011 幼女は厄介事に巻き込まれる
リリィが吸血鬼にされてから、早くも一時間位が経とうとしていた。
カーミラちゃんは、リリィには勝てないと直ぐに判断して降参する。
おかげで、私はカーミラちゃんから上着を借りる事が出来て、何とか上半身裸の痴女から脱却していた。
リリィは私の作るご飯が食べられなくなると聞いてから、暫らくの間は珍しく動揺して涙目になっていたけれど、今は落ち着きを取り戻している。
何故なら……。
「カーミラ。その話は本当なんでしょうね?」
「もちもち。私の手伝いをしてくれるなら、元の人間に戻してあげて、更に生命操作の能力で不老不死にしてあげる~」
「仕方がない。手伝ってあげようじゃない」
「良いんスかハ二ー? 絶対ヤバい事に巻き込まれるッスよ」
「良いのよ。このまま、ずーっとジャスミンの手料理が食べられなくなるよりマシよ」
「はい決まり! 交渉成立~!」
本当に大丈夫かなぁ?
と言うか、料理はいつもリリィが作ってるのに……。
私が作ってるのは、お菓子とかだから気にしなくても良い気がするんだけどなぁ。
それに、カミーラちゃん何か企んでるみたいなんだもん。
心配だよ。
私は先行きが不安になり、肩を落としてリリィを見た。
カーミラちゃんのお話はこうだ。
吸血鬼になると、食事で血液しか受け付け出来なくなるらしい。
ちなみに、普通の料理を食べても、栄養がとれないので意味が無いのだとか。
そこ等辺は私の知っている吸血鬼と、たいして変わらないんだなぁ、と思いながら聞いていたのだけど、問題はその先だった。
「それなら、ジャスミンの血を飲んで生きるわ!」
と、リリィが言いだして、私も仕方がないなぁ、と思った。
だけど、カーミラちゃんから出た一言がこれ。
「あ~無理無理。吸血鬼の食事は異性の血液のみだから。同性の血は意味ないんだよね~」
だった。
どうやら、カーミラちゃんの様に元々が吸血鬼であるならともかく、吸血されてからの吸血鬼は異性の血液からしか栄養がとれないらしい。
と言うか、同性の血は毒らしくて、下手すると死んじゃうらしい。
それでもリリィは試しに私をって、私の許可を得て血を吸ってみたのだけど、もの凄く顔を青ざめさせて昏倒した。
あれ程までにあらゆる能力が全く効かないリリィに、これ程見事に能力を発揮出来たカーミラちゃん凄い! と、私は思ったのだけど、トンちゃんの言葉が的を得ていて納得してしまう。
「多分ハニーが不老になりたがってたから、能力が効いちゃったんスね」
成程って感じである。
だって、今までのリリィなら能力を受けても、貴女の都合なんかにつきあってあげるわけないでしょう?
とか言い出して、無効にしちゃいそうなんだもん。
そんなわけで、リリィは食事をとらないと決めてしまう。
だけど、食事を取らずにいると、衰弱はするから早めに何とかしないといけない。
どうしたものかと悩んでいると、カーミラちゃんにそこを付け入られてしまった。
「元に戻してあげてもいーわよ。でもその代わり、私の手伝いをしてもらう事になるけどね~。あ~、そうだ。私の目的が見事に成功したら、ついでに不老不死にもしてあげよっかな~」
そう言って、カーミラちゃんがリリィに元に戻す為の条件を出したのだ。
そんなわけで、これにはリリィも喜んで、手伝うと決心した様だった。
それにしても、生命操作の能力で不老不死だなんて、私が不老不死になるのにどれだけ苦労したと……あれ?
苦労したっけ?
……とにかく、そんなわけで、カーミラちゃんのお手伝いをする事になったのでした。
「早速元に戻してあげる」
「あら? 手伝いが終わってからじゃなくても良いの?」
「本当は終わってからの方がいーんだけど、最終目的は不老不死でなんしょ? だったらいーよ。サービスしてあげる」
「気前が良いわね」
カーミラちゃんはニッと笑って八重歯を見せると、幼い姿へと縮んだ。
幼い姿になるとリリィの前に立ち、リリィをしゃがませて首筋をカプリと銜える。
すると、リリィの姿が戻っていった。
「リリィ。良かったね」
「ええ。いくら不老になれたからって、男の血を吸わないと生きていけないなんて、生き地獄だもの」
「結構簡単に人間に戻れるんスね?」
「まーね。さっき吸血鬼にした馬鹿な男も、いつでも戻せるわよ」
カーミラちゃんはお姉さんの姿に戻って、吸血鬼になってしまったギャンジさんを見ながら答えた。
それから、カーミラちゃんが私とリリィの顔を交互に見てから言葉を続ける。
「ん~。小娘とお姉さんがいれば、他の連中は用済みだし、野に放とーかな~」
私はカーミラちゃんの言葉をボーっと聞きながら、小さくなったり大きくなったりするカーミラちゃんを見て、ふと思う。
そして、思った事を聞いてみる事にした。
「ねえ、カーミラちゃん。聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「ん? 言ってみ?」
「カーミラちゃんって、今の姿と幼い姿、どっちが本当の姿なの?」
「あ~、それね。小さい方よ」
「やっぱりそうなんだ? 正体がどうのって言ってたもんね」
「そそ。って言うかさ~。私まだ六歳なわけじゃん? でも、幼い姿だと舐められるっしょ? だから普段はこっち」
そう言って、カーミラちゃんがニッと笑って可愛らしい八重歯を見せる。
「あっ。そうそう。これから先は一緒に行動するんだから、私の事はセレネって呼んでよ」
「別に良いけど、理由でもあるの?」
「私の名前はカーミラ=S=アルテミスでしょ。Sはセレネの略なわけ。で、基本は本名隠してセレネで通してるから、そっちの方が助かるのよね~」
「そっか。セレネちゃんだね」
「そうそう。セレネちゃんでーす」
「ご主人。ボク、何だか無性に殴りたくなってきたッス」
「え?」
「確かにそうね。私も実は感情を抑さえているけど、同じ気持ちよ」
「え?」
「えー? 冗談はやめてよー」
リリィとトンちゃんが本気でイライラしてる感じがする。
う、うーん……。
多分、喋り方が何となくチャラい感じがするからだよね?
見た目も金髪ギャルだし。
あっ、そうだ。
「ねえ、セレネちゃん。本来の姿になってもらっていいかな?」
「えー? ん~、まあ、いーけど」
そう言うと、セレネちゃんは縮んでいき6歳の姿となる。
6歳のセレネちゃんは、改めて見ると私と身長が同じくらいで、とても可愛らしい女の子だ。
私はセレネちゃんを見て頷いて、セレネちゃんの手を握る。
「これからは、普段はこの姿にしよう」
「は? 意味わかんないんですけど?」
「こっちの方が可愛いもん。私、セレネちゃんはこっちの方が良いと思うの」
そう言って胸の高さまで手を持ち上げて私が笑顔で話すと、セレネちゃんは少し頬を赤く染める。
「そ、そんなの、私が可愛ーなんて当たり前じゃん」
可愛い!
やっぱりこっちの方が良いよね!?
こんなに可愛いなら、苛々しない筈だもん!
可愛いは正義だよ!
頬を染めながら目を逸らして話すセレネちゃんが可愛すぎて、私は思わずセレネちゃんに抱き付いた。
「ひゃっ」
「ああーっ!」
私の行動にセレネちゃんが驚き、リリィが大声を上げる。
私はリリィの声でハッと我に帰り、セレネちゃんから体を離した。
それで気がついたのだけどセレナちゃんは顔を真っ赤にさせていて、それが凄く可愛くて、私は再び思わず抱きしめたくなったのだけど我慢する。
そして、私は一度深呼吸をしてから、真剣な面持ちでセレネちゃんと目を合わせた。
「遺跡の中に凄く痩せこけた人達がいたんだけど、あの人達は――」
「あ~あいつ等? 私の奴隷」
私の話を最後まで聞かずにセレネちゃんは答えてニッと笑う。
ど、奴隷……。
「もしかして、今まで被害に遭って、灰になったと思われてた人達ッスか?」
「そうそう。いきなり消えただけじゃ行方を捜されちゃうからさ~。灰を置いて灰になりましたって演出してたんだよね~」
「ええぇぇーっ!?」
私が驚くと、トンちゃんが呆れた顔で私に呟く。
「さっき灰にならないって聞いたばかりなのに、驚きすぎッスよ」
「あ、そっか」
言われてみればそうだよね。
灰にならないなら何処にいるのかって考えたら、さっき見た人達って直ぐわかる事だもん。
うぅ……そんな事に気がつかないなんて、何だか恥ずかしい。
私は恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じて手で隠す。
そんな私を横目に見ながら、トンちゃんがセレネちゃんに訊ねる。
「ところでさっきからずっと気になっていたッスけど、吸血女はハニーに何を手伝わせるつもりッスか?」
あ、そう言えばそうだよね。
お手伝いをしてほしいって聞いたけど、何をしてほしいのかは聞いてない。
私は何だか緊張してきて、ごくりと唾を飲み込んでセレネちゃんの答えを待つ。
すると、セレネちゃんはニッと笑って答える。
「神殺しよ」
私もその言葉には思わずニッコリ笑顔。
え?
今何て?
「神殺し、即ち、神々残滅大作戦よ! ゼウス共をぶっ殺してやるのよ!」
遺跡にセレネちゃんが上げた大声が響き渡る。
私はニッコリ笑顔のまま顔を青ざめさせた。
よーし。
聞かなかった事にしよう。
うん。
それが良いよね?




