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転生したら、立場が逆転してました。  作者: 二十日大根
第一章
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2

 

 篠崎グループといえば、私の生きていた時代の日本で言えば聞いたことはないくらいの大企業であり、篠崎家といえば、室町時代から続く由緒正しい家柄である。


 まあ、平たく言えば、超金持ち。そして、大企業と言う小さな世界の王。



 私はそこの娘だった。

 一人娘で、自分で言うが見目も頭も良く、大変優秀だったと思う。


 それでも、家族から褒められる事は一度もなかったが。


 外の人間からちやほやされることはあれど、実の家族からは厳しく育てられたのは、今考えたらありがたかった。そのおかげで、篠崎家として恥じない人間になろうと日々努力する事が出来た。


「貪欲に生きなさい。そしてその欲を掴むために努力しなさい。そして忘れてはいけない。一人で人は生きていけない」


 お父さんがかつて私に言った言葉は、転生した今でも記憶に残っている。

 私はその言葉を胸に、日々努力した。毎日勉強に明け暮れ、良い友人関係を築き、充実した毎日を送った。名門と言われる大学に合格し、篠崎グループの子会社に勤め、20代半ばにして、それなりの立場につく事もできた。


 全ては、今まで私のご先祖様達が築き上げてきた篠崎家を継ぎ、篠崎グループのトップになると言う、私の欲の為である。私は、自分の父に、この家の人間であることに誇りを持っていた。

どれだけ大きくなろうとも決して驕る事はなく、しかしこの家の影響力をよく分かっていて、時に利用する。篠崎家の人間は誰もが誇り高かった。私もその一員でいようと、必死に努力したものだ。

 

しかし、私の大き過ぎる欲のせいか、私が自らの家を神格化していたからか、その輝かしい経歴は突然終わりを迎える。


ある日、何でもない日だった。強いて言うなら、月がなかったような気がする。

ともかく、月の満ち欠けなどに一々見てられないくらいに忙しかった私は、仕事を終えて、会社から実家に帰る途中だった。


迎えの車の前で、宏隆が静かに待っている。


宏隆は、代々篠崎家に仕える桜庭家の時期当主で、その名の通り、執事である。執事など、この現代社会に存在するのか、と思われがちだが、まあ、存在する。

ちなみに、篠崎家に仕える、と言うのは大昔の話で、今は仲のいいお家で、特に篠崎家に仕える必要はない、と言うか桜庭家は現在は篠崎家と並ぶほどの大きな大企業なのだが、宏隆はなぜか執事と言う特殊な職業を選択し、私に仕えている。


本人曰く、(さが)らしい。まあ、それを聞いて納得してしまうくらいには、彼は執事としてとても優秀だった。


黒いスーツはともかく、手袋はこの現代社会には少し浮くが、これが執事の正装らしい。初めて見た時にそう言われた。艶のある真っ黒の髪の毛に、真っ黒な瞳。執事にしておくにはもったいないほど顔の整った男である。前に私服で二人で買い物に出かけた時には、芸能プロダクションにスカウトされるわ、ナンパされるわで、買い物どころではなかった。


なので、今立っているだけでも大変絵になる。宏隆のお母さまは超有名なモデルで、その血筋を引いた宏隆はスタイルも良い。足が、足が長い。


宏隆は私に気付くと、人形に命が宿ったかのようにふんわりと笑う。道行く女性が息を呑んだ音が、しっかり聞こえた。なぜか私が得意になる。


「おかえりなさいませ」


そう言いながら、車のドアを開けてくれる。執事と言うものはそういうものなのか、はたまた宏隆の育ちの良さゆえか、その所作は流れるようで、それでいて美しい。そのいつもの動きを見ると、私はいつもホッとするのだった。


「ただいま。ありがとう」


宏隆に笑いかけて、私は車に乗り込む。車のドアが閉められ、宏隆も車に乗って来る。私はスーツのジャケットを脱ぎ、車のシートに深く座った。


「ふぃー……疲れた」

「お疲れ様」

「ありがとー……」

「今日は特に疲れてるな。よし、きょうは入浴剤、いいやつにするか」

「え、本当?それはうれしい」


公式の場所以外の宏隆は、私に敬語は使わない。執事として、私の前に再び現れた時はずっと敬語だったのだが、私がお願いした。執事として仕えてくれている事はとてもありがたいのだが、執事である前に幼馴染である。ちょっと寂しかったのだ。まあ、これは本人には言っていないが。


たわいもない話をしている間に、車は発進する。会社から離れ、家に帰るいつもの道を走る。


「明日、夜は会食の誘いが来てるけど、どうする?」

「誰?」

「春日グループ」

「あー……どうしようかなぁ」


付き合いと言うのも、世の中で生きていくのならとても大切だ。現状を知ることが出来るし、知り合いも増える。良い意味でも悪い意味でもだが、それを取捨選択していくのは、受け取る側の仕事である。

いつもなら会食はなるべく参加しているのだが、今日は素直に頷く事は出来なかった。招待主が、悪い意味での知り合いだったからだ。


「まだ迫られてんのか」

「んー……お家からって言うか、本人の単独行動って感じなんだけど……」

「あそこの坊ちゃん、面食いだしなあ……」


今回のお誘いは、おそらく春日グループの次男坊からだろう。春日グループは今の代で急激に成長している企業で、こちらに敵意もなく、今のところは友好的な関係なのだが、そこの次男坊がどうやら私にご執心らしい。

初めて出会ったのは1年前で、その時は春日グループ成長のために私との結婚を狙っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。噂では、その次男坊にはすでに婚約者がいるらしいのだ。しかし、私と会うたびに熱心に私の事を褒めちぎり、なにか理由をつけて二人で食事に行きたがり、何か贈り物をしようとする。


結婚したくないと言えばうそになるが今がその時ではないと私は考えているし、結婚するなら、互いに手を取り合って切磋琢磨しあえる関係でありたい。お互いに高め合う存在がいい。失礼ながら、春日の次男坊はそれに値しない気がする。


毎回きっちりお断りしているのだが、なぜか伝わらない。それどころか、回を増すごとに熱心になっている気がする。それでも毎回、招待されたら参加してはいたのだが、さすがに億劫になってきていた。


「うーん……」

「……そう言えば、明日は旦那様が久々に家にお帰りになるとのことですよ」

「えっ」


父は本社に近い別邸に住んでいるので、滅多に帰っては来ない。月に何度かは顔を出すが、それが被るとは。それを口実に断れるじゃないか。


「って言うのを、旦那様からさっき聞きました。お誘いが来ている事を知らせた直後に」


と考えていたら、宏隆がそんなことを言った。思わず宏隆の顔をバックミラー越しに見ると、意地の悪そうな笑みを浮かべている。やろう、わざと言いやがったな。


「……今回のお誘いは、お断りさせていただくわね」

「承知いたしました。って言うか、すでに旦那様が断ってましたよ」


これまた予想外の言葉だ。「あそこの次男坊では、礼は手に負えない」とお父様は言っていたそうだ。全く、なんと失礼な。そして、そこまで分かっていて、あの話の切り出しとは、この男も趣味が悪い。なんとなく面白くなくて、私の頬には自然と空気が溜まり、口が尖る。それを見て宏隆は笑っている。


「じゃあなんで聞いたのよ」

「一応、聞いてみようかと思って」


どんな理由だ。我が幼馴染は、昔からこんな風にいじわるだ。だが、まあ、嫌いじゃない。わざとらしく溜息をついて、肩をすくめて見せる。


「あーあ、なんて性格の悪い執事かしら」

「しょうがない」

「しょうがない、って……」


思わず笑ってしまうと、宏隆も笑う。ああ、この仕事終わりの車内は本当に落ち着く。




とかなんとか思っている時だった。車のサイドウインドウ越しで、やけに眩しい光が迫って来ている。自分たちの方向の信号は青だった。不思議に思って横を見ると、大型トラックのヘッドライトが目の前に来ていた。終わりは、一瞬で、あっという間だった。







以上が、ついさっき、フィリアと散歩している時に思い出した記憶だ。そして現世の私、レイ・ワルド・ソルシェールは、鏡の前で突っ立っている。そして「私こんなにブスだっけ」発言、と言うわけだ。


「お嬢様は、決して不器量ではありません!むしろ……」


フィリアが、戸惑いながらもしっかりと否定する。その言葉は、ある意味では間違ってはいないのだろう。目の前にいる自分を改めて観察する。


毛先に行くにつれて紫がかっている銀髪に、長い手足。160センチくらいだろうか、この世界のこの年頃の娘にしては高めの身長、真っ白い肌。大きいわけではないが、小さい訳でもない、切れ長の二重。髪の毛と同じ銀色のまつげは長く、まっすぐ伸びている。スッと通った鼻。そして、ぽってりと厚みのある唇。


「分かってる、美しいわ。」

「え?」


そう。転生後の私は、過去の自分の比ではないくらい美しかった。もう一人の自分がもう一人の自分を客観視して、思わずその言葉が出るくらいには。






ただ、ただ。


「だけど、それは元の話よ!この姿はなに!ああ、分かってる、自分で好んでこの姿よ!でも……ああ……」

「お、お嬢様……」


フィリアが困惑を通り越して若干引いているが、今はそれを気にする余裕がない。自分の姿に絶望するのに忙しいのだ。


確かに目の前の自分は、美しい。しかし、それは素材の話である。今目の前に写る自分は、それを消してしまう程……ああ、前世の言葉で何て言うのかしら……あ、そう、芋くさかった。


全く手入れされていないせいで、毛先はところどころ枝分かれている銀髪、長いだけで筋肉の全くついていない、棒のような手足、丸まった背中。全く整えられていない眉毛、白いだけで輝きのない肌。極めつけには全てを隠す分厚い眼鏡。


宝の持ち腐れとは、まさにこの事である。自覚すればするほどに、絶望の色は深くなる。


前世の私は、使える者はすべて使う精神のもとに生きていた。それは、自分の見た目だってそうだ。価値のあるものは、それだけに扱う価値がある。


だが、今の私はなんだ。持って生まれてきた武器を、自ら捨て、ないがしろにしている。目の前の鏡と同じだ。くすんだ価値のある鏡。自分で磨けるのに、それを放棄している自分の方が罪深いかもしれない。


どうしてこうなったのか、自分でしっかりと分かっている。そして、その原因は、冷静な状態で聞けば納得の行く理由であった。だけど、今の私は冷静ではなく、そんな事は頭の中から、すっかり抜け落ちていた。


「これは……ひどいわ……」





もう少し、鏡に近付こうと一歩踏み出したが、先ほど目覚めたばかりの自分がひどく拒絶し、私はその場に倒れこんだのであった。

どんだけ絶望すんねん。

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