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056 幼女は新たに名を上げる

 気絶するリリィを見て、私は困惑しながらプリュちゃんに視線を移した。

 すると、プリュちゃんはとても真剣な面持ちで口を開く。


「リリさんは、主様がストッキングを穿いている途中で気絶したんだぞ」


「あ、そうなんだ?」


 全然気がつかなかったよ。

 って言うか何で?


「あ~。アプロディーテーもこんなだし、もうどーでも良いかも~」


「え? セレネちゃん?」


 セレネちゃんはやってられないといった感じで、近くに備えてあった椅子に座る。


「ジャス、私まだちょー眠いんで後はよろしく~」


 ええぇぇ。

 嘘でしょう?

 眠っちゃったよ……。


 セレネちゃんが椅子に座って眠ってしまい、私は周囲を確認する。


 駆けつけて早々に鼻血を流して立ちながら気絶するリリィと、同じく立ちながら気絶しているアプロディーテーさん。

 それから、最早意味が分からず私同様に困惑しているフェルちゃんに、私の魔法から未だに抜け出せないエロ爺。

 そして、床で寝転がる自称勇者のレ――あれ?


 いない?


 私がそう思った瞬間だった。

 突然背後に人の気配を感じ、私は振り返る。


「おせーよ! クソガキ!」


「させないんだぞ!」


 自称勇者のレオが剣を振るい、プリュちゃんが間一髪の所で氷の盾を魔法で出現させて受け止める。

 部屋の中に甲高い音が鳴り響き、私は急いでレオとの距離を開ける為に後ろに下がった。


「主様、大丈夫か?」


「うん。ありがとープリュちゃん」


 プリュちゃんにお礼を言いながら、レオに視線を向ける。


「クソガキがいっちょまえに色気付いてんじゃねーぞ。まあ、それも今日までだ。お前をここで殺して、俺が、この勇者レオが女神アプロディーテー様の目を覚まさせる!」


「ま、待って!? アプロディーテーさんは、もう私を殺す気なんて――」


「問答無用だ!」


 私の言葉を聞かずに、レオが剣を振り上げ私に何度も襲い掛かる。

 私はそれを、魔法を使って受け止め、そしてかわしていく。


 話を聞いてよ!

 って言うか、ヤバいって!

 めちゃくちゃ攻撃が速いんだけど!?


 レオの攻撃は、とにかく速かった。

 私が今まで見て来た速さの中では、リリィ無しで考えればトップクラスではないだろうか?

 正直な所、レオのスピードに私の目が追いついていない。


 レオの攻撃をどうにか受け止めたり、かわしたりしてはいるが、それはプリュちゃんが魔法を使って私を援護してくれているおかげだった。

 魔法を使ってレオの動きを止めたくても、レオがそれをする暇を与えてくれない。


 まさかのピンチに私が焦っていると、フェルちゃんが両手を広げて私の前に出た。


「レオ、止めるのですわ! ウェヌスの目的は既に殺す事では無くなっていますのよ!」


「黙れ!」


 レオがフェルちゃんを突き飛ばす。


「――きゃっ!」


 フェルちゃんは悲鳴を上げ、突き飛ばされた先の壁にぶつかって、力無く床に落ちた。


「フェルちゃん!」


「ちっ、自分の立場も分からず立ち塞がるからそうなるんだよ! 雑魚は黙って端っこで怯えて見てやがれ!」


 レオが床に落ちて倒れたフェルちゃんを睨みつけて大声を上げた。

 私はプリュちゃんの頭に触れて、レオを見ながら静かに話す。


「プリュちゃん、お願い」


「わかったんだぞ!」


 プリュちゃんが水の加護を魔力に変換しだし、私がそれを右手に集中する。


「ああ? おいおい。クソガキ、何をやってる? まあ、させてやらねーけどな!」


 レオが私に向かって剣を振り上げ、私に斬りかかる。

 だけど、そんな事を私がさせるわけが無い。


 私は左手をレオにかざす。

 かざされた左手の前に、灰色の魔法陣が宙に浮かび上がった。


「がは……っ!?」


 レオが私を剣で斬り裂く前に、魔法陣から強力な重力がレオに向かって放たれる。

 レオは魔法陣から生まれた重力に逆らう事が出来ず、勢いよく壁に打ちつけられ、壁にへばりついて身動きがとれなくなった。


「ぎ……ぅあっ! な、何が……おきて…………っ!」


 レオが身動きをとれなくなると、私はレオに向かって今度は右手をかざす。


 私はレオを見つめて話しかける。


「フェルちゃんに謝って?」


「はっ! ……だ、れが! あやまるがよ! クソガキ!」


「そっか。じゃあもう良いよ」


 フェルちゃんに視線を向けると、フェルちゃんは額から血を流して気絶していた。

 私はかざした右手から、レオに向かって何重もの水色の魔法陣を一直線に浮かび上がらせる。


「親愛なる大自然に忠誠を誓う魔力の根源達よ」


 私が詠唱を始めると、周囲の温度が変化する。

 私を中心に気温が下がり始め、吐息が白く現れる。


「我が名はジャスミン。ジャスミン=イベリス。生物を凍えあがらせるその無慈悲な力を以って」


 気温は下がり続け、この場の全ての物が凍り付き始める。

 壁にへばりついて剥がれる事が出来ない自称勇者レオは、自分のおかれた状況のヤバさに気づき、顔を真っ青にさせてもがき始める。


「今こそ刃となりて罪深き偽善を撃ち滅ぼせ!」


 私とレオの目がかち合う。

 何重にも重なった魔法陣が水色に淡く光り輝き、私は魔力を解放する。


凍槍雹射フローズンスタッブ!」


 私の右手から放たれた魔法は、針の様な形をした氷の槍。

 何重にも重なった魔法陣を通過するごとに、巨大化し威力と速さを増して突き進む。


「ああああぁぁあああぁあっっっ! 助けてぐれえええええっっ!」


 レオが震えあがって悲痛に叫び、そして、私が放った魔法が直撃した。

 そして……。


「助げ――え?」


 私が放った魔法はレオに当たらない。

 いいや違う。

 当てなかったのだ。


 氷の槍はレオの顔の真横を通過して壁に直撃した。

 壁は轟音を上げて建物全体を巻き込んで崩壊していき、マッサージ店を半壊させて路上が顔を出す。

 マッサージ店の建物が半壊しても尚崩れきらないのは、私が魔法を使用する際に周囲を凍らせたからだ。

 凍ったおかげで建物の強度が一時的に増して、全てが崩れると言った事が起きずに留まっている。


 レオにかかっていた重力の魔法も無くなり、レオは腰を抜かして、その場に尻餅をつく様に腰を落とした。

 プリュちゃんが私の顔を見て、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながら質問する。


「主様、良いのか?」


「うん。良いんだよ」


 私はプリュちゃんの質問に答えて、2人で微笑み合った。

 するとその時、眠っていた女神様が目を覚ます。


「くしゅんっ。寒~。え!? 何これ!? どーなってんの!? マジでちょー意味わかんな――くしゅんっ」


「あ、セレネちゃんおはよー」


 水の加護と言うのは、時に恐ろしく、私を震え上がらせる。

 私がそう感じてしまったのは、セレネちゃんにおはよーと言った直後だった。

 皆さん覚えているだろうか?


 私が今、パンツとガーターベルトとガーターストッキングしか身に着けていない事に!


 そう。

 水の加護を受けている私は、その加護の力で寒さに耐性がついていて、自分が今半裸な事を忘れてしまっていたのだ。


 マッサージ店が半壊した事により路上が顔を出し、道行く人々が騒ぎ出す。

 そして、あっという間に野次馬達が群がって、私達の様子を窺い出す。

 それだと言うのに、私は半裸な事を忘れて、包み隠さないその姿のままセレネちゃんに近づいた。


「これ、まさかジャスがやったの?」


「うん。ちょっとやり過ぎちゃった。アプロディーテーさんが起きたら謝らなきゃ」


 私は苦笑して答えてから、プリュちゃんに視線を向ける。


「プリュちゃん、建物が崩れたら危ないから、崩れない様に建物を凍らせてる状態を維持しててもらっていいかな?」


「わかったんだぞ。もしかして、主様は皆を避難させるのか?」


「うん。このままだと危ないもんね」


 私とプリュちゃんは微笑み合う。

 するとその時、私達の様子を見ていた野次馬達が声を上げて騒ぎ出した。


「おいあれ、まさか噂の魔性の幼女じゃないか!?」


「本当だわ。あのパンツ、間違いなく魔性の幼女よ!」


「ありがたやありがたや」


 え?

 あのパンツ?

 もしかして、またパンツが見え――


「きゃあーっ!」


 そう言えば私、服着てないんだったよ!


「見ないでーっ!」


 私は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。


「「「うぅうううううおおおおぉぉーっ!」」」


 周囲の騒めきが雄叫びと言う名の歓声に変わり、私は顔を真っ赤に染め上げて丸くなる。



 こうして私は、ハープの都で【半裸の痴幼女】として名を上げたのだった。


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