉奈は頭を下げた。
(つまらない試合に招待したから、ってことだろうな)
実際今まで暇と言った言葉がふさわしい展開だ。
前回もそうだった。奇跡的に勝ったが。
「でも、莉奈は運がいいからきっと勝つよな」
「はい! 絶対に勝ちます」
莉奈が笑ってそう答えた。
有言実行と言ったところがいいだろうか。
早速一点返した。それも、三連打で。
マルスがタイムリースリーベースを放ったのだ。
「早くないか?」
優斗が言う。
早速一点返して尚も無死12塁だ。こうなればほぼ各自うtに天が入ってくれるだろう。
「必ず点を取ります。私の幸運パワーを送りますから」
莉奈はそう言って、念を送る。
むむむんと、言った感じで。
優斗には、なんとなく莉奈の力が信用できる、
今までも莉奈の幸運パワーはいくらも見てきた。
そして、実際今四番の西城が本塁打を放った。同点だ。
「どうなってるんだよ」
さっきまで、絶望の中にいたのに、もう同点だ。
絶望のトンネルから光が見えてきた、とかじゃなくトンネル自体の天井が二つに裂けたようだ。
「奇跡だな」
「はい、奇跡です」
莉奈は手を上に上げた。
「ハイタッチしましょう」
俺は莉奈の手を見て、頷く。
そして、二人でぱちんと音を鳴らした。
その後も攻撃は続いていく。そのままこのイニングに合計7点も奪った。七対四だ。ここまでくればほとんどの人が安心をし、一部の人は風呂に入っていくような状況だ。
「このままいけばいいけどな」
優斗は呟く。
なんだか胸騒ぎがするのだ。
このままあっさりとは終わってくれない、そんな予感が。
その次の表。ランダリーズが信頼している投手、松木がマウンドに上がった。
本気で勝ちに行く継投だ。
三連投になり酷使気味となるが、それでもいいと監督は判断したのだろう。今季64登板目だ。
第一球を投げる。だけど、そのボールは軽々しく飛ばされる。
ホームラン。二点差だ。
優斗は唾をのむ。
「優斗くん」
「ああ、やばいな」
優斗は野球の事は知らない。しかし、双眼鏡で覗いてみている感じでは、まるで棒球のように見えたのだ。
「優斗くんの言う通り、まずいです。あんなにあっさりとボールが弾き飛ばされるような投手じゃないはずなのですけど」
「信頼されている投手なのか?」
「はい。今期の防御率は1.79。勝ちパターン級の投手です」
先発なら二死点完投以上を毎回する投手という事だ。
つまり好投手のはずだ。
だけど、打ち込まれている。
そこが問題なのだ。
そんな話をしているうちに、ノーアウト12塁だ。
フォアボールとヒットでこんなピンチになってしまったのだ。
ベンチからの動きはない。そのまま投げさせるようだ。
優斗と莉奈の二人は真っ直ぐにマウンドを見る。会話もなしに。
試合観戦が二度目ともなると、言葉を交わさなくてもいいようになるのだ。
二人共緊張した顔をしている。
そして投手が投げた。そのボールは転がっていき、セカンドに回りアウトを取った。
ワンアウト13塁だ。
「併殺を取れば無失点ですよ」
「ああ、そうだな」
だけど、それが難しい。後二点は覚悟しなければならない。
一塁ランナーが盗塁し、二三塁になった。これで併殺の可能性はほとんどなくなってしまった。
一個でもヒットを打たれたら一気に同点まで追いつかれる。
バッターはバントの構えを見せた。
九番セカンド滝谷。俊足好打のバッターだが、パワーがない。
監督は、ここで滝谷が最低限も出来ずにアウトになることを避けたのだ。
その瞬間、三塁ランナーが刺される。捕手牽制でのタッチアウトだ。
ツーアウト二塁へとなった。
「今のどうなったんだ」
優斗は目を白くする。
「あれは、えっと。バットに何とか当てて、その隙にランナーを勧めようとしていたと思うのですが、バットがからぶってしまったと思うんです」
「ああ、だからか」
だから、三塁ランナーは三塁を飛び出していた。そこにボールが行ったから挟まれて、タッチアウトとなったのだ。
その面前で滝谷もアウトになり、結局一失点のみで終わった。
「何とか耐えましたね」
「ああ」
心臓がバクバクとしていた。
だけど、点を取られなくてよかった。そう、優斗は心の底から思った。




