1章 『千里』 ハジマリ1
梅雨があけ、蝉もせわしなくなく7月。
とある山奥にある小さな孤児院では今日も職員達が忙しく働いていた。
子供達が使った洋服を干している者、朝御飯を作っている者、寝ている子供達を起こしにいった者。
職員のうるさい起こし方にイライラしながら一番奥の個室で寝ていた少女はゆっくりと体を起こした。
「千里ちゃん、もうみんな食堂へ向かったわよ。」
「うるさいなあ…」
職員の声かけにいちいちトゲのある言葉を返す千里。これは毎度のことなので職員も慣れていた。
千里はどこか性格が曲がっていて、人を受けつけようとしない子だった。周囲の子供達には暴力をふるい、職員にナイフで切りつけたこともあった。
そんな理由から友達は一人もできず孤児院で孤立してしまった。
職員は千里の扱いに困り果ててしまったがそれでも積極的に関わろうとした。
しかし努力が報われず、千里は未だに心を開かない。
「千里ちゃん!!いつまでも我が儘が通ると思っちゃ行けません!!」
「出てけよ!!汚い手で私に触らないで!!」
パンッと職員の手を払いのけ、目覚まし時計を投げつけた。
「ち…千里ちゃんっ…」
声を張り上げて周囲の物を投げつける千里。こうなったら誰にも止めることができなかった。
「はぁ…はぁ…」
職員は諦めたのかいつのまにか姿を消した。千里はようやく落ち着きを取り戻し、再びベッドに横になって布団を被った。
千里は赤ん坊のときにこの孤児院の前に置き去りにされていたらしい。
「千里を宜しくお願いします」という手紙と共に。
両親の顔なんて知るはずもなかった。
千里がここまで反抗的なのは両親に捨てられた悲しみが大きいからではないかと考えられた。
もしくは精神的な病気かなにか(千里が頑なに病院に行くことを拒否したため不明) とも思われた。
「死にたい…死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」
呪文のように
「死にたい」と連呼する。その声は廊下にまで響き渡り、向かいの部屋の子や隣の部屋の子に不安を募らせた。
外でワイワイ声が聞こえる。蝉の声と混じり、楽しそうにはしゃぐ幼い子供の声が。
「今日は…神社にお参りする日だっけ」
この孤児院は宗教団体が創立したものだった。
院長の話によれば、遥か昔にこの地域に狐の神様による尊大な信仰があったらしく、それが元になって『狐高教』という宗教ができあがったと言われた。
院長の上山裕子は狐高教の教祖であり
狐の神様の血を引く者と呼ばれ、信者から絶大な信頼を受けていた。
この孤児院の近くに狐の神様を祀る神社があり、週に一回お参りに行くのだった。
「狐の神様なんて馬鹿馬鹿しい。院長も狐の神様の血を引いてるとかばっかみたい」
「千里ちゃんは行かないの?」
「!?」
布団から出るとベッドの傍に5歳くらいの女の子が立っていた。
「茉莉ね、お熱が出ちゃったからね、お留守番なの」
千里はキッと睨み付け、女の子に出ていくように促すがいっこうに出ていく気配が無い。
「出てけ!!出ていかないとぶん殴るよ!!!」
「お熱も無いのに狐様のお参りサボっちゃだめなんだよ」
「出てけって!!」
「狐様の所へ行こうよ。茉莉、お熱あるけど行こうかな」
茉莉という少女は千里がいくら脅しても怯えるそぶりがなかった。それどころかなんとなく不気味なオーラを発している気がする。
茉莉は千里の手を取り立ち上がらせた。
「行こうよ。千里ちゃん」
自分より遥かに小さな少女なのにいつものように振り払うことができなかった。
●1章『千里』 ハジマリ
end