0:TRPGとは
この物語は、架空のTRPGシステムの世界を舞台にした疑似異世界転移物です。この作中に登場するシステムは、既存のTRPGシステムや、現実に存在するプレイグループとは一切の関係がありません。
テーブルトークロールプレイングゲーム、通称TRPG。ルールブックに記載されたルールに従い、紙や鉛筆とサイコロで挑むRPGだ。遊ぶプレイヤーも、シナリオを用意するゲームマスターもすべてが人間であり、発想力と想像力でどんなことだってできる。たたかう、まほう、どうぐ、にげる、なんていう選択肢に縛られることはない。この世界では誰もが自由だ。誰もが勇者にも、賢者にも、召喚士にも、遊び人にもなれる。さぁ、日常を離れ、冒険の世界へいざ行かん!
「……って、部長が話してた時は、楽しそうって思ったんだけどなぁ」
僕の名前は枢木蓮夜。16歳。今年から、市立長峰中央高校に通うことになった高校1年生だ。もし君が、僕を高身長のイケメンだと思ったのなら、まずそれは誤解だと言わないといけない。それも仕方ないと思うよ。名前だけなら、能力者系のアニメや漫画の主人公にしか思えないでしょ。小学校の時から、何度「枢木君って、名前負けしてるよね」って言われたかもうわからない。しかし、その実態は、身長140cmのチビ。今年に入ってからも4回、自動改札を通り抜けようとしたとき、「子供料金で大丈夫だけど、切符買い間違えた?」と駅員に聞かれた。スポーツはもちろん苦手。勉強も言うほどできるわけじゃない平凡な成績だ。
名前に負けない男になりたい。いつか見たアニメの主人公みたいな男に。って言っても、身長は伸びないし、顔は「かわいい」の方向にしか成長しない。だからこそ、せめてゲームの中でくらい! そう思って入った、TRPG同好会だったんだけど……
「『覚悟しろ魔王! 貴様の野望もここまでだ!』」
「『ふははは! 無理に難しい言葉を使う必要はないぞ子供勇者め!』」
「って、キャラシ見てくださいよぉ! 今の僕は高身長のイケメンなんですってばぁ!」
「あ、そうだったそうだった。いやぁごめん、目の前の枢木があまりにもかわいいから、ついアドリブでさ」
いくら僕が主人公をやろうとしても、ゲームマスターをする先輩も同級生も、みーんなアドリブで僕をからかう。いや、そういうアドリブが面白いゲームだってのはわかるよ、わかるけど……と、そんなこんなで部室に出ても、最近は見学してばっかり。
「『お願い! カズヤ! あきらめないで!』」
「おい! ロールはいいがあんまりひっつくな! お前は男だろうが!」
「『なによ! 私の応援がいらないっていうの!?』」
「プレイヤー発言とキャラクター発言を混同するなっての! 支援スキルは貰うって! その支援ないとボスに攻撃当たらないっての! はぁ……せめて枢木があの声でひっついてくれるならまだ許せるんだけどなぁ……」
「『なによそれ! セクハラよセクハラ!』」
誰が誰にセクハラしてるんですかってこと。ていうか先輩、僕のことそんな目で見てるって本当なのかなぁ。僕だって普通の思春期男子なんだからさ、ほんとなら彼女を作って、頼りにされたりしたいんだってば。そうだなぁ、種族はエルフ、金髪のロングで、魔法系のスキルが揃っていて、性格は強気でちょっとツンデレ感があって……
「お? それ、次の枢木のキャラシ? お前そんなかわいい子やってくれるのか!?」
「え、う、うわぁあああ! ち、違いますよぉ! 僕は次もヒューリンのイケメン剣士で……」
「なんだよ残念」
先輩はほんとに残念そうな声で戻っていった。せ、先輩? ガチじゃないですよね……? そんなこんなでため息をつきつつ、エルフの女の子のイラストを描いたキャラクターシートを眺めてみる。
「……こんな子に隣から二の腕にしがみつかれたいなぁ」
妄想は膨らむばかりだ。二の腕にしがみつかれる感覚など、小学校2年生から140cmのまま身長が伸びない僕には、本当に妄想してみるしかない。まぁ「かわいい!」って抱きしめられて、胸に顔が埋もれる体験は何度かあったけど、そうじゃないんだよなぁ。
「そうだ枢木。お前、オンセってしたことある?」
先輩が戻ってきてスマホをいじりながら、僕に語り掛ける。
「おんせ、ってなんですか?」
「知らないのか。オンラインセッション、ようは、ネットを通してTRPGを遊ぶことだな。オンセの中でも、ボイセとテキセってのがあってな。ボイスセッションとテキストセッションな。お前に勧めたいのは、テキセの方。ほら、顔の見えない相手と、声を使わずにTRPGやるんなら、枢木も高身長のイケボのキャラをやって違和感ないんじゃないかなって。このサイトとかオススメ。登録してみろよ。じゃ、俺帰るから。次回、金髪ロングのエルフ少女、期待してるぜぇ~」
「しませんから!」
けらけらと笑ったまま先輩が部室のドアを閉めた。さっきまで女性キャラをロールしていた先輩も既に帰宅済みで、部室に残ったのは僕だけになる。先輩から教わったサイトを自分のスマホで検索し、ぼーっと眺めてみた。オンセ、かぁ。それなら僕も、高身長のイケボ主人公になって、かっこいいロールをできるのかなぁ。そんなことを考えているうちに、いつの間にやら眠気に襲われ、そのまま僕の意識は沈んでいった。
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