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春には君の夢を―――戦国恋話  作者: 御桜真
第四章 先は昏くとも
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5話 君のため、そして自分のために

「今更、とりたてて話すような事は、何もないんだ」

 吐息をつく、それだけでも傷が痛む。


 寿香院の御館でもらしてしまったこと以上に、何も話すつもりはなかった。

 緋華を目の前にして、今までの苦しみも、その痛みも、吐露するつもりはなかった。

 これだけ苦しんだ。これだけがんばった。そんなことを言って何になる。


「言い訳をするつもりはない。今までのことを、説明をするつもりもない。きっと君は怒るだろうし、きっと悲しむだろう。分かってくれるとも思わないし、それでいい。俺は自分の望みのために何もかも犠牲にしてきた。非道だと言われることに嘘はないんだからな。許されることじゃないのだって、はじめからわかっていた」


 ――それでも、と晟青は思う。

 命をやるから戦をやめないかと緋華が口にしたその言葉は、例えようもなく心の中に重く落ちた。

 誰が何を言おうと、どれほど否定されようとも、少しも揺るがない。どれだけ無残な死を迎えても、汚名がどれほど語り継がれようとも。

 だけど、緋華のその言葉だけが、晟青を揺さぶった。

 何もかも犠牲にして突き進んできた、それが間違っていたのかもしれないと思ってしまった。


 道として正しいか否かと問われれば、正しいとは答えられない。

 けれど信念を持って歩いてきたはずだった。心優しい彼女が、傷つかずにすむとも思っていなかった。

 だけど、彼の命を望んでくれた人が、生きてと言ってくれた人が、何より明るく笑っていて欲しかった人が、自ら死を口にするなんて。その言葉を、彼に言うなんて。

 鎧っていたはずの心が重い痛みに襲われる。ごちゃごちゃと考えないで、とっとと死んでいれば良かったと、思わせるほどに。


 そして乱暴な気持ちがかすめる。緋華が死ぬというのなら。終わりにしてしまうのなら。このまま奪ってしまえないものかと思った。無茶を押し通して近くにいてくれないか、そばにいてくれないかと。このまま連れ帰って無理矢理にでも、と。

 かつて、わたしと一緒にいればいいと言ってくれた言葉、そのままに。

 単純に思いつきだった。会話の中で偶然思いついたそれは――あり得ないことだから、思考から外していたそれは、けれど戦乱の世を終わらせるには手っ取り早い方法だった。

 政略結婚、と言葉が頭に浮かんだ。可能かも知れない。そう思ったときには、晟青自身の感傷は消されていた。

 昔からそうやって、押し殺して生きてきた。


「何が何でも、この同盟は結実させる。俺のことは信じられないだろうが、これだけは信じてほしい。どうしても飛田と神宮の血を継いだ跡継ぎが必要だけど、君は俺の子なんて産みたくないだろうから、誰か好きな相手の子供を産めばいい。俺と君の子として育てる。その子も皇家の血には違いない。国を守っていける」

「どうして……?」

 緋華の声は揺れている。納得していない。戸惑って、ためらいがちに落ちる。

「どうしてそんなに……」

 再度問う彼女の言葉にも、晟青は動じなかった。

 もう彼女自身分かってはいるだろう。でも、口に出しては言わない。


 ――――好きだとは言わない。

 君のためだとは、もう言わない。

 あの日の約束も、誓いも、今となってはもうすべて自分のためだ。

 生き甲斐を見つけて、自分が生き延びるためにしてきたことだ。生きる理由がなければ生きてこられなかった。だから、押しつけたりしない。

 どう説明しても、きっと緋華は苦しむだろうから。傷つけてしまうから、言わない。

 だから晟青は、緋華を見て、ただ笑った。


「もし許されるのなら、一つだけ、願いを聞いてくれないか。春には桜花に行く。だから君さえ良ければ、一緒に桜を見よう」

 もう二度と手に入らないだろうと思った、安らぎの時間。かなわぬ願いだと分かっていた。それでもずっと、忘れることが出来なかった。

 不可能だと知っていた、それでも望みだった。それだけだった。

「俺はもう、本当にそれだけで満足だから」

 眼差しをうつむけて、晟青はそっとつぶやく。

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