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143 百合は友の為に体裁を捨てる

 ルピナスちゃんの案内で個室にやって来た私とドゥーウィンは、そこでジャスミンの盗撮映像を目撃してしまった。

 今直ぐにジャスミンにこの事実を教えに行きたい所だったけど、私にはここでやらなければならない事があって、ここに来てから既に三十分以上は経過していた。


「プリュに直ぐに会えると思っていたのだけど、全く会える気がしないわ」


「そうッスね。個室に来ればプリュに会えるって漠然と考えていたッス」


 私とドゥーウィンは、映像をみながら【ジャスミンが大好きなママの手作りクッキー】を一つ頬張る。

 流石はジャスミンのお母様。

 程よい甘さにって、今はジャスミンのお母様の素晴らしさを語っている場合では無い。


 結局、私が頼んだジャスミンティーを持って来たのはプリュでもルピナスちゃんでもなく、ここで働く海猫の一匹だった。

 海猫から話を聞いたところによると、ルピナスちゃんはスタンプカードの案内と個室への案内係をしているだけで、この個室の中にあるこの映像の事までは知らないらしい。


 魔石から流れる映像は予想通りのライブ映像、とは違っていた。

 この映像は少し前の時間の映像で、今起きている映像では無いらしい。

 ただ、実際にジャスミンが何をしているのかをこっそり撮っている点については予想通りだった。

 そして、驚くのは撮っている方法だった。

 海猫が見たものをポセイドーンが共有できる様で、その見たものを映像として魔石に映し出しているらしい。

 その為に、海猫を絶滅させない限り、もしくはポセイドーンを殺さない限り防げない。


「でも意外ッス。ハニーがカジノで倒れたって聞いてたから、ご主人のこの姿見たら倒れると思ってたッス。だいぶ鼻血も落ち着いてきたッスし」


「馬鹿言わないでよ。ジャスミンのこのバニーガール姿が目に焼き付いて離れないから、それで慣れたおかげで大丈夫だっただけよ。それにこれは映像。本物であり本物ではないわ」


「そ、そうッスか……」


 それにしても、流石は私のジャスミンだわ。


 と、私は映像に夢中になる。

 ジャスミンは見覚えのある蛇女と何かのゲームをやっているようで、凄く真剣な顔がとても可愛らしい。

 時に涙ぐんで我慢して、時に両手をあげて喜ぶ姿は本当に可愛くて、今直ぐその場に行って抱きしめたくなる。


「そう言えば、あのおっさんロリコンだったんスね。まさか、おっさんが言ってたアレ(・・)の正体が、ご主人の盗撮映像だったとは思わなかったッス」


「何も不思議な事では無いでしょう? ジャスミンは可愛すぎるもの。ロリコンに目覚めてもおかしくないわよ」


「ボクとしては十分おかしいんスけど……って、ご主人を見ながら喋ってる場合じゃないッスよ!」


「どうしたのよ急に? 今良い所でしょう?」


 ドゥーウィンにも困ったものね。

 ジャスミンが今とても目を潤ませて凄く可愛いのに、何が不服なのかしら?

 丁度今、ジャスミンが蛇女との勝負に勝った様で、もの凄く喜んでいた。

 その姿は本当に可愛らしくて、その場にいる皆から祝福されていた。


「さっきからも言ってるッスけど、プリュッスよ!」


 と、ドゥーウィンが大声を出したその時、突然扉が開かれる。

 ドゥーウィンと一緒に開かれた扉の方に視線を向けると、そこにはプリュの姿があった。


「「プリュ!?」」


 流石に私も驚いて、ドゥーウィンと声を合わせてプリュを呼んで椅子から立ち上がった。


 プリュはいつもの水着姿では無く、この猫喫茶のウェイトレス姿をしていた。

 そして、いつもと違うのは来ている服だけでは無かった。

 瞳からは光が消えていて、いつものプリュからは考えられない位に無感情の表情をしていた。


お客様(・・・)、私に用があるって聞いたんだぞ」


「プリュ?」


 私は驚いた。

 見るからに様子がおかしいのはわかったけれど、プリュが私にお客様(・・・)と言った事が信じられなかった。

 プリュは凄く人懐っこい子で、私にも心を許してくれている子だった。

 最初出会った時は私の事を怖がっていたけれど、今ではジャスミンと契約を交わした精霊達の中で、何だかんだ言っても一番私と仲が良い精霊と思ってる。

 それはプリュも同じ気持ちだと思っていた。

 私の事をハニーと呼ぶドゥーウィンよりも、気がつけば一番私の側にいる事が多い子だったから。

 そして、プリュは仲の良い相手に対して、例えそれが仕事だとしてもお客様だなんて他人行儀な事は決して言わない子だとも私は知っている。

 だからこそ驚いた。


 眉根を下げて、プリュの瞳を見つめる。

 しかし、プリュから続けられる言葉は、簡素なものだった。


「当店ではスタッフのご使命は本来受付していないんだぞ。お客様、出来れば早く用件を言ってほしいんだぞ」


「プリュ、どうしたッスか? 表情が無表情で怖いッスよ。接客している時はもっとスマイルになるッス」


 ドゥーウィンが冗談めかしてプリュに話しかけると、プリュは表情を一切変えずに無表情のままで言葉を返す。


「お客様の気に障ったなら謝るんだぞ。だけど、オーナーのポセイドーン様からこのままで良いと言われてるんだぞ」


 プリュの返しにドゥーウィンが眉根を下げて額に汗を流す。

 いつものプリュなら顔を赤くして「緊張して上手く出来ないだけなんだぞ!」なんて言いそうなのに、全くそう言う気配すら見せない。


「他に用件が無かったらこれで失礼するんだぞ」


「待って!」


 私は去ろうとするプリュを引き留める。

 プリュは無表情のまま私を見上げて口を開く。


「お客様、他にも何かあるのか?」


「あるわ!」


 プリュの瞳を真剣に見つめて、私は言葉を続ける。


「お願い! 私達の、ジャスミンの所に帰って来て! 自由に動けるなら出来る筈でしょう? ジャスミンはアナタがいなくて寂しがってるわ! ジャスミンだけじゃない。皆も、私もプリュに帰って来てほしいのよ!」


 少しの間沈黙が訪れる。

 ドゥーウィンも冗談を言う気にはなれない様で、ただ真剣に事の成り行きを見守っている。

 私とプリュはお互い見つめ合って視線を逸らす事なく黙っていると、プリュがゆっくりと話し出す。


「……それは出来ない注文だぞ。お客様、これで失礼するんだぞ」


 プリュはそれだけ答えると、扉を閉めていなくなってしまった。


「プリュ、バカね……。それなら、なんで泣いてるのよ」


「ハニー……」


 プリュは泣いていた。

 部屋を出て扉を閉める時に、私の目にはそれが映った。

 それは、ほんの一粒の涙だったけど、私はそれを見逃さなかった。

 このままでは駄目だ。

 ジャスミンを見ている場合では無いと、私はドゥーウィンに向き合う。


「随分と居心地が良くて、すっかり腑抜けてしまっていたけれど、それももうお終いよ。あんなプリュの姿を見て、黙ってなんかいられないわ」


「そうッスね。もう迷惑だとか考えている場合でも無いッス。ハニー、今直ぐ皆の所に戻るッスよ」


「ええ。暴れるにしても、仲間に先に説明くらいはしないとよね」


 ドゥーウィンと一緒に個室を出て走り出す。

 ジャスミンのお母様とお父様に嫌われてしまうかもしれないけれど、もうそんな事はどうでも良い。

 例え二人に迷惑をかけて嫌われてしまおうと、私は大切な友達のプリュをこのままになんて出来ないのだから。


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