第146話 山登り
「優斗くん」
莉奈が甘えるように言う。
「修学旅行楽しみですね」
時間は経ち、修学旅行の日が段々と近づいて行っている。
いつの間にやらもう1週間前になっているのだ。
修学旅行という物は、楽しみだ、というのと同時に怖いという思いもある。
怖さ。そう、恐怖だ。
家から離れ、旅行に出る。
莉奈と二人きりで旅行に行ったのを覗いたら初めてだ。
そう言えば由依と旅行に行ったこと、つまり家族で旅行に行ったこともほとんどない。
旅行経験自体が乏しいのだ。
「莉奈は今まで旅行に何回行ったことがあるんだ?」
俺はふと訊いてみる。
「ハワイ、ドバイ、長崎、奈良、北海道、韓国、」
莉奈はかなり多くの場所に行っているようだ。
「もういいから」
俺はそう言って莉奈の口をふさぐ。
「優斗くんの事は私が守りますからね」
そう、笑顔で言う莉奈。
その笑顔は正直まぶしいものだ。
「はいっ!!」
莉奈は手をパチンっと叩く。
「じゃあ、今日を楽しんでいきましょう」
「……急にどうしたんだ?」
「修学旅行の前準備もそうですけど、今日は日曜日だから遊ばなきゃと思ったわけです」
そうにっこりと笑った後、
「外に出ましょう」と、開口一番行った。
俺はそう言う莉奈について行く。
莉奈がその足で進む先、行先を聞いたが「内緒」と行っていた。
そして、目的地へとついた。
その場所は、山だった。
「まさかの山登りか」
「もちろんそうです!!」
山登りか。
莉奈とは言ったことが無かったはずだ。
前は由衣と二人で登って行ったはずだ。
「山登りとは意外だな」
「勿論、今日の予定はこれだけじゃないですよ」
莉奈がそうあっけらかんと言う。
莉奈が計画した次の場所はどこなのだろうか。
訊いても答えてくれないだろうな。
そのまま俺たちは、上へと登っていく。
その際の話は修学旅行の事だ。
「修学旅行での夜、どうしますか?」
早速そう言った莉奈。
「まさかやっぱり忍び込むつもりか?」
「当然でしょ、あの子に止められてもわあつぃは行きますよ」
その決意に乱れはない様だ。
「やめてくれよ」
なんとなく、いやな予感がする。
そう、まるで、良くない騒動が起こる気が。
もし仮に、ルームメイトにばれて先生にチクられた時点で終わる。
その時点で、海は無しだ。なんて言われたら最悪なのだ。
そもそも、眼鏡のあの子が嫌だって言っている以上、行くべきじゃないしな。
「ふーん、そうですか。なら私にも考えがあります」
「なんだよ」
「なら、その時はまた沖縄に旅行行きましょう」
俺はじっと莉奈の顔を見る。
莉奈の家の財力も無限じゃない。
俺はいまだに、莉奈の父親が何の仕事をしているのかも分からない。
だが、どちらにしても、莉奈は自由にお金を使いすぎだと思う。
「何ですか」
「我儘すぎだろ」
「これが人間としての普通ですよ」
「……」
「Ý待てください」
そして、莉奈は再びわざとらしい咳ばらいを一回。
「取り合えず、冗談はさておいて」
「冗談には見えなかったが」
「細かい事はいいんですよ。とりあえず寝る時間以外だったらいいですよね」
「寝る時間以外、まあ過度なイチャツキが無かったらいいと思うが」
実際、男子は女子棟にはいってはいけないとは言われたが逆は言われていない。
「分かりました。なら、その時間に優斗くんを味わいましょう」
「ああ、それでいいと思う」
まあ。言葉選びはかなり疑問符が残り無い様だが。
「それと、優斗くん」
目つきが急に厳しいものとなる。
俺は、「はい」と答える。
「ベッドでも勿論一緒に寝ましょうね。深夜を覗いて」
「あ、ああ」
就寝時間までという事だろう。
そして山登りを続けていくこと30分。かなりの距離を登ってきたなと感じた。
由依との山登りを思い出す。
あの時は体力がへとへとになりながらも、だったが、今回はそんなことなく登れている。
ほっとするところだ。
恐らくは前回の山よりもだいぶ初心者用コースだという事もあるだろう。
全開は由衣が元気余り過ぎて、少し険しめのコースに行ってたんだっけ。
そして、段々と頂上が見え始めてきた。
頂上、由依と登ったあの山は、景色がきれいだった。
高度的には、あの時ほどのではないだろうが、それでも楽しみだ。
今回は莉奈となのだから。
そして山の頂上へとたどり着いた。
「わあ、きれいですね」
莉奈がそう呟く。
街の景色が一望できる。
由依と登った山の景色に勝るとも劣らない景色だ。
苦労して山を登った甲斐があったな、と思う。
「なあ、莉奈」
「どうしました?」
「今日はどうして山を登ろうという気持ちになったんだ?」
俺はふときいた。
この壮大な景色を前に。
「理由ですか? ええっと」
莉奈は少し考えるそぶりを見せる。
「優斗くんは知らないと思いますけど、実は私も緊張してるんです」
「莉奈が……?」
少し意外だ。
「何ですかそれ、私だって緊張しますよ」
でも、と莉奈は付け加える。
「優斗くんと一緒に一つの事を目指す過程で、ドキドキを無くそうと思ったんです。優斗くんとの愛を確かめ合う中で!!」
「最後のが無かったら完璧だったけどな」
「最後のがあっても完璧です」
そう、まるでドヤっと感あふれる笑みを莉奈は浮かべる。
ムカつくはむかつくが、まあ許そうと思う。
これだけ言うと、上から目線のように思えるが、莉奈のイラっとポイントを踏まえても俺は莉奈の事が好きなのだ。
今の莉奈は山の上から見える、町の景色と相まって美しい姿だ。
まさに俺が惚れた莉奈という女だ。
「じゃあ、そろそろ次の目的地に向かうために、山を下りましょうか」
「そうだな」
その次の目的地がどこなのかは分からんが。
まあ、良しとしよう。今日は、莉奈の楽しいことをさせて野郎。何しろ、俺は莉奈と一緒にいるだけで楽しいのだから。




