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カリーナへ、愛を込めて。  作者: 猫宮璃桜
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09、転校


「じゃあ、行ってくるから」


 玄関先で靴を履く倖に頷く。

 真新しい制服に袖を通し、始業式だけだからと軽そうな鞄を引っさげる倖を見て、高校生なのだなと珠緒は今更ながら実感していた。


「昼過ぎには帰るけど、ちゃんと冷蔵庫に入ってる飯食えよ」

「はい」


 何度目かの心配に、一体どちらが年上なのかと苦笑する。

 どうにも倖には珠緒が頼りなく見えるようで、嫌そうな顔をしながらも世話を焼く。食事も自分の分を作るついでだからと、朝晩だけでなく珠緒の昼食をいつも準備しておいてくれる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 今度こそ登校した倖を玄関先で見送る。これまた倖に釘を刺された戸締まりをしっかりと掛けると、珠緒は客間へと向かった。


 先日訪れた杏に、もっと倖の事も考えてやれと再三注意された。

 どうにも昔から見ているつもりで周りが見えておらず、他の人が当たり前に気遣える部分も言われてから気付くことが多い。今回も、倖の環境が変わることや転校することは知っていたのに、お金のやりくりや転校先や新学期がいつからといった事すら聞けていなかった。


 リビングを通過する時に見えた和室は、倖が来てから賑やかになった。一緒に買いに行った布団や、後から届いた衣類などもあるが、他は自ら買い揃えたのだろう。台所にもキッチン用品が増え、以前は無かった調味料が並んでいる。


 倖に人間用より猫用が多いのはどういうことだと叱られた冷蔵庫から猫用の餌を取り、客間へと向かった。


「おはよう」


 客間をそっと覗くと、お腹を空かせた猫達が寄ってきた。にゃあにゃあぐるぐる、頭を擦り付けてくる猫の頭を撫で、ご飯の準備に取り掛かる。

 倖は小皿を持って行って台所で準備しているようだが、不器用な珠緒は餌を取り分けた小皿三つを持って扉を開けられる自信はない。落とすのが関の山だ。


「えっと……グレイ、ブチ、クロ?」


 数日前、倖によって付けられた名前を口にしながら、距離を開けて小皿を置いていく。顔を皿に突っ込んで餌に齧り付く猫達を眺める。


 珠緒にとって猫は特別だ。

 こうして見ていると、可愛いとかそういうのを差し置いて、懐かしい気持ちになる。


「こんなに目線が違うんだね」


 早食いのクロが食べ終わり、ブチのご飯を狙いに行く。野良だった時の習性か、それとも生来の性格か。それとなくクロの邪魔をして、グレイとブチが食べ終わるのを待った。小皿を洗いに行って戻ると、お腹の膨れた猫達は日の当たる場所で欠伸を一つ、二つ、三つ。


 ふああ、と声が聞こえてきそうな大欠伸に、珠緒はくすくす笑いながら一緒に横になった。春の日差しは温かく、穏やかで。徹夜した訳ではない珠緒も、いつの間にかうとうとと目を閉じていた。



* * *



「こんな時期に転校なんて大変だな」


 高校三年という大学受験を控えた年に転入してきた倖に、担任がのんびりと言う。


 同情しているというより、本当にただの世間話で。何故か珠緒の友人である杏を介して転入手続きはされているので、倖はどこまで事情が伝わっているのかわからず、曖昧に頷いた。


 杏に届けられた制服は真新しく、一年しか着ないのが勿体なく感じるのは倖が所帯染みているからか。初日は特に持ち物はないと聞いていたので荷物は軽いが、初の転校だった倖の心は重かった。


 一年通う予定の涼風高校は、倖が通っていた高校よりも大きく、生徒数も多い。短い春休みを終えた学生達の様々な表情を、職員室から見下ろす。

 そこそこ偏差値の高い高校だと聞くが、競争心の強い進学校ではないらしい。流石に今から部活に入る気のない倖は、始業式を終えて走り込みに行くジャージ軍団から目を教師へ戻す。


「クラスには馴染めそうかい?」


 簡単な自己紹介はしたが、正直一人も覚えられていない。ハイもイイエも言えずに口を歪める倖に、教師は「まあ、これからだよな」と自己完結して、立ち上がった。


「こちらへ」


 何故か席を立った教師に先導され、職員室内にある扉の前に連れて行かれた。どこへ行くのかと訝しむ倖の目に小さなプレートが見えた。


「?」


 書かれた単語に倖が口を開くよりも、教師がノックするほうが早かった。


「失礼します」

「どうぞ」


 扉を開けた先にいたのは、きっちりとスーツを着こなした一人の女性。二十代後半だろうか、強気な目がこちらを射抜く。


「ご苦労様」


 一つに束ねられた黒髪を揺らして立ち上がる。近付いてきた目線は近く、平均身長はある倖よりも少し高い。見下される形で倖と対面する女性に気を取られている間に、案内してくれた教師は姿を消していた。


「初めまして。涼風高校の理事長をしている、鈴ノ宮貴子と申します」

「……どうも」


 凛とした口調は滑舌よく、デキる女を具現化したかのよう。部屋の入り口にあるプレートでまさかとは思っていたが、理事長がわざわざ何の用かと倖は視線で問いかけた。転校生は理事長と一度話をする決まりでもあるのか、転校手続きに不備でもあったのか。


 身構える倖に目を細める。何を言うでもなく、じっと見下ろしてくる貴子を睨むように見返していると、ゆるりと貴子の目元が緩んだ。


「転校初日に呼び出してしまってごめんなさいね。古雅(こが)(さち)さん」

「……いえ。俺に何か用でしょうか?」


 さち、と本名を呼ばれてピクリと眉が吊り上がる。

 杏がどう言い含めたのかは知らないが、倖の名前は名簿にすら”こう”と書かれていた。転校や引っ越しは、周囲と一から関係を作る必要がある。何故下の名前を呼ばれたくないのか、説明が億劫だと思っていた倖には拍子抜けだった。


「話があるのは私ではありません」


 倖の視線をするりと横に受け流した貴子。

 その視線の先にあるソファからひょっこりと頭が出てきた。


「転校初日、お疲れさまー」


 現れたのは杏だった。

 珠緒からは忙しい人と聞いていたが、意外と暇人なのかと倖は杏を見ながら唖然とする。


「何でここに?」

「仲介した身として、一応確認に?」


 明彦や珠緒の代わりに転校手続きを手伝ってくれただけでなく、当日にわざわざ来て確認もしてくれるなんて。手厚いフォローに倖はぺこりと頭を下げた。


「まあ、感謝されてもいいだけの働きはしたよね! でも、残念。今日来たのは、ちょっと話したい事があったからなの」

「話?」


 口下手な倖の礼に、杏はソファの背に凭れ掛かって柔らかく微笑む。子どものように笑ったかと思えば、急に大人びた表情を浮かべる杏は掴みどころがなく、何を考えているかが分からない。何を言いたいのかと鸚鵡返しした倖に、杏はおいでおいでと手招きした。


「まあまあ、立ち話もなんだから。こっち座って」


 まるで自室のように振る舞う杏に、流石に失礼ではと思わず貴子を盗み見る。貴子は特に気分を害した様子もなく、ジェスチャーで倖をソファへ促した。


 杏の正面に倖が腰掛けると、貴子は杏の隣に座った。居心地悪く浅めに座る倖に対して、杏は深々と背を預けて茶を啜った。


「別に取って食おうって訳じゃないんだから、そんなに警戒しないで? 貴ちゃんだって、理事長としてというより珠緒の友達として同席してるだけなんだから」

「友達ではありません。大事な生徒を預かる身として、仕方なく同席しているだけです」

「またそーいうこと言うー」


 キリリとした表情を崩さず否定する貴子に、杏はにやにやと笑う。珠緒がまさか理事長と知り合いだったなんて、と驚く倖を他所に二人がじゃれ合い始めた。帰ってもいいだろうかと訴える視線を察知した杏は、姿勢を改めた。


「さっきも言った通り、ちょっと話しておきたいことがあってね」

「なんですか」

「弟くんはさ、前世って信じる?」


 予想外の話題に、倖の表情が強張る。

 話が突飛すぎて、冗談なのかすら判断出来ない。至って真剣な面持ちの杏と貴子に、倖は一先ず黙って続きを待った。


「いきなり何の話だって思うだろうけど、とりあえず聞いて。テレビとかで前世を覚えてる人って見たこと無い? 自分が生まれる前、別の存在として生きていた頃を覚えている人。珠緒もね、その一人なの」

「……」

「珠緒が作家なのは知ってるよね。読んだことは?」

「……ありません」

「そう」


 話題を振られて、倖は咄嗟に嘘を吐いた。

 鞄を持つ手に力が入る。家に置いていて見つかると面倒だから。そう誰にでも無く自分に言い訳し、買ってからずっと持ち歩いてる一冊の本。隠すように力を込めたのに気付かれないよう、倖の視線は杏に向けられたままだった。


「珠緒は作家になる気なんてなかった。昔、前世を書き記したノートを見た私が、小説にしてみてとお願いしたのが発端でね。私だけが読むの勿体ないくらい良い出来だったから、勝手に出版社に送っちゃったの」

「最低」

「うっ、貴ちゃん辛辣」


 現実離れした内容なのに、それに違和感を抱いているのは倖のみ。杏と貴子は当然のように、前世がある前提で話を進めていた。また二人でじゃれ合いそうになるのに、倖は堪らず口を開いた。


「前世を覚えている人がいるとして、俺には何の関係もありません」

「うんうん、言いたいことはわかるよ。それが本当にその人の前世なのかなんて確かめようがないし。胡散臭いとか、変な人としか思わないよね。だから珠緒も言う気は無いんだと思う」

「なら、何で俺にその話を?」


 そもそも前世を信じる人など、どれだけいるのだろう。仮に覚えてるとしても、それを周りに話したら気味悪がられるのがオチだ。倖も訝しみを隠すこと無く、杏達に向けた。


「私は珠緒が話す前世が作り話だとは思ってない。確信してると言ってもいい。だから、下手に話して珠緒を変な目で見られたくもなかったから、私も言うつもりはなかったわ。……君に直接会うまでは」


 もはや独白のような杏の言葉に熱がこもる。合わせられた視線は逸らすことを許さない、磁石のような圧力のような。無意識に引き寄せられる力を持っていた。


 倖の瞳には杏、杏の瞳には倖。

 外界からは切り離されたような感覚に、息苦しささえ感じる。


「弟くん、前世覚えてるでしょ?」


 倖の苦悶など無かったかのように、杏は倖に問いかけた。

 疑問ではなく、確認の意味を込めて。



ブクマと評価ありがとうございます!ようやく前世要素を入れれました。

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