モモの秘密
うまい。うまい。
ジェラルドがさばいてくれた赤身の刺身と調理してくれた焼き魚を口いっぱいにほおばりながら思う。本当においしい。
いつも酒場や飯屋で食べる魚と何が違うのだろうか。味が全く違う。やはり新鮮さが違うのだろうか。めちゃくちゃうまい。どんどん口に腹に流れていく。うまい。
「そんなに急がなくても逃げないって。」
ジェラルドが呆れたような口調で語り掛けてくる。
「おいしくて食べるのが止まらないんだから仕方ないだろ。」
そう言ったつもりだった。
「なんて?」
もごもご嚙みながらしゃべったからか聞き取れなかったらしい。まぁいいか。食べる手が止まらないんだしょうがないだろう。
気が付けば周りは暗く、もう一日が終わろうとしていた。そういえば今日は朝から胃の中のものを戻してばかりで何も口に入れてなかったっけか。だからよりおいしく感じるのかもしれない。
それからは黙々と食べていたらいつの間にか寝ていたらしい。気が付いたら周りが明るい。船内の自分の部屋で目が覚めた。この部屋、船に乗ってすぐ荷物を取りに来た時以来か。あの時は酔いがひどくていつでも吐けるように甲板に移動したんだっけ。まだ魔法が効いているらしいものすごく元気だ。
もしかしてここまで運んでくれたのもジェラルドだろうか。ならばまた礼を言わないといけない。
とりあえず着替えて部屋を出よう。そう思った瞬間だった。船が大きく揺れた。この揺れの大きさは波や風では起きないだろう。何かにぶつかったか座礁でもしたか。とにかく甲板のほうに見に行こう。
急いで着替え特に身支度もせずに甲板に飛び出した。
飛び出すとまず目に映ったのは大きな吸盤。その吸盤が無数についた腕か足かを大きく振りかぶって船を殴っている化け物が船の目の前に海から現れていた。それは前の世界でクラーケンと言い伝えられていた化け物にそっくりだった。あれは間違えなく魔物だろう。現存する生物が肥大化し人間に危害を加えるタイプの魔物だろう。
奴の攻撃は速くそして強く今にも沈みそうなぐらい船は大きく揺れている。ジェラルドの魔法があるとはいえ少し気持ち悪くなってきた。
そういえばジェラルドはどこだろうかと探すほどでもなかった。最前線で彼の仲間と戦っているのもすぐ目に映った。どうやら彼らはこの船の護衛役として雇われていたらしい。それならば彼らに討伐は任せて私は部屋で寝ていようか。そうも考えたが彼らなかなか苦戦しているようにも見える。
彼には恩がある。少しぐらい手伝わしてもらってもいいだろう。
杖を構える。炎しか使えない私が今使える唯一の炎上級魔法を放つ。杖に集まった魔力が固まり大きな炎の球になって魔物に向かって飛んでいく。その炎の球は魔物の攻撃よりも速く、奴が気づいた時にはすでに球は当たっていた。
ジェラルドたちも何が起きたのか一瞬固まったが、一気に弱った魔物をチャンスと逃すことなく仕留めにいった。
彼らはまず足を切りにいった。良い判断だと思う。足を1本、2本、3本と切っていき、4本目が切れそうになったところで奴は逃げて行った。今回は倒すことが目的ではないから、いきなり目をつぶしたりとか、急所を狙ったりとかすると倒さなければいけなくなる。あれだけ巨大な魔物を倒すとなるとかなりの時間がかかる上に、人数も足りない。もし倒したとしてもこの船に素材が乗り切らないから無駄になってしまう。そこまで考えて奴が逃げ出すように徐々に足を切っていったのだろう。
感心しているとジェラルドが寄ってきた。
「あの魔法放ったのは君だよね?」
「はい。」
「すごいね。上級魔法使えるんだね。いつから魔法を構築していたんだい?全く気付かなかったよ。」
私もこの世界に来て驚いたのだが、この世界の魔法は詠唱みたいなことをしないのだ。代わりに魔力を杖の先端部分で魔法に構築することで魔法を放つ。また、魔法は初級から上級になるにつれ構築難易度が上がり、構築に慣れたとしても発動まで時間がかかる。今回私が使った上位魔法は上位の中でも弱い部類に入る魔法だが、一般的な魔法師ならば発動に3分程度かかるとされる。
「私魔法構築得意でほとんど時間かからないんですよね。」
彼は驚いた顔をしていた。3分かかる魔法を一瞬で放ったのだから驚くのも無理ないだろう。
「噂には聞いていたけど本当に魔法構築を一瞬でできる人が存在したなんてな。実に珍しいものを見せてもらったよ。ありがとう。」
私としては特別なことをしたつもりはないのだが感謝されてしまった。どんなことでも感謝されることは気持ちがいい。
「そういえば、魔法構築の短縮は魔力で補う、つまり魔力の扱いにたけてる人が魔法構築の工程を魔力で無理やりに短縮することで成しえる技術って聞いたんだけど。」
「そうですね。そんな感じです。」
うんうんとうなずきながら答える。
「でも、かなり無理やり魔力で短縮するから、魔力の消費量が大きく使えるたいていの魔法師は使うとほとんど魔力がなくなっちゃうから非常時ぐらいしか使えない実用性のない技術って知り合いの魔法師から聞いたんだけど、君は大丈夫なのかい?」
「...」
あ、やべ。
...今更ながらその場に倒れてみる。あたかも急に意識が飛んだかのように。かなりわざとらしい演技をしてしまったかもしれない。でも仕方ない。今は気絶したふりを続けるしかない。
「モモ。大丈夫か。モモ。」
心配してくれている。何とか騙せたようだ。恩人に向かっていう言葉ではないがちょろくて助かった。そういえばミサもちょろかったっけか。兄弟そろって似てるなぁ...
しばらく気絶したふりをしているとジェラルドは私の部屋まで運んでくれた。これで2回目か私は何回彼に運んでもらうのだろうか。本当に申し訳ない。
「お大事にな。」
そう言い残して彼は部屋を出て行った。階段よ上ったであろう足音を確認して。
「行ったかな。」
彼には申し訳ないことをしてしまった。しかし、私の秘密を隠すには魔力切れで気絶したふりをするしかなかった。かつて勇者たちにも行っていたように。あとで謝りに行こう。
そう私には勇者にも、パーティーメンバーにも、ジェラルドにも隠していることがある。それは、私が転生者であることでも、魔法構築短縮ができることでもなく、
私の魔力は無尽蔵にあることだ。