1章 『千里』 蝶4
血塗られた部屋に、千里、宗雅、乃亞。人間と陰陽師と鬼。一般常識とは掛け離れた面子がこの部屋に執着していた。
宗雅は先程の黒アゲハとの戦いで疲れが出たのか、これ以上は抵抗ができないようだった。
宗雅は歯ぎしりしながら乃亞を睨み付けた。
「聞かせろ……この黒アゲハが九尾のものでなければ誰のものなんだ?」
「教える必要は無い。」
また冷たく言い放つ。
乃亞は黒アゲハの死体を一匹手に取ると、黒アゲハは光となって消えていった。
「参りましょう、千里様」
ぐっと千里の腕を引っ張るが、千里は動こうとはしなかった。
「やだ…!!宗雅は私を命がけで護ってくれたんだ!!」
千里は宗雅に駆け寄ると、腕を肩に載せた。
どうしても連れていくつもりだ。
「いけません。無能な人間は足手まといなだけです。」
「私だって人間だよ!!!」
部屋中に響くように大声で叫んだ。乃亞は目を見開いている。
「乃亞くんはさ…なんで私を助けるんだよ…私も同じ無能な人間なんだから置いていけばいいだろ…?」
少し擦れ気味な声だった。乃亞は千里の腕を放さない。
「……千里様…」
「その千里様ってのなんなんだよ!?私はお前のなんなわけ!?早く消えて…!!!いなくなるのは宗雅じゃない…お前だ!!!!」
千里は乃亞の腕を無理矢理引き剥がすと宗雅を担ぎなおした。
「狐様は私がなんとかする!!!」
「千里様…九尾は…」
「うるせぇな!!」
千里は窓に手を掛け、飛び降りる体勢に入った。
宗雅の体重でうまく着地できそうにないが、今はこれしかない。
「千里様!!!ダメです!!」
乃亞の制止も聞かずに右足を前に出した。
駄目だ、飛び降りてしまう!!!!
「……っ」
窓にはすでに誰もいなかった。乃亞は急いで窓から顔を出して下を見た。
「いない…」
下を見ても千里が着地をした形跡が見られなかった。
「あんたって本当に能無しね〜兄上。」
「は、離せ!!!」
千里と宗雅は空中にいた。
空中で逆さに浮いている少女が千里と宗雅の手を掴んでいたのだ。千里と宗雅は空中でプラプラと宙吊り状態になっていた。
逆さに浮いている少女は2人を部屋に戻した。
「茉莉…」
2人を救ったのは茉莉だった。茉莉は壊れたベッドにポスンと座ると、足を組んでため息をついた。
千里はゲホゲホと咳き込み、茉莉を睨み付けた。
「茉莉…てめぇ…」
「ダメよ、千里ちゃん。おいたは禁物!!」
「茉莉!!千里様とお呼びしろ!!!」
茉莉は千里の顔にぐっと自分の顔を近づけてまじまじと見つめてきた。
「……似てない」
明らかに不機嫌になる茉莉をよそに千里はイライラを募らせた。
宗雅は意識が朦朧としている。
「茉莉ってめぇ!!!なんで孤児院の子供達を殺した!?職員まで!!」
茉莉の胸ぐらを掴んで問いつめた。茉莉は千里の肩を掴み静かに言った。
「殺ったの私じゃないわよぅ…ねぇ兄上。」
「ああ。」
普段の茉莉とは性格もしゃべり方もまるで違った。見た目の割りには大人びており、目の色も違う。乃亞と同じ青色だ。
「なあに?不思議ぃ?千里ちゃんが知ってる『茉莉』は私が一生懸命演じた幼く無垢な人間の女の子。真の姿はそこの乃亞と一緒の鬼よぅ。」
「じゃあなんで!!!あの時返り血を浴びたままつったってたんだよ!!!」
更に強く襟元を掴みあげると茉莉は顔を歪めた。
「私がその部屋に着いたときは既に職員の人間は死んでたわ。返り血は揚羽蝶の相手してたら血の池バッシャバッシャ踏んじゃって跳ね返ったのよ」
千里は力を緩めた。茉莉は襟を正して立ち上がった。
「じゃあ…誰が殺したんだよ…」
「それはお教えできません。」
乃亞が冷静に答える。
「今さら隠してもしょうがないでしょう」
茉莉が乃亞を押し退け前へ出た。再び腕を組み、上から目線で(千里にはそう見えた。)千里を見つめながら話した。
「地獄黒蝶よ」
「茉莉!!!」
乃亞はペラペラしゃべる茉莉の口を後ろから手で塞いだ。茉莉はなにするのよ!!!と言いながらもがいていた。
「地獄黒蝶…?狐様じゃ…ないの?」
「ば…馬鹿ね!!!狐様はそんなことしないわよ!!!」
「茉莉!!!口を謹め!!!」
押さえる乃亞の手を引き離して今度は茉莉が千里の襟元を掴んだ。
千里は少し苦しかったらしく、うっと小さく声をあげた。
「いいこと?あんたは絶対死んじゃだめなの!!私と兄上が護ってやるから何があっても生きるのよ!!!」
「口を謹めと言っているだろ!!!」
乃亞は千里から茉莉を引き離して千里の襟元をきちんと正した。
「申し訳ありません。乱暴な妹で…」
「べ…別に気にしてねぇよ」
何故か乃亞に見つめられると視線を逸らしてしまう。深くて青い、深海のような瞳は何か引き寄せる力があるような気がした。
「乃亞と茉莉は何で私なんかを護るんだ?なんのメリットもないだろ。」
先程も同じ質問をしたが、ちゃんとした答えが返ってきていなかったのでもう一度聞いてみた。
「……あなたを愛する方が僕と妹に千里様を護るようにと命じられているからです。命じられなくても必ず貴女を護りぬくと心に決めておりますが。」
「私を愛する…人?」
乃亞と茉莉は胸に手を置いて跪いた。
「そ…そうよ!!!これは私達が命じられた名誉ある……えーっと…」
そわそわして赤面する茉莉の隣で更に話を続ける。
「貴女は1人ではない。まだ時期がこないだけです。僕と茉莉が命をとして貴女をお守りします。」
千里は心に何か暖かいものが流れた気がした。
自分を愛する人がいる。どこのどいつかなんてどうでもよかった。
手を差し出した乃亞と茉莉の手を取りゆっくりと立ち上がった。
蝶 END