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カリーナへ、愛を込めて。  作者: 猫宮璃桜
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01、再会


『元気にしているか、珠緒(たまお)


 そう切り出した、久しぶりの父の声は慌てていた。


 父、明彦(あきひこ)が用件を言い終えると、ピーッと電子音に切り替わる。抑揚の可笑しな声で読み上げられた日時は二週間ほど前。ちょうど締切に追われていた頃だった。


「そういうわけだから」


 無愛想に言い捨てる声は明彦よりも随分と若い。リビングにある古びた電話機の前で固まっていた珠緒は、堂々たる態度で椅子に腰掛けている男を肩越しに振り返り絶望した。


 だぼっとしたTシャツにズボンを身に纏い、胸の辺りまで伸びた黒髪は櫛梳かれもせずボサボサ。完全に来客を想定していないラフな格好。今更取り繕えないし、取り繕う気もないが、お世辞にも人様に見せられる状態ではなかった。


 もう一度留守電のボタンを押すと、ボタンは録音がまだ残っていることをアピールするように、赤く明滅していた。録音を消せばこの状況も無くなるのなら、珠緒は喜んで消去ボタンを押しただろう。



「そう、言われても……」


 留守電を聞いたのは今だ。急に言われても困ると言いたいが、あちらからすれば忙しい合間を縫って二週間も前にきちんと連絡を入れ、準備をしての今に至るわけで。“今”の心意気が違う。


「一緒に住むなんて……」


 よっぽど急いでいたのだろう。

 留守電には、急遽海外赴任になったので(こう)くんを頼むとだけ残されていた。どう頼むかも言わず、折り返しの連絡がない事に気付かないほど、急な出来事だったのが伺える。


「任期は一年。もうこっちの高校への編入手続きも済んでる。別にアンタへ何の期待もしてないし、俺だって不本意なんだ。一年くらい我慢してくれ」


 三年前と変わらない、吐き捨てるような言い方に珠緒は口を噤んだ。



 三年前、男手一つで珠緒を育ててくれた父明彦が再婚した。


 当時、珠緒が大学生だったこともあり、明彦は九州に単身赴任していた。そこで倖の母親である聡子(さとこ)と出会い、再婚。あちらへ完全に居を移すというので、荷物整理も含めた顔合わせでこちらへ来た時が、倖と会った最初で最後だ。


 小柄な珠緒と変わらない低い背、指通りの良さそうな栗色の髪、丸みの残る顔立ち。まだ中学生のあどけない少年だった義弟は、開口一番こうのたまった。


『俺はアンタを姉だとは思ってないし、これからも思わない。あと、俺自分の名前嫌いだから呼ばないで』


 驚いて固まる珠緒に代わって聡子が倖の頭を叩いて謝ってくれたが、鈍感な珠緒でも分かる、明らかな拒絶だった。ちなみに本来の名前は倖と書いて”さち”だが、実の母にも”こう”と呼ばせている筋金入りだ。




「……」


 衝撃の出会いから早三年。

 もう会うことはないと思っていた義弟が目の前にいる。当然、話すことなど思い浮かばない。


 黙り込んでしまった珠緒に業を煮やしたのか、倖が立ち上がる。ビクリとする珠緒を半眼で見下ろし、面倒臭そうに頭を掻く。


 サラサラな栗色の髪は三年前と変わらないが、以前より短めで少し跳ねている。顔立ちも精悍さが増し、あどけなさは影を潜め、身長は珠緒を頭一つ分ほど越していた。


 血は繋がっていないのだから当たり前だが、黒髪で小柄な珠緒とは似ても似つかないし、身長はあるが朗らかな雰囲気を持つ父明彦とも異なる。つまり、何が言いたいのかと言うと、怖い。


「ファミリータイプのマンションなんだから、ひと部屋くらい空けれるだろ」

「部屋の問題じゃ……」

「じゃあ何だ。この寒空の下、準備が何も出来てないからって放り出す訳か。随分な仕打ちだな、仮にも家族に」

「うぅ……」


 淡々と責め立てられて二の句が継げない。季節は春が近付いているとは言え、長時間外にいるのは厳しい。あうあう唸る珠緒を放って、倖は勝手に廊下へと向かう。


 玄関から入ってすぐに水回りがあるこの家は、一度リビングを通らないと各部屋へは行けない。リビングから伸びる廊下の正面と左右、全部で三つの部屋がある。後はリビングと同化しているが、襖で仕切れる狭い和室がある程度。


「ここは?」

「私の寝室……」

「奥は?」

「仕事部屋……」

「こっちは?」

「客間……?」


 向かって右は子供の頃から使っている珠緒の私室、正面は明彦が書斎として使っていたのをそのまま仕事部屋にした。残る左の部屋も、使っていないわけではないが何部屋かと言われるとそう答えるしかない。元は両親の寝室だった場所だ。


「なんだ、客間があるのか」

「あ、待って。中にいるの」

「いるって、何が」

「えっと……客?」

「は? アンタ友達いたのか?」


 そこで恋人という発想にならない辺り、珠緒の女子力の無さが父から伝わりすぎていて辛い。自他共に認める引っ込み思案な珠緒は、友人と言える相手ですら片手で足りる。


 しかし、それを言うのは墓穴を掘るのと同義だと珠緒が黙っていると、倖は鼻を鳴らして取っ手に手を掛けた。


「ま、待って。開けるのなら優しく……」

「人を何だと思ってるんだ。ドッキリじゃあるまいし、普通に開ける」


 怯えながらお願いする珠緒に怪訝な顔をしつつ、倖は軽く扉をノックした。扉の前で会話している時点で気付きそうなものだが、反応は無い。ちらりと珠緒を見た後、倖はゆっくり扉を開けた。


 そして、すぐに閉める。


「……」

「もしかして、苦手?」

「好きだけど。ああ、いや違う。そうじゃなくて」

「……?」


 扉の隙間から見えたものに、倖が顔を顰める。反射的に答えてから頭を抱える倖に、珠緒は首を傾げた。倖は何とも言えない表情を浮かべ、


「一応確認するけど。お客って、人間?」

「ううん、猫だけど」

「やっぱり……」


 何故か項垂れる倖の足元、扉越しに「にゃあ」と可愛らしい声が聞こえた。




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