165 幼女のご両親への挨拶は礼儀正しくして下さい
少し前まで猫喫茶があったらしい場所に到着すると、既に始まっていた戦いに私は圧倒された。
ナオちゃんとアマンダさん、そしてスミレちゃんとマモンちゃんがゼウスさんと激しい攻防を繰り広げていた。
そのすぐ側にはセレネちゃんがいて、私のパパとママが倒れていた。
パパ! ママ!
急いでパパとママに駆け寄ると、セレネちゃんが私に気がついて視線を向けた。
「安心していーよ。ジャスのママとパパは気を失ってるだけだし、何かされたわけじゃないから」
「そっか、よかったぁ」
私は安堵して大きく息を吐き出す。
リリィが周囲を見まわしてからセレネちゃんに訊ねる。
「ハッカとレオの姿が見えない様だけど、二人はどうしたの?」
「あー、あのお子様達? アレース含めた何人かが救助活動をしてて、その人達に安全な所に連れて行って貰ったんよ」
「そう。それなら一先ずは安心ね」
「うん」
「ちょっと良いかい?」
私が安心していると、サガーチャちゃんが私のパパとママを見て顔を顰めた。
「君の言う通り、何かされたわけでも無いようだね。しかし、外傷や何かの能力を受けた痕跡が無いのに、いったい何にやられたんだい?」
「パパの魔力にあてられただけっしょ」
「どう言う事よ?」
「パパがあの状態でここに来た時に、ジャスのママとパパに近づいた途端に気を失ったの。あんだけ馬鹿みたいに大きい魔力ぶら提げてれば、当然っちゃ当然って感じだけどね~」
「成程。確かに、魔力の量も桁違いだからね。そうなってしまっても無理ないか」
サガーチャちゃんは納得すると、私に視線を移して言葉を続ける。
「さて、どうする? ジャスミンくん。早速【空間隔離装置アイソレーションくん四号】を使うかい?」
「え? えぇっと……」
私は言い淀んで、トンちゃん達を見た。
サガーチャちゃんから貰った【空間隔離装置アイソレーションくん四号】を使うにしても、実は一つだけ悩んでいた事があった。
その悩みとは、一緒に連れて行く相手だ。
間違いなく危険な事につきあわせる事になるのもそうだし、もしリリィを連れて行く一人に選んだ場合は、トンちゃん達から誰か一人連れて行かない精霊さんを選ばなければならないのだ。
私が悩んでいると、リリィが私の手を握って優しく微笑む。
「そんなの使わなくたって、あんな老害、さっさと殺してやるわよ」
「リリィ……殺すのはダメだよ」
リリィが無言で首を横に振って走り出す……首を横に!?
ちょっとリリィ!?
本当に殺すのは駄目なんだからね!
「待たせたわね!」
「リリィ!? 来たのね。気をつけて! ゼウス神は何を企んでいるのかわからないけど、まだ本気を出していないわ!」
「姉様の攻撃だけじゃなくて、ニャーの攻撃も全く効かないにゃ! 手加減されてこの調子だと、結構ヤバいにゃ!」
「わ、私はもうヘロヘロなのよ。足手纏いにならない様に防御に専念するのがやっとなのよ」
「リリィ=アイビー! 遅いぞ! どっちがあの爺に止めをさすか勝負だ!」
「良いわよ! たまにはアンタとの勝負、受けてやろうじゃない!」
リリィとマモンちゃんとナオちゃんがゼウスさんに飛びかかり、スミレちゃんとアマンダさんが3人をサポートする。
「ジャスのママとパパをお願いね~」
「ああ、今の私にはそれ位しか出来ないからね」
「セレネちゃん!?」
セレネちゃんがサガーチャちゃんに私のパパとママを預けて、アルテミスの姿へと変身した。
そして、セレネちゃんが弓を取り出して、【疫病の矢】をゼウスさんに狙いを定めながら走り出した。
「私を殺した恨み、ここで晴らさせてもらうっしょ!」
そ、そう言えば、セレネちゃんそんな事言ってたっけ……って、私もボケっとしてる場合じゃないよね!
気合を入れる為に、私は自分の頬っぺたを両手でパチンと叩いて覚悟を決める。
そして、戦いの場へと向かって走り出した。
「パパ、さっさと死んじゃえー!」
セレネちゃんが矢を放って、ゼウスさんがそれを避け、矢がマモンちゃんに命中してしまう。
「ぎゃああっ!」
「あ、やべ。めんごめんご~」
マモンちゃんがその場で悲鳴を上げて倒れて、セレネちゃんが苦笑交じりに謝りながら近づくと、マモンちゃんが眉根を上げて跳び起きて怒りだす。
「お前は飛び道具禁止だー!」
「は? わざとじゃないんだし、いーじゃん別に。って言うか、そんな怒る事ないじゃん。ちょーウザい」
「なにをー!? よーし、決めたぞ! まずはお前からぶっ殺してやるわ!」
「はあ? マジ頭おかしーし」
わぁ……何やってるのあの2人。
喧嘩始めちゃったよ……。
セレネちゃんとマモンちゃんの喧嘩はともかくとして、ゼウスさんとの戦いは続いている。
ゼウスさんがセレネちゃんの矢を避けた後に、リリィと激しく蹴り合いをしていた。
リリィの蹴りと互角!?
私は魔力を両手に集中して、地面に両手をつけて魔法を放つ。
私が両手を付けて魔法を放った場所から、何かが走る様にボコボコと猛スピードでゼウスさんの足元まで行き、地面から木の根がゼウスさんを縛り上げる為に飛び出した。
「オオオオオッッッ!」
ゼウスさんが雄叫びを上げて、私が放った木の根の魔法を殴って粉砕する。
「斬り裂くにゃ!」
私の魔法を粉砕したゼウスさんにナオちゃんが飛びかかり、ゼウスさんに向かって鉤爪を振るい、その後方からアマンダさんの水の銃弾が大量にゼウスさんに向かって飛び交う。
だけど、ゼウスさんはそれを全て受け流して、更にはナオちゃんにカウンターでお腹に強力な蹴りを入れた。
ナオちゃんは地面を転がって倒れて、ゼウスさんが追い打ちをかける様に接近して、スミレちゃんがナオちゃんの前に出て炎の壁を作り上げた。
しかし、ゼウスさんは炎の壁ごとスミレちゃんを殴り飛ばして、スミレちゃんまで地面を転がされてしまう。
「このっ!」
リリィがゼウスさんに蹴りかかり、ゼウスさんが蹴りでそれを受け止めた。
「コザカシイ」
「それはこっちのセリフよ!」
リリィとゼウスさんが蹴り合いを始めて、私とアマンダさんは今の内にと、スミレちゃんとナオちゃんに近づいて回復を始めた。
「思っていたよりゼウスが強いわ。ジャスミン、ここに来るまでに貴女も見たと思うけど、村の建物の倒壊は全て戦闘の余波だけで起きた事よ。アレースとその友人達のおかげで村の人達や観光に来た人達はある程度の避難が出来てはいるけど、このまま戦いが長引けば逃げ遅れた人だけでなく、避難した人にも被害が出る恐れがあるわ」
あれって、直接壊されたわけじゃなかったんだ……。
「ノーム様から、ゼウスに眠らされている人の事を聞いたです。あの人達も安全な所に連れて行った方が良くないです?」
「ええ。その人達の事も、アレース達が救助してくれているわ。それに、この村の人達も何人か手分けして助け合っているから、今の所心配はいらないわ」
「そっか。それなら良かったよ」
「でも、安心してばかりもいられないッスよ? ご主人。小さい村と言っても、結構範囲が広いッス。少なくともボク達がここに来るまでの間は、まだ救助が行き届いてなかったッスよ」
「そうなんだぞ。このままだと危険なんだぞ」
「がお」
ラヴちゃんが眉根を下げて呟いたと同時に、丁度スミレちゃんとナオちゃんの回復が終わって、2人の様子を見てアマンダさんが顔を顰めた。
「やっぱり、傷は癒せてもダメージが残っているわね」
「うん……」
スミレちゃんとナオちゃんの傷は癒す事が出来たけど、やはりゼウスさんから受けたダメージを回復する事が出来なかった。
「しかし、運の良い奴等ぢゃなのう。こ奴等もリリーと同じぢゃ。スミレは魔族で普通の人間と比べて体が丈夫に出来ておるし、ナオもアマンダの連れなだけあってスミレより体が丈夫のようぢゃから、命を落とすまでいかなんだか」
「そうね。でも、暫らくは動けそうに無いようだけど」
「ジャシー、やっぱりアレを使った方が良いの~」
「おいたんもそれが良いと思うんだな~」
「……うん」
返事はしたものの、私はまだ決めかねていた。
今回ばかりは、リリィでも苦戦する相手に、どう立ち向かえば良いのか見当もつかない。
トンちゃん、ラテちゃん、プリュちゃん、ラヴちゃん、フォレちゃん、ウィルちゃん、シェイちゃん、私が契約している精霊さんは全部で7人で、リリィを連れて行くのなら6人しか連れて行けない。
そうして私が誰を一緒に連れて行けばと悩んでいると、リリィが私達の所に吹っ飛ばされて来て、私の足元で倒れた。
そして、ゼウスさんが禍々しい黒紫の光を全身から大量に放出して叫ぶ。
「貴様等邪魔ヲスルナ! 儂ハ魔性ノ幼女ヲ娶ル為ニ、御両親ニ挨拶ヲシナケレバナラヌノダ!」
「させない……。絶対にそんな事させないわ!」
リリィがヨロヨロト立ち上がり、ゼウスさんと睨み合う。
「ナラバ貴様ニモ、村人ト同ジ永遠ノ眠リト、死ヲ与エテヤロオオオッッッ!!」
ゼウスさんを中心に大気が震え、地面が脈打つ様に暴れだし、蜘蛛の巣のようなヒビがはいる。
暗雲が上空に立ち込めて、ビリビリと電流が空気に混ざる。
私はこの鬼気迫る緊迫した状況下の中、たった一つの事を考えていた。
それは!
あのぅ……あのね?
とりあえず挨拶だけして貰って、返事は後日って事で、それで一先ず帰ってもらうのじゃ駄目かな?




