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春には君の夢を―――戦国恋話  作者: 御桜真
第四章 先は昏くとも
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6話 約束

※  ※  ※



 ここは、うららかな桜花の山じゃない。緋華にとって慣れ親しんだ故郷とはあまりにも遠い。

 静謐で粛々とした町。心根も冴える冬の町だ。あの薄紅に包まれた土地とは違いすぎる。

 出会った土地とは隔絶されている。


 だけど、彼は覚えていたのだ。そのことは緋華に不思議な気持ちを抱かせた。

 緋華にとってもあの約束は、生きてみると言った少年の命は、その命を願うことは、道標しるべだった。

 死んでしまったかもしれないとも思った。だけど忘れられたわけでも、裏切られたわけでもない。嬉しかった。

 ――同時に、腹も立った。緋華のことばかり気遣って、自分を軽んじる、彼に。生きると言ったくせに。


 ここは人が笑いさざめく場所でもない。かつては雅やかであったはずの東の都は、今は沈痛な顔の人たちで溢れている。

 それを成したのは、目の前の人だ。人々を苦しめ、殺して、踏みにじって生きてきた。誰よりも苦しく、きわどい道を選んで。

 彼の言葉が嘘でないのなら、自身の死すら、計画に入れていたはずだということくらい、緋華にも分かる。

 碧輝が言ったように、彼がどれだけ飛田の臣の力を削いでも、最後には彼自身が命を落とさなければ、器は残り続ける。旗印が最後に倒れる必要がある。


 ――非情なんかじゃない。

 他人のために、自分を殺せる人だ。自分の喜びも悲しみも押し殺して、意志を押し通せる、強い人だ。

 もし緋華が許せないと言えば、彼は甘んじて受けるのだろう。このまま前に進むのだと言えば、彼は当然のように後ろから援護してくれるのだろう。緋華を立てて、自分は変わらず人に憎まれて。

 彼のために、緋華も多くを奪われた。

 だけど、それは緋華も同じ。分かっている。怒り泣き喚くだけでは何も動かないことも知っている。――知ってしまった。

 そうやって、相手だけを責めて、繰り返し、繰り返し奪い合うのをやめなければいけない。


「わたしはわたしで、自分の意志で、この道を選んだ」

 幼さゆえの頑迷さから、まわりを巻き込んだのがはじめだとしても。

「命ある限り、神宮の主として戦う。だからあなたも、飛田の主として、一緒に戦ってほしい」

 逃げるな、と。

 緋華の影にいることを選んで逃げるなと、そう言った。


 晟青はただ静かに微笑んだ。

「君がそう望むのなら」

 雪明かりに照らされた顔には、少しの迷いもない。

 だから緋華は、笑みを返す。


「あなたさえ良ければ、桜花の前に、白蛇の雪を見よう。雪の朝に。――こんな、慌ただしくではなくて」

 彼の好きだと言う、雪景色を見たいと思った。

 こんな風に、まるで戦のような喧噪に包まれた夜の町ではなくて。「白蛇の雪を見ずして死を語るな」と言われる、静謐の朝を見たい。

 緋華の言葉に、晟青は緋華を見る。その夜の色の瞳に、緋華は言う。


「その前に、行こう」

 緋華はまっすぐに手を伸べる。

 晟青は、自分に差しのべられた手を見上げた。


 彼は今までずっと、燃える城の火の中で立ち上がろうとした時の他は、緋華に触れようとはしなかった。あの幼い約束の日以来。

 晟青は少年の頃と同じように、緋華の手を見て、惑うように瞬いた。そして、笑う。あの日よりも強い、しっかりとした笑みだった。


「ああ」

 緋華の手を握る。心を震わせるほどに、血の気のない冷えきった手だった。晟青は、少しの痛みも感じさせない顔で、立ち上がる。

 それと同時に彼が、鬼の鎧をまとったのが分かった。空気が変わる。

「行こう」

 まっすぐに、不動の眼差しで、緋華を見て言う。

 その美貌は血の気を失って青かったが、表情に弱さは少しもない。

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