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1-1:転移

 この物語は、架空のTRPGシステムの世界を舞台にした疑似異世界転移物です。この作中に登場するシステムは、既存のTRPGシステムや、現実に存在するプレイグループとは一切の関係がありません。

 目が覚めた時、自分がいつの間にか外で寝ていたことに違和感を覚えた。しかし、その違和感はすぐに現実感へ、そして恐怖へと変わっていった。草木の匂いは甘く腐ったようなもので、また、甲高い鳥の鳴き声とあわせて、ここがジャングルのような場所だとすぐにわかってしまったからだ。わからないのは、僕が何故ここで寝ているのか、そして、ここがどこなのか、ということだった。

 体が重い。自分の体のはずなのに、まともに動かすことができない。よろめきつつも立ち上がった時、腰元に何か重いものがぶら下がっていることに気付いた。手で触れるとひんやりと冷たい感覚がした。まさかと思って引き抜いたとき、僕はそれが、金属でできた剣であることに気付いた。


(嘘でしょ……?)


 声を出そうとして、うまく声を出すことができなかった。頭がくらくらする。常識が、今の自分が感じているすべてを否定していた。だからこそ、僕は常識でなく、想像で考えてみた。これはもしかして、異世界転生というやつなのではないだろうか? まさか、アニメや漫画の中だけの話だろう? いや、でも……


(そうであるなら、すべてが納得いく)


 そうかもしれないと思い始めてから、僕の体を支配していた恐怖心は、次第に喜びへと変わっていった。転生の女神様には会えなかったけど、この重い体は、きっと体付きから変わったからに違いない。くらくらするのは、脳がそれをまだ適合認識できていないからなんだ。声が出ないのも同じだ。だとすれば、僕は、僕は……


(高身長のイケボ主人公になったに違いない!)


 喜びの叫びをあげようとして、出せない言葉がもどかしかった。変声期が来ても全然変わらなかったコンプレックスのある声とさよならができたんだ! そして、身長も……そう思って自分の体を触ろうとした、その時だった。

 甲高い叫び声と共に、ナメクジのような生き物がこちらを威嚇していた。今まで鳥の声だと思っていたものは、あいつの声だったんだ! いかにも魔物という風貌をしたそれは、絶対に見たことがないことは確かだったが、僕はどこかで聞いたことがあるような気がしていた。思い出せない。ただ、こいつはおそらく「ザコモンスター」と呼ばれるやつなんだろうことは想像にたやすかった。


(レベル上げのチュートリアル戦闘ってわけだ!)


 そうだ、これはゲームだ。全部僕の都合よくできているに決まっている。もしかしたら夢なのかもしれないが、もしも夢であるなら、これは明晰夢というやつだ。つまり、この状況を、楽しまなかったら損だということだ。


(いくぞぉ!)


 声は出ない。だが、気分の上ではイケメンボイスでの見得切りだ。剣は重い。体がまだ動かせない。だがそれも、自分の体が変化した証拠であると考えれば胸が高まる。なにしろ相手はレベル2のザコなのだ。負けるはずがない! 勢いよく上段から剣をナメクジに向かって振り下ろしてみせた。


2d6[2.3]+3=8


エニーセブン+5=12


8<12 MISS!


しかし、剣は空を切る。いか、おかしい。何かの間違いだ。あの「泥ナメクジ」ならば、確か、回避の固定値は5しかないのだ。もう何度もセッションの中で見たデータだ、記憶している。初期作成であってもキャラの命中の固定値は10は最低限確保されているはずであり、エニーセブンを採用したとして、それこそファンブルでなければ命中は確実なのだ。ん、あれ、いや……


(今、僕は、何を考えた?)


 一瞬頭の中を駆け巡った情報は、頭痛と共に消えていった。かと思えば、ナメクジのようなザコは、僕に向かって粘液を飛ばしてくる。べとべとして気持ち悪くなるだけ、と、甘く見ることはできない。「泥ナメクジ」の「粘液攻撃」は、こうみえて初期作成のキャラには十分手痛いダメージを与えてくる基本攻撃だ。4発までは受けられるとはいえ、今は回復役の味方もいないのだ。


2d6[4.3]+5=12


(回避しないと!)


 命の危機を感じたからだろうか。僕は、自分の体がかなり良い具合に動いたことを実感した。


2d6[5.5]+1=11


12>11 HIT!


2d6[2.5]+10=17


20-17=3


 ずきん、と全身に激痛が走った。


(嘘でしょ!? 今の出目で避けられないの!?)


 自分がまた何かおかしなことを考えたという違和感は、すぐに体全身の痛みで打ち消された。明らかな痛打。もはや自分のHPが数点しかないことは明らかだった。


(まずい、このままじゃ……このままじゃ、死んでしまう!)


 もはや切る見得もなかった。ずるずるとみっともなく、這うように体を動かし距離をとる。その先には小川があり、水面を覗いて僕ははじめて、自分自身の体が「何も変わっていないチビであること」に気付いた。


「そんな!」


 ようやく出た声は、高い子供のようなそれであり、僕がコンプレックスに感じていた元の声そのままだった。

 一方、ナメクジのようなザコは僕を見逃すつもりはないようで、キーキーと甲高い声で威嚇を続ける。攻撃が来る。それまでに倒さないと、本当に死んでしまう。幸いターン制である以上、次は僕が仕掛けることができるはずだ。しかし、距離が開いている。剣での攻撃は無理だ。なら、


「フレイムシュートで!」


 わりとMPを食うことは理解している。初期作成のキャラなら誰でも使える基礎魔法だ。魔法は命中判定が発生せず確実に当たる。「泥ナメクジ」は火属性の弱点を持つ。ならば、よほど魔法攻撃力が低いのでない限り、弱点で倍になったダメージは、確実にあいつを焼き尽くすはずだ。


2d6([3.5]+2)×2=20


30-20=10


相手は健在だった。HPはレッドゾーンにも入っていない。それはまぎれもなく、僕の魔法攻撃力が、「よほど低い」のだという結果であった。


「どうして!?」


 弱音を吐く暇もなく、イニシアチブのチェックが発生する。それはつまり、次の手で僕は死ぬ、ということであった。

 よろしければ、ブックマーク・評価お願い致します。励みになります。本小説のつづきは、毎週火曜日以外の週6日に常時更新され、1日に6~7話程度ずつ、1万字くらいを目安に執筆されています。

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