169 幼女の全力が理を超える
ゼウスさんとの戦いは、おかしな方向へと向かって激化する。
狙われるのは私の下半身……と言うかパンツ。
私のパンツを守る為に、皆がゼウスさんと激しくぶつかり合う。
ゼウスさんが雷を槍に変えて、驚異的な貫通力のある突きを、リリィに激しく繰り出した。
だけど、リリィも負けてはいない。
ゼウスさんの槍の攻撃を、避けて流してを繰り返し、隙を見つけては反撃の蹴りを繰り出している。
そこへ、精霊さん達が魔法でリリィを援護する。
リリィとゼウスさんが激しい攻防を繰り返す中、私は距離を置いて、両手に魔力を集束し始めた。
なんか、皆がパンツパンツ言うから、逆に凄く冷静になっちゃったよ。
でも、本当にこの空間に、リリィが来てくれて良かったよね。
おかげで、私も自分の役割と言うか、出来る事が冷静に判断出来るようになったもん。
ゼウスさんは何度もリリィ達からの包囲網を掻い潜り、何度も私のワンピースのスカートに手を伸ばそうとする。
だけど、私のワンピースのスカートを捉える事は出来ない。
私も両手に魔力を集束しながら、その度にゼウスさんから距離をとっていた。
それだけじゃない。
ゼウスさんが狙っているのが、私のパンツと分かっているからこそ、精霊さん達はゼウスさんの動きを予測して動いてくれていたのだ。
私は魔力を集束しながら、ゼウスさんの暴走を止める方法を考える。
サガーチャちゃんは言っていた。
【空間隔離装置アイソレーションくん】は、敵からの被害を抑える為に作ったものでは無いんだと。
そして、何ものにも囚われず、本気を出したまえとも。
ゼウスさんは暴走化して、理を超えた力を使う。
そこで、私は思ってしまう。
理を超えたって何だろう?
正直、そんなのこの世界が前世の世界と全然違うって気がついた時から、私の中ではとっくに超えてるんだよね。
その最たるものが魔法の存在なんだもん。
なんて言うか、うん。
よく考えてみたら今更だよね。
光速を超えた速さで動き回るリリィとゼウスさんの戦いは激しく、正直私の目では追えない。
でも、これだって魔法でどうにかなるかもなんて思えてしまう。
「ねえ? ウィルちゃん。リリィ達の動きを目で捉えれてたりするの?」
「勿論だよジャスミンたん。おいたんなら余裕だよ~」
「ジャシー、加護の力を上手く使うの~」
「加護の力をかぁ……」
ふと思う。
私は今まで、加護の力を上手く使えていたのかと。
よくよく考えてみれば、加護を魔力に変換する事はあっても、他の事に使う事は無いに等しかった。
ナオちゃんのおかげで、常識に捕らわれない魔法の使い方は既にわかったんだもん。
今更、理がどうとか、考える方がバカだったかも。
不意に、私の中で何か変わった気がした。
「世界ニ死ヲオオオオオッッ!」
ゼウスさんが雄叫びを上げて、私に向かって飛んで来る。
そのスピードは光速を超える速度で、私には見えない程の速さだ。
だけど、最早それは過去の事。
今の私はゼウスさんの動きがよく見える。
両手に魔力を集束させながら、私は両足にも魔力を流して解放する。
ゼウスさんのスカート捲りを避けて、直ぐに距離を置いた。
そして、リリィとリリィを援護しているトンちゃん達に視線を向けて、大きく声を出してお願いする。
「リリィ! ちょっとだけ時間がかかるから、その間にゼウスさんをお願い! 皆は私に力を貸して!」
「ええ、任せて!」
リリィが私の目の前まで移動して、トンちゃん達が私の周囲を飛び回る。
「皆! 全力でいくよ!」
「了解ッス!」
「任せるです!」
「頑張るんだぞ!」
「がお!」
「目にもの見せてくれるのぢゃ!」
「勿論だよ~!」
「承知したの~!」
精霊さん達が返事をして、加護を魔力に変換せずに、直接加護を私に流し込む。
私は両手を前に出して、魔法陣を浮かび上がらせる。
それは私だけじゃない。
精霊さん達も、全員それぞれ魔法陣を目の前に浮かび上がらせた。
「オオオオオオオッッッッ!!」
ゼウスさんが雄叫びを上げて、私に向かって大量の光線を放ちながら駆け出した。
「ジャスミンが本気を出すのだもの。私も本気でいかせてもらうわよ!」
リリィが大地を踏みしめて、その瞬間に、大地が揺れて大きく裂ける。
私は集束した魔力に集中して、加護の力を絡ませて、ゆっくりと詠唱を開始する。
「我が魔力は世の理を断ち切る刃。嵐を呼び、世界を包み込み流れる暖かな風。風を司る最愛の精霊トンペット=ドゥーウィン」
ゼウスさんの放った光線を全て蹴り上げて四散させ、リリィは接近したゼウスさんの顔を蹴り上げた。
「我が魔力は世の理を揺さぶる大地の鼓動。生命に息吹を与え、全てのかえりを与える大地。大地を司る最愛の精霊ラテール=スアー」
顔を蹴り上げられたゼウスさんが宙を舞い、空中で止まり、頭上に暗雲を呼ぶ。
リリィは大地を蹴り上げて跳躍して、ゼウスさんに接近する。
「我が魔力は世の理を凍てつかせる極寒の結晶。命を満たし、全を潤す恵みの滴。水を司る最愛の精霊プリュイ=ターウオ」
ゼウスさんが一瞬で大地を灰にしてしまう威力を持つ大きな雷を、リリィに向かって放った。
リリィは私に雷が当たらない様に、それを両手で受け止めて、雄叫びを上げながら弾き飛ばして四散させた。
「我が魔力は世の理を燃やし尽くす業火の炎。勇気を与え、力強く燃え上がる飽くなき心。火を司る最愛の精霊ラーヴ=イアファ」
リリィは宙を蹴り、ゼウスさんに接近する。
リリィの蹴りとゼウスさんの槍がぶつかり合い、大気が震えて突風が吹き荒れる。
「我が魔力は世の理を繋ぎ離別させる束縛の樹木。誕生を与え、豊かを彩る穏やかな芽。木を司る最愛の大精霊フォレ=リーツ」
リリィがゼウスさんの槍を蹴り砕き、ゼウスさんを地面に向かって蹴り飛ばす。
「我が魔力は世の理を消し飛ばす閃光の瞬き。煌めき輝く、闇を照らす希望の光。光を司る最愛の大精霊ウィルオウィスプ」
地面に衝突したゼウスさんは、よろよろと立ち上がる。
そして、リリィが急降下してゼウスさんの顔に、落下の速度を加速させながら蹴りを入れた。
「我が魔力は世の理を覆い尽くす永久の無。静寂を与え、休息をもたらす安寧の闇。闇を司る最愛の大精霊シェイド」
ゼウスさんは跳ねる様に豪快に転がり、リリィがゼウスさんを追って背後に回って蹴り上げた。
「我が名はジャスミン。ジャスミン=イベリス。何ものにも縛られぬ、転生が生みせし理に囚われぬ者」
蹴り上げられたゼウスさんは宙を舞い血反吐を吐いて、リリィが叫ぶ。
「今よ!」
リリィの合図で、精霊さん達がゼウスさんに向かって魔法陣から魔法を放つ。
精霊さん達が放った魔法は、20センチ位の大きさの、輝く釘状の光。
緑、茶、青、赤、黄緑、白、黒、の7色の光の釘だ。
光の釘はゼウスさんに刺さり、空中で捕えて拘束して、その場で動きを止めた。
「こ、ここは……? な、なんだこれは? 儂はいったい……」
私の目の前に浮かび上がっている魔法陣が七色に光り、集束された魔力が高音を奏でる。
「我が最愛なる精霊達よ、今こそ審判を下す時! 人々を苦しめ業に縛られた神を裁く為、今こそ我がジャスミン=イベリスの名に置いて、その全を持って我が命に応えよ!」
「なんだこれは? 動けん! む? こ、この光は!? ま、待て! 撃つな!」
七色に光る魔法陣は魔力を膨らませ、高音を奏でながらゼウスさんを捉えた。
ゼウスさんの目の前に魔法陣の様な刻印が刻まれて、それは七色に光りながら、私の目の前に浮かぶ魔法陣と一筋の道標を私に示す。
「待て! 待……待ってくれお願いだ! 撃たないでく……撃たないで下さいー! 儂、儂死んじゃううううっっっ!!!」
「神を裁く刻印の宴【神裁刻宴】!」
私は、私の全てをぶつけた全ての属性を持つ魔法を放つ。
それは、螺旋を描く七色に輝く光線で、本来であれば交わる事の無い加護と魔力の集合体。
ゼウスさんに目掛けて一直線に飛んでいき、一瞬にしてゼウスさんに直撃した。
「ぎゃあああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!」
私が放った魔法はゼウスさんだけに止まらず、その反動だけで大地が揺れて大気が震えて、周囲にあった物がすべて吹き飛ぶ。
そして、魔法が触れた大気にはヒビが入って割れて、この隔離されている空間が崩壊を始めた。
魔法が全て消え去ると、いよいよ崩壊が勢いを増して、割れた場所からは色が戻り始めた。
「これって……」
「凄いわね、ジャスミン。ジャスミンの魔法が、サガーチャの作ったこの空間を破壊したみたいよ」
「あはは……」
リリィが私に近づき微笑んで話し、私は苦笑して額に汗を流した。
「博士の言った通りッスね」
「え?」
「ジャスは、本気を出すとヤバいって事です」
「ええー……」
「主様、かっこいいんだぞ」
「そ、そうかなぁ?」
「ジャチュ、かっこいい!」
「えへへ~」
「うむ。流石はジャスミン様ぢゃ」
「そんなに褒められたら照れちゃうよぉ」
「照れてるジャスミンたん可愛いよ~」
「え~、ウィルちゃんも可愛いよぉ」
「ジャシー、色が戻るの」
「……あ」
大気中にあったヒビが全て割れて崩れ落ち、それは光の粒子となって消えていった。
そして、私達は帰って来た。
目の前にはボロボロ姿のままのスミレちゃん達がいて、私達の姿を見つけると、皆が私達の許まで走り出した。
「幼女先輩ー!」
「ったく、時間かかりすぎー。心配させなるなっての」
「あら? やっぱり、リリィもジャスミンと一緒だったのね?」
「リリィ=アイビー! それと甘狸! よく無事だったな! それでこそ私のライバルだ!」
「にゃー。博士が言った通りだったにゃ~」
「そうだろう? リリィくんが、ジャスミンくんを一人にするわけないからね」
「何言ってるのよ、サガーチャ。ジャスミンには、ドゥーウィン達がいつも一緒にいるのよ。一人では無いわよ」
良かった。
皆無事だったんだね……。
私は皆に向かって笑顔を向ける。
「ただい――」
「だ……助げで。死ぬ………」
「――まひゃあああああっっっ!?」
突然足元から声が聞こえて驚いて、足元に視線を向けると、ゼウスさんがもの凄く死にそうな顔で私の足を掴んで泣きました。




