後編「デートってわけじゃないんだから」
一人取り残された私は、何か他に手頃な値段のCDはないか、物色を続けていたのだが……。
「はい、これ」
スッと顔の前にCDを出されて驚くと、篠塚くんだった。清算を済ませてきたのだろう。
「いやいや、私が先じゃなくて、篠塚くんが聴いた後で構わないから……」
と言いかけて、言葉が止まってしまう。
買ってきたシュッツのCDは、きれいな紙に包まれて、リボンまでかけてあったのだ。どうやら贈答品用の包装をしてもらったらしい。
「……なんで?」
「ただ俺がプレゼントしたい、って思ったから」
ポカンとした顔で問いかける私に、少し照れたような声で答える篠塚くん。
私としては「なぜプレゼント包装を?」と尋ねたつもりだったのに、篠塚くんの方では「なぜプレゼントするのか?」と受け取ったようだ。これはこれで、私の疑問を解消する回答になるのだけれど。
……と一瞬納得しかけたが、よく考えると、やっぱりおかしい。私は、大きく首を横に振った。
「いやいや、篠塚くん。500円や1,000円ならまだしも、こんな高価なものだと、理由もなくいただくわけには……」
「いいじゃん。俺の気持ちなんだから」
「でもねえ? 私、誕生日だって、まだ二ヶ月後だし……」
「じゃあ、少し早い誕生日プレゼントということで!」
私の言葉に、凄い勢いで食いついてきた篠塚くん。
ちょうど良い口実と思ったのだろうか。照れ笑いとは違う、本当に喜んでいる感じの笑顔。でも、その下には、拒絶されたらどうしよう、という困惑の色も透けて見える。
男性に対する表現としては変かもしれないけれど、心の中で「篠塚くん、可愛いなあ」と言いたくなるような表情だった。
そんな彼を見ているうちに、ようやく私も気づいた。
ああ、そういう意味だったのか。私がシュッツを好きだと知っていたのも、少しシュッツについて勉強していたのも、そういう理由だったのか。
ならば……。
「そこまで言われたら、さすがに断れないわねえ。じゃあ、ありがたくいただきましょう。うん、欲しかったCDだし……。ありがとう、篠塚くん。嬉しいわ」
とってつけたような私の「嬉しいわ」よりも、むしろ贈り主である篠塚くんの方が、とても嬉しそうだった。
だから、もう少し別の形で、私は感謝の気持ちを表現してみる。
「とりあえず、どこか喫茶店にでも行かない? お礼に奢るからさ」
「おっ、小原と二人でお茶するなんて、初めてだな」
「そうだっけ?」
と、とぼけながら、軽く釘を刺しておくのも忘れなかった。
「デートってわけじゃないんだから。あんまり大げさに考えないでね、篠塚くん」
彼と並んでCDショップを出ながら、チラッと横目で様子をうかがう。いくらか緊張しているようにも見えるのだが……。
私の方は、今まで篠塚くんを恋愛対象として意識していなかったから、まだまだ気楽だ。
とりあえず今日のところは、CDをプレゼントされただけ。もしも今、篠塚くんの気持ちまで贈られたら、少し困ってしまうけれど……。
いつかは、そちらも受け取れる日が来るのかな?
そう考えると、なぜか私の顔も、少しニヤけてしまうのだった。
(「いつか受け取る贈り物」完)