050 幼女も慌てる宿屋での攻防
リリィとハッカさんが2人で何処かへ行った後、私はセレネちゃんのショルダーバッグに優勝賞品を入れさせてもらって宿まで戻って来た。
宿の中には入らずに、まずは窓から宿内を覗き込む。
あ、いたよ。
ラテちゃん無事みたいで良かったよぉ……って、あれ?
私はラテちゃんの無事な姿を見て安堵した直後に、ラテちゃんが遊んでいる物を見て首を傾げた。
するとその時、一緒に宿内を見ていたセレネちゃんに話しかけられる。
「ほんとーにいたね~。あの時の雷使い。どれどれ~、私が雷使いの相手してくんね~」
「え?」
私が驚いてセレネちゃんに振り向くと、セレネちゃんは私の肩の上で座るトンちゃんを鷲掴みする。
「この子借りるよ~」
「えー。まあ良いッスけど」
「大丈夫なの? 危ないよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ちょー楽勝だから、ジャスはここでのんびり見てなさいって~」
セレネちゃんはニィッと笑って八重歯を見せると、トンちゃんを掴んだまま鼻歌まじりに宿に入って行った。
本当に大丈夫かなぁ?
「主様、あそこにマモンさんがいるんだぞ」
「え? どこどこ? あ、本当だ」
プリュちゃんの言う通り、そこにはマモンちゃんがいた。
マモンちゃんはラテちゃんの座っているソファーと向かい合うソファーの上に座っている様だ。
ソファーで隠れていて、可愛らしい猫耳の頭と尻尾だけしか見えないけれど、間違いなくマモンちゃんだ。
「中の声が聞こえんのう」
「がお」
フォレちゃんとラヴちゃんが宿の窓を少しだけ開ける。
私はそれを見て、冷や汗を流しながら宿内に視線を戻した。
私が視線を戻すと、丁度その時セレネちゃんがラテちゃんとマモンちゃん、そして、雷使いのお姉さんの目の前に立った。
窓が開いた事で、宿内の声が聞こえてくる。
「お前は堕女神アルテミス! あの幼女は何処だ!?」
「誰が堕女神よえらそーに! 美女神様と言いなさい!」
セレネちゃんは雷使いのお姉さんの言葉に、不機嫌になり睨む。
雷使いのお姉さんは、微笑してセレネちゃんを一瞥して周囲を見回した。
「あの木の精霊もいないな。ん? おい堕女神、その手に持っているのは何?」
「マジムカつくコイツ。堕女神って言うなって言ってんじゃん。馬鹿なのコイツ?」
「見た所、風の精霊ね。成程、私の能力【雷電】を恐れて、風の精霊を連れて来たって事か」
「トンぺ。この女に私の恐ろしさを教えてやるから、フォローしてね~」
「それは別に良いッスけど、見事に会話のキャッチボールが出来てないッスね」
トンちゃんが呆れながらセレネちゃんの顔の横に移動して、セレネちゃんと一緒に雷使いのお姉さんと向かい合う。
互いに睨み合いが続く中、マモンちゃんが窓の方に振り向いて、私と目がかち合った。
マモンちゃんが可愛らしく笑って、尻尾を真っ直ぐ立たせて手を上げて、大きくぶんぶんと振り回す。
「甘狸ー!」
「あはは……」
私は苦笑して小さく手を振って返す。
「あの痴れ者め。せっかく隠れて見ておったのに、なんと頭の悪い事を」
「マモンちゃんも悪気があったわけじゃないんだし、仕方が無いよ」
私がフォレちゃんを宥めているその時、宿内で睨み合うセレネちゃん達が動き出す。
私達の存在に気がついた雷使いのお姉さんが、直ぐに私に向かって電撃を手から飛ばした。
だけど、それは私の許まで届かない。
何故なら、トンちゃんがそれを雷の魔法で矛先を誘導して、窓の近くに飾ってあった高そうなツボに向けたからだ。
ツボが割れて宿の中に音が響いて、宿の中にいた人達が騒ぎ出す。
そして、その騒ぎに乗じて雷使いのお姉さんが、宿の外に出ようと駆け出した。
あわわわわわわ。
えらいこっちゃになってきたよ!
「ジャスミン様、来るぞ!」
「え? 何――っきゃあ!」
フォレちゃんの言葉を聞いた直後だった。
目の前に電流が走り、フォレちゃんが私の目の前に出て、電流を受け止めて火花が散る。
気がつけば、私の前に雷使いのお姉さんが立っていて、フォレちゃんが庇ってくれなければ私は電撃の餌食となっていた。
私は一連の動きに目と体が追いつかないでいた。
おかげで驚きっぱなしだ。
「ちっ。またお前か。木の精霊」
「ふん。妾がいる限り、ジャスミン様に手出しはさせん。と言っても、既に勝負あったようぢゃがな」
「何?」
雷使いのお姉さんが訝しんで顔を顰める。
「そのとーりよ!」
宿の窓を豪快に蹴破って、セレネちゃんがこの場に現れた。
そして、それと同時に、雷使いのお姉さんの瞳から光が失われた。
あ、もしかして。
雷使いのお姉さんの首筋を見ると、セレネちゃんに新しく噛まれた二本の牙の痕が残っていた。
どうやら、いつの間にかセレネちゃんが吸血の能力を使っていて、既に勝敗は決まっていたようだ。
「マジでらくしょーだったわ~。そいつがジャスに気を取られた瞬間に吸血してやったのよ~。チョロすぎてウケる~」
全然気がつかなかったよ。
セレネちゃん凄い!
「効果が出るまで時間がかかったッスね」
「二回目だし、アプロディーテーの馬鹿の影響かな~。まあ、問題無いっしょ」
そっかぁ……って、あ。
私はこの時気がついてしまった。
宿の中、セレネちゃんに蹴破られ破壊された窓の向こうから、私達を物凄く恐ろしい形相で見ている人物に。
「ひぃっ」
私は思わず声を上げた。
「アンタ等、うちを潰す気か?」
そう。
私達を見ている人物、それは小太りなおじさん、この宿の店主さんだ。
私の顔は青くなり、セレネちゃんの代わりに頭を下げました。
「ご、ごめんなさいー!」
【ジャスミンが教える幼不死マメ知識】
私達の荷物は、セレネちゃんに頼んでショルダーバッグの中に全部入れさせて貰ってるの。
セレネちゃん曰く「昔住んでた家も入ってるわよ~」だって。
凄いよね~。でも、どうやって取り出すんだろう?




