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141 百合を夢中にさせる伝説の料理

 ビリアの案内で猫喫茶に入ると、まずは色々な種類の猫達が私達を出迎えた。

 私は猫に詳しくないので何の猫なのかは全く分からないけれど、ジャスミンがこの場にいたら目を輝かせて猫の種類を呼んでいたに違いない。


 店内は意外と広い印象を与える作りになっていた。

 客席と客席の間には仕切りなどは特になく、猫達が自由に移動出来る様になっていて、猫達が遊べそうな物が沢山置いてあった。

 店内の其処彼処にいる猫達は、ずっと鳴いている猫や全く鳴かない猫、動き回る猫や大人しくじっとしている猫など猫によって様々。

 私達の他の客は、ただ眺めているだけの者もいれば、猫と遊んでいる者もいた。


「こちらへどうぞ」


 ビリアが私達を連れて案内した席は、それなりに座り心地が良さそうな席で、背もたれのある窓際のクッション席だった。

 ナオとマモンが我先にと窓際に座り、ナオの横にアマンダ、マモンの横に私が座る事になる。

 ドゥーウィンとフォレは机の上に座ったのだけど、ビリアが水と一緒に精霊用のクッションを持って来たので、直ぐにそこに座った。


「メニューはこちらね。あと――」


「プリュは何所ッスか?」


 ビリアがメニューを私達の目の前に開いておいた直後に、ドゥーウィンが店内を見回して質問した。


「プリュイちゃん? えっと……ちょっと待っててね」


 ビリアはドゥーウィンの質問に返事を返すと、何処かへ歩いて行った。

 するとその時、ビリアと変わる様に、私達の席の前に誰かが立つ。

 私はその誰かを見上げて顔を見た。


「よう、また会ったな」


 そう話しかけてきた机の前に立った誰かは、見知らぬ男。

 もしかしたら、アマンダかナオかマモンの知り合いかもしれない。

 とも思ったのだけれど、その男は私の顔をジッと見つめていた。

 生憎、私は見知らぬ男に見つめられて気分が良くなる様な性癖では無いので、顔を顰めて目を合わせた。


「誰?」


「俺だよ! 俺!」


「なんぢゃ? 新手のオレオレ詐欺とか言うやつかのう?」


 オレオレ詐欺?

 よく分からないけれど、詐欺を私にしようって事?


 などと考えて、私が更に顔を顰めると、ドゥーウィンが呆れ顔で口を開く。


「オレオレ詐欺とか古いネタ言ってる場合じゃないッスよ。こいつはスピリットフェスティバルをめちゃくちゃにしたギャンジとか言う奴ッス」


「あー……、そんな奴いたかしら?」


「むう。あの時に精霊の里を襲った愚か者共は沢山いたでのう。妾は歩いただけで踏みつぶしてしまうような蟻んこ同前のやからの事など、覚えてられぬのぢゃ」


「そうよね。私だって今まで殺した虫の数を覚えてられないのと一緒で、ゴミの事なんて覚えてられないわ」


「二人共悪役か何かのセリフみたいな事言ってるッスね。って、それより、猫喫茶もめちゃくちゃにするつもりッスか?」


 私とドゥーウィンとフォレが口々に言うと、ギャンジとか言う男が私達を睨み机を叩こうとする。

 だけど、机を叩こうとした瞬間に、私達の机の上に猫が通り過ぎて叩くのをやめた。


「ふん! まあいい! 今日の俺は最高にハッピーなんだ。もうお前等と戦うのはごめんだしな。それに、今はお姫さんの護衛の最中なんだ。暴れたら怒られちまう」


 お姫さんの護衛と言う言葉を聞いて、私とアマンダ以外の全員がアマンダに視線を送る。

 アマンダは少し驚いた表情を見せてから、首を横に振って否定した。


「私では無いわ」


「本人はそう言ってるみたいだけど?」


 と、私がギャンジに話すと、ギャンジは顔を顰めて答える。


「はあ? その女も姫さんなのか? まあいい。俺が護衛してるのはドワーフ王国のサガーチャ姫だ。スピリットフェスティバルでお前等にやられて掴まってたら、お前等がいなくなった後にお姫さんが戻って来て、それ以来護衛をやらされてんだよ。本当に迷惑な話だぜ。俺がアレース様から授かった加護の力を――」


「アンタの話なんてどうでも良いわよ。サガーチャもここに来ているの?」


 私が話の途中で質問すると、ギャンジが面白くなさそうに顔を歪ませる。


「ちっ。なんだよ。なんでそっちは覚えてるんだよ」


「友人を忘れる馬鹿が何処にいるのよ。それより、サガーチャは今何処にいるの? 答えなさい」


「そうかよ。お姫さんならカジノで仕事してみたいとか言って、カジノに行ったぜ」


「博士がカジノで仕事ッスか? 全然想像つかないッス」


「それより、お前もアレ(・・)が目当てなんだろ?」


 突然ギャンジが私に汚い顔を近づけてひそひそと小声で話し出す。


「わかってるぜ。俺も、いいや俺だけじゃねえ。ここに来ている奴等の半分は、猫じゃなくてアレ(・・)が目当てで来てるからな」


「は? アレって何よ? それと、汚いから顔を近づけないでもらえない?」


 ギャンジが顰め面で眉根を上げながら、私から顔を離す。


「可愛くねえ女だな。ったく、お前の連れはあんなに可愛いのによ」


「は?」


「連れ? 誰の事ぢゃ?」


 フォレが目の前にいるドゥーウィンに視線を向ける。

 それから少し考える素振りをしてから頷く。


「妾の事ぢゃったか」


「何でボクの顔を見てその答えに行きつくんスか? ちょっと失礼ッス」


「被害妄想はよせ。其方の平凡な顔よりも、妾の綺麗な顔の方が優れていただけぢゃ」


「フォレ様本当に失礼ッスね」


「何を言う。其方ほどでは無いのぢゃ」


 ドゥーウィンとフォレが言い合いをしていると、ナオが二人の言い合いを遮る様に声を出す。


「綺麗な顔なら姉様だにゃ! 姉様は性格が酷いけど、顔だけは一人前だにゃ!」


「あら、奇遇ね。私もナオは性格は最悪だけど、顔だけは可愛いとは思ってた所よ」


「ね、姉様? 顔が怖――――にゃああああっっっ!!」


 アマンダがナオの尻尾を鷲掴みして思い切り強く引っ張って、ナオが涙目で悲鳴をあげた。

 すると、今度はマモンが行儀悪く机の上に登って仁王立ちして胸を張り、ドヤ顔で誇らしげに声をあげる。


「お前等! 可愛いと言えば私以外いないだろ! 全員外れだ! あーっはっはっはっはっ!」


 私はため息を吐き出しそうになるのを我慢して、とりあえず一番恥ずかしい馬鹿の足を掴んで、そのまま私の横のクッションの上に叩きつける。

 そして、今までの流れを一部始終見ていたギャンジは、冷や汗を流しながら私に視線を向けた。


「何なんだこいつ等……ん? お前、背が縮んだか?」


「煩いわね。アンタには関係ないでしょう? それより、アレってのが何なのか教えなさいよ」


「本当に可愛くねえな」


「あ゛んっ?」


 ギャンジに苛立って睨みつけてやると、そこへビリアが戻って来た。


「リリィちゃんは十分可愛いじゃない。ねえ」


「ビリア……、プリュはいないみたいね」


 残念ながらビリアは一人で戻って来たようで、側にプリュの姿は無かった。


「ごめんね。様子を見て来たんだけど、今プリュイちゃんは個室のお客様の接客で忙しいみたいなのよ」


「個室のお客様ッスか? 個室なんてあるんスか?」


「ええ、そうよ。スタンプカードのスタンプが溜まると入れる特別な部屋で、オーナーのポセイドーンさんと海猫ちゃん達と限られたスタッフだけで接客させてもらってる特別な場所なのよ。ギャンジさんも今日はそこで朝食を食べていたんですよね」


「あ、ああ」


 ビリアがギャンジに話しかけ、ギャンジが少し気まずそうに頷いた。


「二人は知り合いなんスか?」


「知り合いと言うか……。カジノはラークくんがトップでしょ? ラークくんと、ここのオーナーのポセイドーンさんが仲が良くて、その関係でこことカジノのスタッフの交流が多いの。それで、サガーチャ殿下がカジノで働いているのだけど、サガーチャ殿下の護衛をこのギャンジさんがしているから顔見知りになったのよ」


「ふむ。つまり、この男がサガーチャの連れだから会う機会も多いと言う事ぢゃな」


「そうそう。って、それより注文は決まった?」


「もう決まってるわ!」


 マモンが手をあげてメニューに指をさす。

 私はマモンがビリアに注文をしているのを見て、今はプリュの事があるから、料理なんて食べている場合では無いだろうと呆れながらメニューに視線を向けた。

 しかしその時、私は恐ろしいものを見つけてしまった。


 こ、これは!?


 唾を飲みこんで、恐る恐るビリアに質問する。


「び、ビリア、こ、ここ、これは……?」


「ああ、それ? 当店自慢の【ジャスミンちゃんも両手をあげて喜ぶオムライス】よ。ジャスミンちゃんのお母様が、ご自宅でジャスミンちゃんに作ってあげているオムライスを、ここで直接作ってくれて――――」


「これを一つ下さい!」


「妾もぢゃ!」


「――え!? え、ええ。わかったわ」


 いつの間にか他の皆も注文していた様で、ビリアは返事をするとそのまま注文の内容を伝えに厨房に行った。

 私はと言うと、最早興奮が治まらない。


 やったわ!

 ジャスミンのお母様が作るオムライスと言えば、私も年に一回か二回しか食べられないと言う伝説の料理!

 このメニューに書いてある通り、ジャスミンも両手をあげて喜ぶのを私も見た事があるわ!

 ジャスミンから聞いた話だと、ジャスミンのお父様の大好物。

 そして、ジャスミンのお母様とお父様の結婚記念日か、お父様がお母様を喜ばせた時にしか食卓に並ばないのよ!

 そんな素晴らしい料理が食べられるなんて、なんて恐ろしいお店なの!?

 猫喫茶ケット=シー、侮れないわね!


「は、ハニー? それにフォレ様まで、何で正座なんスか?」


「あら? 知らないのドゥーウィン。ジャスミンの前世の世界では、この座り方をして待つのが礼儀なのよ」


「そうぢゃぞドゥーウィン。其方もまだまだよのう」


 ドゥーウィンには呆れてしまうわね。

 ジャスミンと契約を交わしているのに、そんな事も知らないだなんて。

 ふふふ。

 困った子だわ。


 慈愛に満ちた視線を私とフォレがドゥーウィンに向けると、何故かドゥーウィンは顔を青くさせて一歩後退った。


「おい。お前、今からアレ(・・)が何なのか教えてやるから、ちょっとこっちに来い。ここだと言い辛――」


「煩いわね! 私は今忙しいのよ! あっちへ行きなさい!」


 煩いギャンジに睨んで注意してやると、ギャンジは怒って会計を済ませて店を出て行った。

 まったく困った男だ。

 食事を済ませたなら、お店のご迷惑になるから、さっさと出ろと言うもの。

 私の様に、しっかりとマナーと言うものを守ってもらいたい。

 それにしても……。


 ああ、何て待ち遠しいのかしら。

 早く【ジャスミンちゃんも両手をあげて喜ぶオムライス】こないかしら~。


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