あれ
あるところで、ある二人組が話している。エーとビーとでもしておこう。
エー「なあ、お前」
ビー「どうした」
エー「前のさ、ほら、あれ、どうしたんだったかな」
ビー「あれ、ってなんだ」
エー「あれはあれだよ」
ビー「それじゃあ、分からない」
エー「あれって言ったら、あれしかないだろう。お前も見たものなんだし」
ビー「分からないな。特徴を言っておくれ」
エー「小さかったな」
ビー「小さいのか。しかしそれだけでは、やはり分からないな」
エー「こないだ食べたやつの、その切れ端だ」
ビー「切れ端」
エー「そう、切れ端。その部分は食べられないと言ったのは、確かお前だった」
ビー「ああ、あれか、分かったぞ」
エー「分かったか」
ビー「ああ、分かった。確かに俺が、食べられないと言った」
エー「それを、結局どうしたんだったかなということを、訊きたかったのだ」
ビー「あれは確か、庭のどこかに埋めたのではなかったか」
エー「埋めた」
ビー「お前が、埋めれば何かが育つかもしれないと言ったのだ」
エー「ああ、そうだったか。そうだったか、思い出したぞ。そうだったか」
ビー「そうだとも。しかし俺の考えるに、あれからは何も育たない」
エー「どうして分かるのだ」
ビー「あれは植物の種ではないし、大根のてっぺんのようなものでもないからだ」
エー「じゃあ、何かが生えてくることはないのか。せっかく埋めたのに」
ビー「ああ、そうだ。きっと今頃あれは、地中で腐敗しているに違いない」
エー「残念だ。こないだ食べたやつは美味だったから、同じものがまた食べられればと思ったのだが」
ビー「切れ端だからとは言え、トカゲのしっぽのようにはならないさ」
エー「チェッ、また別のを捕まえてくるしかないか。久しぶりに、都会へ進出というわけだ」