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転生したら、立場が逆転してました。  作者: 二十日大根
第一章
3/4

3

 

 どれくらい、気を失っていたのか。目が覚めた時には、外はもう暗かった。


 ただ気絶しただけなので、体長はすこぶる健康だ。侯爵令嬢らしからぬ勢いで起き上がり、ちらと鏡を見る。相変わらずの野暮ったさに思わずため息をつき、またベッドに身を沈めてしまった。ふかふかの白い布団は、私の体重を受け入れ、ふわりと沈み込む。


 手入れが行き届いていないとは言え、なにも全くしていない訳ではない。母は何年も前に他界し、この家にいるのはもはや父と私とフィリアだけであるから、フィリアは「せめて私の生活する場所だけでも」と毎日せっせと掃除してくれている。だから私のこの部屋で埃を被っているのは、あの鏡だけである。




 あの鏡が汚れたままなのは、私がそう言ったからだ。現世の私は、鏡を見ることを嫌っていた。と言うよりも、鏡に写る現実から目を逸らし続けていた。


 気絶して冷静になった私に、まるで戒めるかのように現世での忌々しい過去が蘇る。私が自分の価値を下げ続ける理由になった、黒い過去。10年経った今思い出しても、ついシーツを握りしめてしまうくらいに、その記憶は未だに私の中にこびりついていた。


 あの記憶は、二度と忘れない。冷静になった今では、自分がこんな格好なのも納得してしまいそうだった。









「……だけど、それでは駄目だわ」


 気付けはぽつり、と口から音となって漏れ出ていた。自分を客観的に奮い立たせたかったのかもしれない。それは紛れもなく、心から出た本心だ。


 このままこの格好のまま生き続ければ、辛い事はないだろう。


 人々はすでに私を諦めているだろうし、なんなら社交界なんて、年に1度、女神がこの国に涙を落されたという日に王宮で行われるパーティにしか参加しない。しかもあれは貴族は全員参加しないといけないもので、それこそ大スキャンダルの渦中の人間なども参加しなければならない。冷ややかな視線は彼らが独り占めし、どんなに見た目が悪くとも、ただの没落貴族である私は毎年空気となっていた。


 そう、今の私は、空気だ。そして、なんの力もない。抗う気力もない。このまま家がなくなれば、私も消えてなくなってしまう。誰のせいでもない、自分の父のおかげで。


 今までの私なら、それでいいと思っていた。むしろ、それを望んでいた。


 自分の手で消えるのは恐ろしい、だけど、このままでいるのは疲れた。いっそ誰かの手で消してくれれば、私はただの被害者のまま終われるのだ。あの罪も、本当は自分のせいではないと、誰もが思ってくれるのかもしれない、と。


 ずっと、10年間、願っていた。誰かに加害者になって欲しいと。


 だけど、今の私は、昨日までの私とは少し違う。


 昨日までの気持ちが全くないと言えば、嘘になる。だけど、私は昨日に比べて、強くなってしまった。


 誰かのせいないで自分が消える?自分は悪くない?


 そんなの、まっぴらごめんだ。


 今、私は静かに、しかし確かに、メラメラと燃え上がる自分の中の何かを感じていた。


 過去の罪は、紛れもない自分の罪だ。どんな背景があったとしても、その決断をしたのは私。行動したのは、私だ。いい加減に認めないといけない。


 何もしなければこの家は落ちていく一方だ。

 だけど私が何かすれば、何とかなるのかもしれない。なにかあるのに、それをしないのは馬鹿だ。抗って負けるのが恥ずかしくて、勝負から降りるのと同じ事。


 それに、私には本当に「何か」がある。抽象的なものではない。具体的に使えそうな「何か」だ。




 使えるものは、なんでも使おう。それがそれだけ辛くとも。それは今まで使わなかったことへの罰って事にして、耐えられる。


 寝転んだまま、大きく深呼吸をしてみる。空気は新鮮とは言い難かったが、それでも、自分の中にあるものよりかは、随分新しかった。


 とりあえず、やってみよう。


 そう決断して、私はもう一度起き上がる。と、丁度その時にフィリアが部屋に入ってきた。寝ていると思っていたのだろう。私をみて一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、すぐにホッとしたように表情が緩んだ。


「良かった。お目覚めですね。気分はいかがですか?」

「大丈夫。心配をかけてごめんなさい、ちょっと気が動転していたの」


 そう笑いかけると、一瞬驚いたように見えたが、すぐに安堵のため息を漏らし、そして笑みを返してくれた。

 その童顔に浮かぶ愛らしい表情は、いつ見ても15.6の娘のようにしか見えず、とても年上には見えない。


 が、その後すぐに浮かべた真面目な表情は、年相応に見えて、不思議な気分だった。


「念のため、医者を呼びましょう」


 大丈夫とは言うが一度気絶したのだ、なにか悪い病気の前触れかもしれない。とフィリアが言う。私はそれに「大丈夫よ、今日は少し寝不足だっただけなの」と苦笑することしかできなかった。実際は寝不足などではなく、あまりのショックと混乱に意識を飛ばしてしまっただけだが、それは説明してもきっと理解されないだろう。

 だって、私もそんな事を言われたら分からない。


 医者を呼ぶ、呼ばないでしばらく揉めたが、「医者を呼ぶお金なんてそもそもないわよ」と言う言葉で、私の勝利である。


「ですがお嬢様……」

「いいのよ。大した事ないんだから。もったいないわ」

「え?」

「え?」


 つい前世の言葉を使ってしまい、一瞬変な雰囲気になったのは、今後の反省としてしっかり覚えておこう。目の前のフィリアが首を傾げている。ああ、かわいい。


「あー、えっと、何でもないのよ。」

「そうですか……?」

「ええ」


 私が微笑むと、フィリアが一瞬驚いた様子を見せ、そして笑いかけてくれた。そう言えばさっきもこんな表情を見た気がする。


「どうかした?」

「あ、いえ……なんでもございません。そろそろ夕食のお時間ですが、いかがなされますか?」


 夕食。そう言えば外はもう暗いのだった。そして、私は昼食の前に倒れたのだった。どうやら私は、空腹だったことも忘れていたらしい。そして、たった今、思い出した。


 思い出した空腹は、さすがは3大欲求の一つとでも言えばいいのか留まる事を知らない。ついにはぐぅ、と腹の虫まで鳴らしてしまった。フィリアは「あら」と微笑むが、私は恥ずかしさに少し顔が赤くなった。何たる不覚。これは淑女として情けないわ。


 失態をなかった事にしようと、小さく咳払いをするが、全く意味をなしていない。だけど強引に話を変える。


「……お父様は?」


 そう聞くと、フィリアはほんの一瞬、固まったが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「お嬢様が気を失っている間に、お戻りになられました。ご自分の書斎にいらっしゃいます」


 少し声色にとげがあるように聞こえるのは、きっと私だけなのだから、いいだろう。私もつい溜息をついてしまった。


「書斎に行ったって、なにも出来ないでしょうに……」

「お嬢様」


 自らの父を非難する私を、フィリアがそれとなく窘めるが、きっと思っている事は一緒なのだろう、あまり強くは言われない。


 父も、かわいそうな人間であるとは思う。幼い頃、まだ自分が侯爵になるのだ、と自覚する前に両親は他界してしまった。それが全ての原因ではないが、まあとにかく、父は自分がこの家の長である自覚が未だに、全くと言っていいほどになかった。


 自分の領の統治は主代行人、その他の業務は執事に任せ、自分は華やかな社交界に足を運び、散財する日。性根が悪い人間と言うわけではないが、私の父と言う人間は、わがままな子供そのものだった。


 それでも、母が生きていたころは、母の事も私の事もそれなりに愛してくれていたし、少しは仕事をしていたのかもしれない。しかし、「例の事件」が起き、母親が死んで、いよいよポンコツになってしまった。散財は増え、夜は帰ってこないこともよくある。


 生まれてすぐに、子供が出来ない血縁の伯爵家に引き取られた私の叔父が必要最低限の尻拭いをし、常にわが家を気にかけてくれていたが、それもなくなることになる。

 父が借金を作って帰ってきたのだ。これ以上面倒を見ていると、叔父の家―伯爵家の財も傾くことになる。お世話になった叔父に、そこまでさせるわけにはいかない。私は、半ば父と心中するような気になっていた。あるいは、お家が取り潰しになったら、父と縁を切って、静かに暮らそう、と。


 しかし、そんな気は今は毛頭ない。出来ることをやらずして、終われない。し、なにより前世が蘇った事で、一つ、気が付いたことがあった。


 私はきっと、一人で生きていけない。ほぼ確実に。


 いや、前世が庶民とかだったら、なんとか生きていたのかもしれない。だが、私には無理だ。



 だって、自分で行ってしまうが、私は前世でも貴族みたいなもんだったのだ。何不自由なく生きて、そして突然死んでしまった。苦労がなかったわけではない、だけど、生活の水準はものすごく、高かった。


 さて、冷静に考えよう。一人で生きていくのに必要な事を。


 料理、洗濯、掃除……俗にいう、家事である。私はこれが出来ない。

 いや、料理は多少は出来る。家庭科と言うものがあったのだから、基本的な知識は分かるし、大丈夫だ。……多少は。


 だけど、それ以外はてんで駄目だと思う。やった事がないので分からないが、やった事がないのだ。しかも、私には宏隆と言う執事がいた。それはそれは丁寧にお世話してくれていたものである。



 そう言うわけで、私は何としてでも侯爵家を何とか持ち直し、何とか今の生活を守らないといけない。自分のためでしかない動機だが、動機なんてなんでもいい。大事なのはこれからだ。


 これから、何をするか、だ。


「お嬢様?」


 ……なにをするのか、具体的に考えるのは後にして、まずは夕食を食べよう。腹が減っては戦は出来ぬ。


「そうね、まだ本調子ではない……と言う事にして、部屋でいただくことにするわ。お願いできる?」

「畏まりました」


 フィリアはそう言うと部屋から出て行った。私は改めて、部屋の中を見渡す。


 侯爵令嬢とは思えないほど、殺風景な部屋。金の蔦の装飾があしらわれた白いクローゼットと、同じでサインのチェストと机。いずれもフィリアの手によってきちんと掃除され、埃は見当たらない。

 この部屋で埃を被っているのは、ドレッサーと鏡だけである。


 今まで、自分から遠ざけてきたものたち。これからは、しっかりと向かい合おう。


 決心したのと同時くらいに、フィリアが夕食を運んできてくれた。現世の私の食事量は、異常なほどに少ない。そして、肉がない。魚もない。つまり、たんぱく質がない。自分の腕を見る。骨に皮膚がそのまま貼りついたような腕。そりゃあ、そうだ。ここも見直さなければ。


 夕食が目の前に運ばれる。まあ、考えててもしょうがない。今日はこれをしっかり噛んで食べよう。ナイフとフォークを手に取ろうとして、私は先にフィリアにお願いすることにした。


「フィリア、悪いんだけど、ドレッサーと鏡を掃除しておいてくれる?」



 フィリアは、目を真ん丸にして、こちらを見た。……そんな顔、初めて見た。

完全に夜型人間なので、投稿が変な時間だけれども、本当は直したい。切実に。

ちなみに、メインヒーロー(笑)はまだ出てきません。ごめんなさい。

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