1章 『千里』 蝶2
殺された子供は全員で8人。
千里は孤児院の子供達とはあまり交流をしていなかったため、
知らない顔ばかりだった。
「だ・・・誰がやったんだよ・・・・」
「子供がでる場ではありません。部屋に戻りなさい。」
あまりにもショックで院長に逆らうこともできなかった。
いつもなら怒声の一つでもあげているところだが。
裕子に言われて仕方なく部屋に戻ることにした。
足が誰かに操られているかのように震えていた。
やけに自分の部屋が遠く感じた。
部屋に帰る途中で廊下にいた子供達はこの殺人事件の話でもちきりなようで、
意気揚々と語る者や怯えて動けずにいる者もいた。
もしかしたら殺人鬼は近くに潜んでいるかもしれない。ざわつきは段々増していった。
「狐様のお怒りよ」
「!?」
うるさいざわつきの中で誰かがポツリとそう言った。
千里は茉莉かと思ったがそうではなかった。
茉莉よりも幼いお下げの女の子だった。そういえばこの孤児院の子供達は狐様のご心酔だった気がする。
女の子がそう言えば、周りの子供達も次々と狐様だ!狐様がお怒りになったんだ!と騒ぐ。
「また狐様かよ・・・・・。」
千里は溜息をつくが、あることを思い出してはっとした。
先程宗雅と一緒に狐様を祀る神社に行ったとき、宗雅は神聖な銅像を殴っていた。
狐様の銅像の前で狐様を悪く言ってたりもした。
まさかたったそれだけの事で狐様はお怒りに?
いや、ただ偶然が重なっただけだ。ただ狐高教の存在を疎ましく思っている者が犯した事件に違いない。
「みんなあ!やっぱり狐様のお怒りだよ!!」
息切れしながら一人の少年が走ってきた。
「院長が警察に連絡したみたいなんだけどさ、取り合ってくれないんだって!8人も殺されたのにおかしくない?」
「おかしい!!狐様が余所の人間を遠ざけているのよ!」
警察が取り合ってくれない?またまたおかしな話だ。
千里はいよいよ何かがおかしいと感じ始めた。
8人も殺されたのだ。警察側はイタズラと思っているのだろうか。
しかし、電話したのは院長だ。子供がしたのではない。
いい大人が嘘通報をするわけがない。宗教に関わりたくないだけだろうか。
「やっぱり・・・・狐様・・・・・なのかな。」
昨晩感じた禍々しい気配。どうもそれが関わっているのではないかと思えてきた。
千里は部屋に戻ると窓を開け、ボーっと外を眺めた。
2匹の黒い蝶がヒラヒラと舞うように飛んでいた。
美しく青く光っていて思わず見とれてしまうほどだった。
「どうも怪しいですねぇ・・・・」
「うわあ!?」
どこから入ってきたのだろうか。また宗雅が侵入していた。
「またお前か!」
「殺人事件が起きたのでしょう?狐様かもしれないじゃないですか。」
「お前さ、妖怪や霊と対等に渡り合えるんだろ?本当に・・・本当に狐様かもしれないんだ・・・」
宗雅は俯きながら裾を掴む千里の頭に手を置いた。
「大丈夫です。俺は君を護ります。この孤児院の子供達も護ってみせます。」
「うん……ありがとう…」
宗雅は優しく千里の頭を撫でる。
「また1000年前と同じ過ちを犯す気か…九尾ノ神…」
「え…」
宗雅が何を言っているのか聞き取れなかったのでもう一度聞こうとした。
ふと窓の外を見ると、
何が赤いものが見えた気がした。
するとその赤いものがだんだん近づいてきた気がした。
一気に距離が縮まり、パリーンッと窓を突き破って千里の首元を掠り壁に突き刺さった。
「わああああ!」
首から出血し、その痛さに顔を歪める。
宗雅は赤いものが飛んできた方向に目を向け、なにやら刀のようなものを取り出した。
「妖怪か!やけにこそこそ攻撃をしてくんじゃねぇか!!」
宗雅は千里を引き寄せるとマントを被せた。
「俺から離れないで下さい。結界を張ります。」
「けっかい?」
宗雅は手を前に突き出し刀を添えた。
するとブツブツと詠唱をし始めた。
「南より来たりし朱雀の神火、彼少女を導き包みこめ!」
刀から鳥の形をした炎が飛び出してきた。
火の粉を噴きながら千里の周りを羽ばたいている。
「な、なんじゃこりゃあ!!部屋が火事になっちゃうってば!」
「大丈夫です。それは君を護る結界にすぎません。あらゆるものから君を護ります。」
「で、でも・・・・!」
宗雅ははっとまた窓の方に向き直った。
再び刀に手を添える。
「来ます!!!」
土砂降りの雨が降るかのように次々と「赤いもの」が飛んできた。
壁にはたくさんの罅が入り、まるで地震が起きているように部屋が揺れた。
火の鳥が赤いものを防いでくれているものの、赤いものの襲来は激しく、
震えが止まらなかった。
「宗雅!大丈夫かよ!!」
「平気です」
宗政の刀は青白い光に包まれており、赤いものを次々になぎ払っていった。
「どうした九尾!お前の力はこんなものではないだろう!」
「これ、狐様がやってるの!?」
「九尾の神が俺たちを試しているんです・・・!やっと会えたな!九尾!!」
宗雅は笑っていた。払えきれなくて頬にかすったものがあり、血が滴っていた。
赤いものは更に数と威力を増し、容赦なく宗雅に襲いかかる。
千里は床に落ちた赤いものをじっくり見た。
すでに赤い光を失っていて黒く力無く横たわっていた。
これは・・・・・
「黒・・・・アゲハ・・・・?」
先程から遅いかかってくる赤いものは、とても蝶とは思えぬ威力な気がする。
「宗雅!!これ蝶だよ!黒アゲハだ!!!」
「蝶・・?」
「ま、前見ろ!!」
突然ありえないスピードで黒アゲハが宗雅を襲った。
宗雅の反応が遅れ、勢いよく宗雅の胸に突き刺さった。
「ぐ・・・あああああっっっ!!!!!!!!!」
宗雅は必死に奥まで行き届かぬように黒アゲハを引き抜こうともがいた。
大量の血が床に流れ出る。
「む・・・・宗雅・・・!」
火の鳥が次第に弱体化し、黒アゲハを抑えきれなくなってきた。
ほぼむき出しになった千里はなす術がなくなっていた。