とある青の話1
始まりはどこだっただろうか、終わりはどこなんだろうか。
この終わりゆく世界でいつまで剣を握ればいいのだろうか。
かつて氷と光の都と呼ばれたパッセージ・ムリアは美しい街並みと氷でできた半透明の噴水が人気の華やかな街であった。
しかし今はその街並みは崩れ、街道のあちこちに血と屍肉と折れた剣が転がっている。
街の民の心の支えであった中央通りのクリスタルパレルと呼ばれた大きな氷の噴水も先週の襲撃で打ち砕かれた。
最後の希望を失い人民達の心は折れてしまった。
わずかに生き残った民達はその時が来るまであの薄暗い教会の中で祈り続けるのだろう。
幾人かの騎士達は俺に付き合い街へと出る。
帰って来れるのはほんのわずかだ、あの気味の悪い化け物と戦い生き残れるものは少ない。
それでも俺は街に出る、かつてのパッセージ・ムリアを取り戻すために
骨に食い込み抜けなくなった大剣の柄を握り、死体に足をかけ力を込めて引き抜く
大剣が骨から抜けるとプヒュっと放屁に似た不快な音と共に半透明の液体が吹き出す。
その音と腐臭に眉を顰める。
斬り殺したそれが確かに死んでいることを確認してから辺りを見渡す。
俺についてきた騎士10人はたった一度の交戦でその数を半分に減らしてしまった。
生き残った騎士達にも負傷が目立つ
今日はここまでかと帰還を決めたところに一人の騎士が駆け寄ってきた
「ウル・オルタール、ご無事ですか?」
「・・・・・死んだのは誰だ?」
「・・・・オルフ、ビェーチェ、アル、ラキオ・・・・・・カンチルの5人です」
「・・・・・撤退する」
「はい………」
死んでしまった、みんな、みんな死んでしまった。
オルフ、娘夫婦と孫たちを殺され復讐に取り憑かれた哀れな老人
ビェーチェ、故郷に帰りたいと剣を握った剛毅な女
アル、女好きで軽薄な口調の裏に強い責任感を持っていた男
ラキオ、俺なんかを盲信してついてきた愚かな殉教者
カンチル、拾った剣で戦うことを決意した勇気ある……12歳の子供
撤退を告げると生き残った騎士達はノロノロと動き出す。
「ウル・オルタール……アルたちを連れて帰らないと」
右腕を握りつぶされながらも果敢に戦ったシャーリがその青い瞳で死者たちを見つめる
「ダメだ、俺たちに死者を背負う余裕はない」
優しいシャーリの言葉を切り捨て死者に背を向け歩き去る
他の騎士達も黙ってついてくる
それでもシャーリだけは動けずにいる。
逡巡する様に死者と俺たちを交互に見つめた後、自分の潰れた右腕を見て諦めた様に俺たちの後へと続く。
心苦しいが仕方のないことだ
アレと会敵した時に派手な戦闘音が鳴り響いた、その音につられてアレらがもうすぐ集まってくるはずだ。
たった1匹に半壊するほど苦戦していたのにそれが複数体となると全滅は免れまい。
一刻も早くここから逃げなければならない、そんな状況で荷物となる死体を担いでいける余裕はない。
遺族には恨まれるだろう、民達からは軽蔑されるだろう。
しかし仕方ないことだ、他人の目を気にしていてはこの世界では生きていけない。
後ろ髪を引かれる思いで哀れな5人の死体たちに別れを告げた。
しばらく歩き、遠目に教会が見えてきた時だった。
突然大きな破砕音が背後で鳴り引き、音と共に地面が揺れた。
咄嗟に後ろを振り向く
一番後ろを歩いていたシャーリの姿はなく、代わりにそこには両手を地面に叩きつけているアレがいた。
シルエットだけ見るとそれは大きな人の様にも見えた。
しかしその体は無数の人の腕を組み合わせて形作られている。
身体中の腕はその指をうねうねとうねらせ筋肉の代わりにその巨体を動かしている。
顔には口も鼻もなく目に当たる部分には赤く煌めく宝石の様なものが埋め込まれている。
「にぁ あぁぁア ににぁ?」
喉のあたりの腕を組み合わせ空気を押し出し言葉の様な音を鳴らす
俺たちには理解できないがやつらの言語なのだろうか。
ソレが手を地面から引き上げると手と地面の間から赤黒い糸がネチャリと音を立てひかれた
地面にはさっきまでシャーリだったものが血溜まりとなっていた。
ソレは手のひらと血溜まりを交互に見つめにぁにぁと甲高い子供の様な声で笑っている
「戦闘準備!!!!」
咄嗟に叫び背中に差していた大剣を抜き取りソレへと斬りかかる。
シャーリだったもので遊んでいたソレは俺の攻撃に反応することができず、力の限り叩きつけた大剣はソレの首をいとも簡単に跳ね飛ばした。
「んまぁぁぁアアアアぁあぁぁあああ!!」
切り飛ばされた頭が断末魔をあげる
その声に導かれる様に残った胴体の首の部分の腕が頭へと伸びていく。
頭の方も同じように腕を伸ばし空中で腕同士ががっちりと握りあうと、まるで時間を巻き戻すように頭が胴体へと引き戻され頭は元の位置へと戻った。
時間にしてわずか数秒、あっという間に傷を治したソレは赤い宝石のような目を俺へと向ける。
「スクアーロ!アンディ!第二界静定魔法を!俺の合図と共に俺諸共でいい!撃て!!」
「「はい!!」」
「パームは屋根に上がり周りの索敵を!こいつ1匹とは限らない!!グラディオは俺の援護を!静定魔法発動まで時間を稼ぐ!!」
「了解しました!!」
「俺がウル・オルタールの援護……?冗談きついぜ」
各々に指示を飛ばすと真っ直ぐにヤツへと突っ込む、後ろからグラディオが文句を言いながらついてくる
向かってくる俺を視認したソレは大きく手を振り上げると俺へと向かって振り下ろした。
そんな大振りの攻撃にあたってやるつもりはない、振り下ろされた腕を最小限の動きで避けると数瞬前まで俺がいた場所に手が叩きつけられドシンと大きな振動と共に石畳が砕け散る。
すぐ隣に降り注いだ圧倒的な暴力に一瞬ヒヤリとしたが、それに構わず地面につけられたソレの手首を狙い大剣を振るう
「んなぁぁあアアァああぁぁぁ!!」
「やかましい!!」
両手首を切断され血を噴き出しながらソレが絶叫する、耳障りな大声に悪態をつきつつ大剣を肩に担いで今度は無防備な頭蓋へと叩きつけた。
ベキベキと頭部を構成している腕の肉と骨を砕く感触が大剣越しに感じ取れた。
しかし幾重にも重なり繋ぎあわされた腕を両断するとこはできず頭部の中程で大剣は止まる。
それでも頭の半分は叩き切った、普通の生物ならこれで絶命するが……
「んえぁ……」
ソレはこのぐらいでは死にはしない
先ほどと同じように傷口から腕が伸びてきて反対側の腕と繋がりみるみるうちに傷が治っていく。
「……化け物が」
ソレの頭に足をかけ大剣を引き抜く、小さな腕が何本か大剣に絡みついていたが大剣を振り払う。
「グラディオ」
頭の傷がグズグズと音を立てながら治りつつあるところにグラディオがその傷口へと印を刻み込んだ木片を投げ入れた
「ネヅィア・クル・ウル・ネフィルタール、オンド、ウルゥア・ザラ・ウル・オルタール」
ソレから距離を取りつつグラディオが魔力を込めウル・ネフィルタールと俺に対して祝詞を唱える。
俺の中に暖かな力が湧き出てきてソレの中に飲み込まれた木片へと流れるのを感じる。
そして別のところからも同じような暖かな力が木片へと流れ込むのを感じた。
「ンマぁぁああぁぁあなぁぁぁあああ」
瞬間、ソレは絶叫と共に頭を抱え暴れ出した。
自らの頭を掻きむしりそれでも満足しないのか近くの家屋へと頭を叩きつけ無茶苦茶に暴れ出した。
「第一界流転魔法と第一界静定魔法の組み合わせ………第一界静流魔法か、えげつないことを」
「やつらには散々仲間を殺されてますからね、あんなのかわいいものですよ」
ニタリといたずらげに笑うグラディオに思わず口角を上げてしまう。
今ヤツの頭の中では流れ回る流転魔法と止まり固まる静定魔法が渦となり荒れ狂っている。
流転魔法で頭の中身を細かくちぎりそれを静定魔法で小さく固める、そして固まったそれがまた流転魔法によって頭の中を渦巻き傷つける。
ただそれだけの魔法なのだが、それは頭の中身を細かく刻み付け続けるということだ。
頭を抱え暴れ続けるソレを油断なく見つめ警戒していると
「「できました!!」」
待ち侘びていたスクアーロとアンディの合図がきた。
「撃て!!」
ソレから離れるように俺とグラディオが飛び退くのと同時に体の中から燃えるような熱い力が湧き出るのを感じる。
その力は俺を通して激流のようにスクアーロとアンディの二人へと流れ込む
「ウルゥア・ザンディス・ヤーロ・ヤーロ・ヤーロ・ウル・オルタール」
「オンド・ヤーロ・ザンディス・ニューロア・ウル・オルタール」
「「アレ!!!」」
朗々としたスクアーロとアンディの詠唱の後、不可視の力が暴れ続けるソレへと真っ直ぐに突き刺さった。
ピタリと動きを止めたソレはパキパキと細かく何かが割れるような音と共にその表面が白く凍りつき始めた。
あっという間に全身が白く凍り付いたがそれでも何かが割れる音は止まらない。
しばらくすると氷全体に細かくヒビがはいり、派手な破砕音をたて砕け散った。
一粒が雪の結晶ほどまでに細かく割れたソレはさすがに再生することができないのか沈黙を保っている。
「や、やりましたか……?」
グラディオが腰にさしていた細剣で恐る恐る氷の山を突くが反応はない
「……死んだな」
俺がそう言うと全員が一斉に溜息を吐きその場に座り込んだ。
「し、死ぬかと思った……」
「疲れた……第二界は疲れた」
グラディオとスクアーロがそうぼやいているとアンディが真面目な顔で俺の方を向く
「ウル・オルタール、すぐにここを離れましょう」
「当然だ、パーム!戦闘終了!!撤退するぞ!!」
一人索敵に出していたパームへと呼びかけるがいくら待っても返事がなかった。
返ってこないパームの返事に全員が異変を感じ辺りを警戒するように睨む。
「ウル・オルタール……」
「・・・・・・。」
全員が黙り込みシンっと静かになったその時だった。
突然空から何かが落ちてきてぐちゃりと音を立てて地面を跳ねた。
咄嗟に全員が一歩下り落ちてきたそれを視認する
「パーム………か?」
落ちてきたそれは頭が潰されて両腕を引きちぎられた死体だった。
身につけているものからなんとかそれがパームであることがわかる
「にぁににあぁぁに」
「にににぁにあああぁににぁ」
にぁにぁと鳴きながらパームが飛んできた方向から二体のソレが姿を表した。