1話 静謐の町
男はひとり、白蛇の城下に立っていた。
「桜花の桜を見ずして生を語るな。白蛇の雪を見ずして死を語るな」
いつ誰が言ったものか、そう評す言葉がある。
夜のうちに降った雪はすでにやみ、町はただ白銀に包まれている。白蛇の雪は静謐で、澄んだ空気は、身を切るような寒さで彼を取り巻く。穢れなく、拒絶がそこにあるようだった。
この静けさが好きだ。
誰もいない薄明のうちに、真っ直ぐな城壁に包まれた町を歩く。白蛇の町にある家々は白壁で揃えられていて、音も自分も、ほの白い雪明かりに吸い込まれるようだ。
人の住まう気配はそこにあるのに、雪に閉じ込められて、自分はひとりきりだ。
歩いてきた足跡を残して、ただ、一人きりだ。
華やかで優しい、思いのこめられた桜花の桜とは違う、ここにあるのは静謐な死。ただただ静かな死だ。
幼い頃は、それがひどく恐ろしかった。
立ちつくす男の後ろから、雪を踏み鳴らして歩く音がする。
「また一人で抜けだしたのか」
かけられた声に振り返れば、銀夜が新たな足跡を刻みながらこちらに向かってくる。雪明かりに浮き上がるようだ。
「置いていくなって言っているのに。殺されたければそれでいいけど」
傍らに立ち、不服そうに白い息を吐いた。男は、昔馴染みの言葉にちいさく笑う。
「今は殺されるわけにはいかないな」
息を吸い込めば、雪の匂いと、冷えた空気が身の内に満ちていく。体の隅々にまで、緊張がいきわたる。ここには甘さはない。
「神宮の護衛をするなんて、また無茶を言いだすし」
銀夜の言葉に苦笑する。不平はまだ終わっていなかったらしい。
「他に手がないんだから、仕方ないだろう。できれば、二度と会うつもりはなかったんだが」
細く長く息を吐く。
「俺が近くにいれば、少しは牽制になるだろう。逆効果になるかもしれないが」
彼らの謀には、あきらかに手が足りない。それはずっと昔から分かっていたことだ。昔からたった二人で、こうして、寂寞の地に立ち続けた。
だが、いずれ迎える結末は、どうなるのだろう。神宮の姫が向ける目は、どう変わるものか。
そびえたつ白蛇の城を見遣る。雪化粧の城は、曇天の元、浮かび上がるようだった。
――考えても仕方のないことだ。
男は一人、自嘲の笑みをもらした。




