1章 『千里』 ハジマリ3
茉莉の推しに負け、神社へお参りに行く事になった千里はしぶしぶ支度を始めた。他の子供達はすでに帰宅しているので、千里と茉莉の二人だけの参拝となった。
「神社…遠かったら行くのやめようかなまったく…」
まったく行く気がしないが行かなければ茉莉が煩いので一応行くことにした。
「千里ちゃん、支度できた?」
ひょこっとドアから顔を覗かせる茉莉。とびっきりの笑顔で笑いかけられ、千里は少し戸惑った。
「お前熱は?」
「治った!!」
こんな短時間で治るものかと疑問を抱きつつ、支度を進めていった。
「職員共も病みあがりのガキを参拝に行かせるとか鬼畜だわ」
「きちく?」
「なんでもない」
支度を終え、暑い日射しに目を眩ませながら外へ出た。やけに蝉がうるさい。
茉莉は水筒を肩にかけて、まるで遠足に行くかのようなノリではしゃいでいた。
「はあ……」
嬉しそうに小走りする茉莉の後ろをゆっくりとした足取りで進んでいく。
気温は30℃近いだろうか。日射病にでもなってしまいそうだ。
見慣れない雑木林を歩き、綺麗な小川を渡り、孤児院から10分程の所に神社はあった。木々に囲まれ、いかにも神聖そうな締縄がいくつもあった。その中央に古びた木製の建物が、存在感を際立たせるかのように、凛と存在していた。
「うわ…なんか不気味だな」
「狐様がいらっしゃるからよ」
茉莉はニコニコとしている。
建物に近づいてみると小さな賽銭箱あり、10円玉や5円玉が納めてあった。
孤児院の子供たちが投じたものだろう。目線を少し上へやると建物の中を見渡すことができた。無防備な神社だ。
奥をよく見ると何か黒い物が見えた。床から天井までの高さがある相当大きなもので、怪しく光っていた。
「でかっ何これ」
黒い物体はどうやら銅像のようだった。敵を射るような鋭い目、しなやかな肢体に美しい九本の尾。
「これ、狐様…?」
「そうだよ」
茉莉は静かに答えた。
「狐様はここの守り神なの。」
黒い大きな狐の銅像はそこに存在するだけで異様に迫力がある気がした。埃ひとつかぶっていないところからすると、信者がしっかりと管理しているのがわかる。
「狐様ね…院長がこれの血を引いてるなんて到底おもえないけど」
「あの院長は宗教の権威を保つために狐様を利用してるだけ。信者は動物霊とかオカルトに心身を捧げる人達ばかりだわ」
「茉莉…?」
妙に冷たい空気を感じた。この少女は狐様の何を知っているのだろうか。
狐の銅像に手を置き目を瞑って深呼吸をする茉莉。
「狐様に怒られるのは院長よ」
「狐様ってのは院長一族が勝手に作った想像上のもんじゃないの?」
「いいえ。狐様はいる。院長が悪用しているだけ」
「ふーん…」
やはり茉莉が言うことは理解できない。
茉莉は狐高教の信者なのだろうか?それにしては教祖の院長に心酔していないようだが。
木々が激しく揺れた気がした。心なしか真夏なのに寒気がした。
孤児院への帰り道、茉莉は一言も声を発しなかった。行きはあんなに明るくはしゃいでいたというのにどうしたのだろうと思った。疲れたのだろうか。風邪が治りきってないのだろうと思い、千里は茉莉に背をむけ座りこんだ。
「ん」
「千里ちゃん?」
「風邪、治ってないだろ」
乗れ、と促す千里に驚きポカーンとした表情でつっ立っていた。
「おぶってやるって言ってんだ」
「うん!!!!」
勢いよく背中に飛び付いたのでぐぇっと変な声を出してしまった千里に笑う茉莉。つられて千里も笑った。茉莉は生まれて初めて千里の笑顔を見た。
「千里ちゃんが…笑ったよ…さま」
「…?何?」
「なんでもないっ」
変な奴…と呟いて二人は夕暮れの雑木林を歩いて行った。