1章 『千里』 桜吹雪2
その頃、狐様が祀られている神社では、激しい火災が起きていた。
狐少女と藍花の衝突で凄まじい妖気の気流が発生して火災を引き起こしたのだ。
そんな熱風もものともせず、、狐少女と藍花は対峙していた。
「随分と弱弱しくなったんじゃな~い?」
「知りません。」
藍花には傷一つついてなかった。空中をくるくる旋回しながら怪しげな笑みを浮かべる。
一方狐少女は身体には傷がついてはいなくても、身に纏う衣服が少し擦り切れていた。
「『相手を絶対に捩じ伏せる力』をもつあんたが傷一つつけられないなんて・・・つまんないわ」
「私は滅多なことでその力を使いません。貴女などこの炎で十分です。」
「・・・・フフフフフフフ・・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
神社を包み込む炎を大量の黒蝶が支配した。まるで暗闇の中にでもいるかのように神社の中は黒く染まった。
「確かにそうねぇ・・・あんたその絶大な力・・・一回しか使ったことがないのよねぇ・・・」
狐少女は目を見開いた。少女を取り囲む橙色の炎が増幅した。
「何故それを・・・?」
「私が知らないとでも思った?知ってるわ!!あんたの夫が殺されて、あんたは狂った!!!!
悲しみのあまり『相手を絶対に捩じ伏せる力』で村一帯の人間を大虐殺し、村ごと葬り去った!そうでしょ!?」
「・・・っ!!!」
「それでいいんじゃない?妖怪は本来そういうものでしょ!?妖怪は人間という弱き存在の上に立ち、
生き死に自由に操れる・・・。あんたはそれにしたがって自分の気持ちのままに大量の殺人を犯した。」
更に狐少女の炎が増殖し、藍花の身体に直撃した。藍花の身体は跡形もなく灰となって散った。
・・・・・ように見えた。
狐少女は完全に藍花に心の隙を突かれていた。心を惑わされ、動揺していた。
冷や汗が止まらなかった。
灰となって散ったと思われた藍花がふっと狐少女の背後に現れ、黒蝶を背中に叩き込んだ。
「が・・・・・は・・・・っ」
狐少女は腹を突き破られ、吐血した。炎は一気に衰え、ただ大量の黒蝶だけが舞っていた。
血がそこらじゅうに飛び散り、狐少女は倒れた。まだ意識があってキッと藍花を睨みつけた。
藍花は倒れる狐少女の前に立って、顔を覗き込んだ。
「あんたって・・・こんな弱かった?昔のあんたならあの力を使わなくても私を一瞬で捩じ伏せたじゃない。」
狐少女の出血が止まらない。目が霞む中、少女は口を開けた。
「あなたは・・・・私や千里を殺すことなんてできないわ」
「今の状況わかってる?」
藍花は思いっきり少女の頭を踏みつけた。
少女は苦しそうに声をあげた。
「かの大妖怪大天狗を数分で屈伏させた恐ろしい妖怪がざまあ無いわね……さあやりなさいよ!!!!村の住人を消し去ったように…あの絶大な力で私を屈伏させてみなさいよ!!!!!」
「……う…」
狐少女の目から涙がこぼれた。
何も抵抗せず、ただ力なく横たわっていた。
「……あんた…もう私でさえ殺せないのね。昔のあんたはまだ『マシ』だったわ。そんなにあの大量虐殺がキてるのね」
藍花は舌打ちし、頭の上の足を退けた。
「まあいいわ。本当の目的はあんたじゃないから。」
「なっ…」
狐少女は飛び起き、
勢い良く藍花の襟元を掴んだ。
「あなたまさか…千里に…!!!!」
「もう蝶に追跡させてるわ。あんたが大事にしてきた『娘』は私がおいしく食べてあげる」
「藍…花…!!!!!!」
狐少女の手は力なく藍花の襟元から離れた。
そのまま口から血が溢れだして力が抜けたように倒れた。
「まだ死なないでよねぇ。あんたの目の前に娘の首を持ってきてあげたいんだからぁ!!!!キャハハハハ!!!!!!!!!」
藍花はゆっくりと煙のようにその姿を消した。
残された少女は出血で目が眩んでいたが、まだ少し意識があった。
「千里…」
少女の周辺が橙色の光に包まれた。
「………」
「どうされました?千里様。」
烏丸がずっと上の空だった千里に声をかけた。
「え…あ…なんだかずっと遠くにあった重たい空気がスッと消えた気がして…」
「………」
烏丸は一瞬何か考えているような仕草をした。千里は不安そうな顔で烏丸を見上げた。
「烏丸!!!」
乃亞が血相を抱えて烏丸に掴みかかった。
「●●様の妖気が消えた…!!!」
「なっ…」
「気がつかなかったのか!!相変わらずお前は妖気を感じ取る力が鈍いな!!!」
烏丸の表情は蒼白だった。
「千里様が感じた重たい空気ってのは…●●様の妖気だったか!!!」
「●●様は…まだ力が戻っていらっしゃらなかった!!!身体能力さえ低下していたのにっ…!!!」
千里は急に恐怖を感じた。
狐様が…母親が地獄黒蝶にやられたかもしれない!!
「お母さんは生きてるよな!?」
「●●様は絶大な力をもっています。地獄黒蝶などに屈するわけがありません。ですが…」
「なんだよ…力が回復してないから…やられたとか言わないよな…?」
「わかりません」
「っ…」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
私はちゃんとお母さんに会って
抱き締めてもらって
ずっと一緒にいるんだ!!!
「烏丸…乃亞…茉莉…お母さんを助けてくれよ!!!」
「きっと助けます。まだ上山裕子からほとんど情報を提供してもらっていないですし、この騒ぎが
一段落したら全て話してもらいます。いいですね?上山裕子。」
裕子は黙って頷いた。
「ねぇ乃亞ぁー。今何時?」
茉莉が目を細めて聞いた。乃亞は手を前に突き出すと、青白い光が増幅した。
眩しい光の中にローマ数字がまばらに浮かんでいる。
「あ・・・・!!13時・・・・・あと一時間しか無い・・・!!」
慌てる乃亞に違和感を感じ、千里が唾を飲んだ。
「千里様が正式にご誕生した時間まであと一時間だ!!!」
「なんだと!?」
乃亞と烏丸が異様に焦っていた。茉莉は静かに窓の外を見ている。
「千里ちゃんが●●様の妖気が消えたのを感じることができたのは・・・運命の時間が刻々と近づいているから。いよいよ●●様の妖術が解けるわ。」
「茉莉?言ってる意味が・・・・・わからないぜ・・・」
千里はなんとなくだが、身体の内側から何かが湧き上がってくるのを感じた。