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プロローグ

ちょっと前に思いつきで書いたラブコメ(?)です。もともと多くの人目に晒すつもりはありませんでしたが、気が向いたので投稿してみました。楽しんで頂けたら嬉しいです。全部で7回あります。

 この物語を語り始めるにあたってまず断っておかなければならないことがある。

 それは、この物語の語り手であるところの俺の性別が紛れもなく男なのだということである。

 それは俺の性自認においてのみならず、我が肉体もまた生まれたときかられっきとした男のものだ。

 なぜこのようなことをしつこく断っておかねばならぬのか──その理由は俺の今の格好にある。

 俺は今、女装をしている。

 ボディラインを隠すゆったりとしたニットのセーターに膝丈のスカート、足元にはストッキングにパンプス。

 また頭には通販で買ったミディアムヘアのウィッグを装着し、もちろん顔には女性らしくメイクを施してある。

 念を押すが、俺は女性ではないし、また自分が女性だと思っている訳ではない。

 だが、かといってまた俺は何かしらの事情により女装をしなければならない状況にある訳でもない。

 今の俺の格好は完全に俺自身の趣味嗜好によるものであり、実のところ俺は今日のみでなく休日などたびたび女装をして外出などをしている。

 諸君らには俺が何を言っているのかよく分からないかもしれないが、要するに俺は、ただ女装趣味をもっているだけの、至って普通の16歳男子なのだ。

 さて、そんな俺は今、家からそこそこ近くにあるショッピングモールに来ている。

 主な目的は、女装のための女物の雑貨やアクセサリー、ファッションアイテムを物色するためである。

 男性が一人でこういった店に入るのはかなりハードルが高いが、女装をしていれば普通の女性が普通に買い物をしているようにしか見られないので平気だ。

 前に男装のままその手の店に1人で入った際、客や店員に訝しげなを向けられたことがトラウマになったというのはここだけの話である。

 昼過ぎに家を出たのだが、色々と買ったり眺めたりしているうちに時刻はもう五時をまわっている。

 冬の日は短い。そろそろ帰るべき頃合いだろう。

 俺は小洒落た雑貨店を出て、モールの出口へと向かい歩き出した。

 モールには女性向けの店だけでなく、様々な専門店や飲食店が軒を連ねている。当然客層も、子供から老人、ひとり客から家族連れまで様々である。

 だが──俺とすれ違う客のなかに、おそらく俺が男だと気付いている者は1人もいない。

 当然だ。メイクだって何ヶ月もかけて練習したし、ファッションだって雑誌やらを何冊も買って研究したのだ。学生の身である俺にとって決して安くないコストと時間を支払った俺の女装は伊達ではない。

 すれ違う人々を眺めながら歩いていると、ふいに胴体に何かがぶつかったような衝撃が走った。視線を下に向けると、俺の半分ほどの背丈の男の子が尻もちをついていた。

「大丈夫?怪我はない?」

 俺はできる限りの笑顔を作り、男だとばれぬようやや高めのトーンでしゃがみつつ声をかけた。

 立ち上がった男の子は、俺と目を合わせると顔を赤らめて俯き、小さな声で「だ、大丈夫です…」とだけ言って母親と思われる女性の方へたたたっとかけていった。

 女性がこちらをみながら申し訳なさそうにお辞儀をしたので、俺は笑みを保ったまま会釈を返す。

 そうして立ち上がると、何事もなかったかのように再び歩き始めた。

 傍から見れば、シャイでやんちゃな男の子とかわいらしい少女のほのぼのとした一幕。

 この場にいる誰もが俺の性別を誤認している。誰もが俺を「かわいらしい少女」だと思っている。それは俺が俺という役割から解放され、「かわいらしい少女」という役柄になりきっているようで──俺にとって非常に心地よいものだった。

 モールを出ると、外はもうすっかり日が暮れていた。

 凍てついた空気が素肌に沁み、たまらず俺は手に持っていたトレンチコートを身にまとった。

 寒い。暦の上ではもう春になっているらしいが、この寒さでは全くもってそんな気はしない。

 本来ならばすぐにでも暖房の効いたバスに乗り、さっさと帰路につきたいところだが、生憎今日はまだ用事がある。

 ここから歩いて10分程度の位置にあるレンタルビデオ店で借りた映画の返済期限が、ちょうど今日なのだ。

 俺は店に向かいながら、なんとなくこれから返す映画の内容を思い出していた。

 借りたのは有名な国内のホラー映画で、確か江戸時代に封印された悪霊を主人公達が解放してしまい、蘇った悪霊に主人公達が襲われる、というようなストーリーだった。

 シナリオ自体に捻りはないものの、独特なキャラクターや演出により、なかなかに凝ったクオリティのものに仕上がっていたと思う。

 特に物語の中盤、夜道を一人歩く主人公の姉が悪霊に襲われるシーンなどはかなり精神を抉りに来る怖さだった。正直、今思い出しただけでも寒気がする。

 なんてことを考えていると、俺はふとあることに気づいてしまった。

 ──この状況、あのシーンと同じじゃね?

 今俺が歩いているのは建物と公園に挟まれた細い道で、周りに通行人は一人としていない。

 一旦そう思えてくると、今まで幾度か歩いた夜道も急に恐ろしく思えてくる。

 ヤバい。超怖い。

 なんとなく背後であの映画の悪霊がこちらを見ている気がして、自然と早足になる。

 さっさとレンタルビデオに行って、用が終わったらバスに乗って帰ろう。

 そう思っていた矢先だった。

 突然、俺は身動きがとれなくなった。叫ぼうと思っても、口元が何かで塞がれ、声が出ない。

 うわあああ!!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!悪霊退散悪霊退散!!

 俺は必死にもがいたが、そのたびに体を締め付ける強さが増していく。

 霊に祟られて殺されるなんて冗談じゃない。

 恐怖がピークに達したその時。

 さわっ。

 俺の体を拘束する悪霊の手つき?が、なんとなくこう、撫でるような舐め回すようなものに変わる。

 というか、俺のその、大事な部分とか胸部ら辺を執拗に触られている気がする

 いや、悪霊じゃないなコレ。

 よくよく考えると、獣みたいな吐息がさっきからハアハアうるさいし臭いし、幽霊というには俺に背後から密着する体は脂ぎってねっとりとしているし、加えていえば腰のあたりにこう、硬い感触がある。

 なんのことはない。要するにただの痴漢である。

 だがそれがわかったからといって、この状況から抜け出せる訳では無いしなんなら嫌悪感は寧ろ倍増している。

 女装しても違和感がない程に華奢な俺には、痴漢魔の腕を振りほどく力はない。

 そうこうしてるうちに痴漢魔の行動はエスカレートし、ついには俺の服を剥ごうとしてくる。

 やめて!俺の処女が奪われちゃう!男でも処女を失えるんだよ、知ってた?

 冗談は置いておいてかなり本気で助けて欲しい状況だが、果たして助けは意外なところから来た。

「くたばれ下衆野郎ォォォァォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 雄叫びがあたりに轟くや否や、ゴツンという鈍い音がして、急に体が拘束から解放される。

「うわぁっと」

 突然動かなくなった痴漢魔の体重に押され、俺はその場に倒れた。手をついて体を起こし顔を上げると、痴漢魔と思われるスーツのおっさんが、目の前で泡を吹いて失神している。

「もう大丈夫だよ。怪我はない?」

 俺に声をかけてきたのは、今まさに痴漢魔の頭に強烈なキックを食らわした、短めの髪を頭の後ろで束ねた少女だ。本当に助かった。この感謝をどう言葉にしようかと思案していると、ふいに俺の身体を一瞥した少女が、こぼれ落ちんばかりに目を見開いた。

 そして。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁああ!!!!!!!!」

 少女が叫んだ。

 声を聞きつけたのだろう、自転車に乗って現れた警官が「何かありましたか!」と言いながら自転車を降りて駆け寄る。

 果たして彼が目にした光景とは。

 ──地面にうつ伏せになって気を失っているスーツの男。

 ──両手で顔を覆う少女。そして、

 ──衣服がはだけ、下半身が丸出しになった女装の男、である。

 霰もない姿を晒す俺は、警官から目を逸らしつつ、心の中で呟いた。

 どうすっかな、これ。

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